第5話 シスコンになりそー

 廃坑観光は蝋人形がならんだ洞窟みたいなところを歩くような感じだったのだが、距離的には短い区間だけだったので案外早く観終わった。

 個人的には思ったよりも面白かったのだが、凪音は「暗闇だと遠慮なくくっつけていいね!」とかいって密着度を高めることにご執心だったな……。

 お前、どこでもくっついてくてるじゃねーかとは思ったが。


 んで、天気も良かったし、凪音がまた弁当を作ってきてくれたというので、屋外の休憩所みたいな場所で取り合えず昼飯を食べることになった。


「ねぇ、おいしい?」

「あぁ」

「どれが?」

「ぜんぶ」

「語彙どこいったし」

「俺に食レポみたいなのは期待すんな」

「それもそだね。なら、うまいでよし」

「ん。うまい」


 みたいな会話とも言えない会話があったが、まぁそれはともかくとして。

 午後は、今回の目的。その二つ目を果たすために少々移動することになった。







「うわー。中、まっくら」

「そりゃなぁ」


 俺たちが今立っているのは、もう廃線になってしまったレールの先に存在している、とある廃トンネルの前だ。

 観光の後、ネットの情報を頼りに心霊スポットとなっているこの場所へと移動して来たわけである。


 線路の周り自体が既に伸びっぱなしの木々や草に覆われてしまっているので、あまり日の光が差し込まない。

 当然、トンネルの中には電気などの光源は一切ないので、ほんの少し奥になるともう全く見えない状態だ。


「う~ん、なんつーの? ここまで、だーれもいない草ぼーぼーなレールの上歩いてきてさ。こうして真っ暗なトンネルの前とかに辿り着くと、ここが違う世界への入り口みたいだねっ」


 凪音が少し興奮気味に話しかけてくるが、確かにそういう感じはする。

 ただでさえ民家も人通りもない地域で、しかも暫く人の手も入っていない、緑のトンネルと化したレールの上を小一時間ほど歩いてきたのだ。

 その終点が突然ぽっかりと口をあけたこの暗闇となると、なんか異界への入り口じみて感じるのは理解できた。


「なんかこういう雰囲気の有名なアニメとかあるもんねぇ。このトンネル抜けたらさ、神様? 妖怪? とか、そういう感じの世界なの!」

「あ~、なるほどな。でも、実際はただの心霊スポットだけどな。ネットで調べた感じだと、トンネルの中で変な声がするとか、カメラの顔人称が何もないのに作動したとか。まぁよく聞く幽霊トンネルってやつだが」


 俺の返しが期待と違ったのか、凪音は呆れたようなタメ息をついた。


「考えようによっちゃあ、ここまで結構素敵な景色の中を二人っきりで歩いてきたのに。その程度の反応って、さっすが優人はぶれないね!」

「……それって、褒めてはいないよな?」

「ないよっ、ディスってるよ!」


 なんかまずい反応だったようだ。

 そっか、一応デートでもあるんだもんな。

 緑のトンネルに覆われたレールの上を二人っきりで歩いてきた、というシチュエーションは実はかなりいい感じなアレだったのかもしれん。


「つっても、今日の目的は幽霊なんだろ?」

「ま、そーなんだけどさ。私と優人、同じものが見えたり聞こえたりしないのかってことね。この前送ってもらった時とかも、優人なんにも見えてなかったでしょ?」

「え? 自転車を俺が押してた時か?」

「うん」


 あの時、確かに凪音は突然立ち止まって「何か」を見ているみたいな瞬間があった。

 つまり、あの時に幽霊が見えていた?


「ってことは、お前。割と普段から頻繁に幽霊見てるのか?」

「頻繁、ってほどじゃないかもだけど、そこそこね。でも、優人も含めて私以外だーれも見えてないし。ちょっと怖いなぁって」

「怖い、のか?」


 正直それは想定していなかった。

 俺が幽霊の凪音を全く怖くなかったのもあるし、元幽霊の凪音が他の幽霊を怖がるというイメージが湧かなかったのだ。


「幽霊そのものが怖いっていうか、私の見えているものを誰とも共有できないのが、ちょっとね。だからさ、こういう場所なら優人にももしかしたらって思ったの」


 なるほど。それで心霊スポット。

 普段の道端にも幽霊がいるというんなら、こんな所まで探しにくる必要は本来なかったはず。

 それでもこうしてやってきたのは「俺にも自分と同じものが見えてほしかった」から、か。


「……ただ、ねぇ」

「ただ?」


 凪音は困ったような顔でじっとトンネルを見つめる。


「ぶっちゃけ、いないっぽい」

「あ、あれ? そうなのか? 一応、ここは本物! とか、特にやばい! とかネットでも書かれてた有名どころなんだが」

「うーん。実はね、今になって気が付いたんだけどさ」

「うん」


 凪音は決まりが悪そうな顔で喋り始めた。


「私の経験上、人の多い場所は幽霊も多いんだよね。要するに、幽霊だからって特別人気のない所が好きとかなくて、普通に都会の方が幽霊も多いんかもしれない」


 えぇ……なにその微妙に世知辛い話。


「じゃぁなにか? 過疎化した場所は霊的にも過疎ってんのか?」

「そーなんじゃないかなぁ、実際この辺きてから幽霊見ないし。なんでかは知らないけどね」


 大都市への人口集中問題はよく聞くが、まさか幽霊にも当てはまる現象だったとは。やっぱ、コンビニとかあるほうが幽霊も落ち着いて暮らしやすいのかなぁ?

 凪音もゲーセンにいたわけだし。


「えーっと、じゃあどうする? 帰るか?」

「いや、一応もうちょっと奥まで行ってみようよ。もしかしたらここからは見えないだけかもだし」

「奥、ねぇ」

「ん? どしたん?」


 このトンネルは、放置されてかなり経っている。

 当然保安点検もなにもされていない。


「正直、幽霊はともかく、崩落の危険があるしなぁ」

「心配なの?」

「多少」


 俺の言葉に、凪音はちょっと考え込むと。

 自然な動作で俺と手をつないだ。


「大丈夫。私ってば元、あんたの守護霊みたいなもんだし。守ってあげる」


 ……そんな母親みたいな慈愛に満ちた表情で根拠のないこと言われても。

 っていうか。


「そういうセリフはさ、色々な意味で俺に言わせてほしかったなぁ」

「あははっ。でも、優人のことだから思ってはいたんでしょ? 分かってるから、ね?」

「そりゃ――」

「ってわけで。さ、今からどうぞ」

「分かってんなら改めて言うことなくない!?」

「私は分かってても聞きたいし! ていうか、もーこういうの恥ずかしくないんじゃなかったのぉ?」


 慣れてはいるけど恥ずかしくないわけじゃねぇよっ。

 それになぁ。


「いや、確かに凪音のことを守るって言い切りたいんだけどよ。俺にできることには所詮限界があるしさ。だからといって、心配するあまりに凪音の行動を制限とかはしたくないし」


 凪音のことが大切なのは当然だが。

 今の俺が凪音を守ることだけに思考を向けると、そのうち彼女を鳥かごの鳥みたいに扱ってしまいそうで恐ろしいとも思ってしまう。

 何しろ俺は大人で、今の彼女は半分子供みたいなもんなのは事実なのだから。


「はぁ~。また無駄にややこしいこと考えちゃってまぁ。優人を私のお兄ちゃんにしたら、すんごいシスコンになりそー」


 凪音が妹だったら……?


「あ~、まぁならなくもなさそう、かも?」

「でしょー? 心配性のおにーちゃん。いや、兄貴? おにぃ? ねぇ、どれがいい?」


 どれて。いきなりなんの話しだ。


「知らんがな。好きに呼べよ。っていうか兄じゃねぇけど」

「セフレよりは疑似兄妹の方が優人的にもありでしょ? でもさー、そこまで心配とかはしなくていいんじゃない」

「え? いや、でも。ただでさえ凪音は病み上がりみたいなもんだし。それにやっぱ俺のほうが大人として」


 答えている途中で、つないでいた凪音の手に強く力が籠った。

 思わず凪音の方を見ると、彼女も俺の方を見ていて、目と目があう。

 

「大丈夫だって。私はさ、例え死んじゃっても、きっとまた幽霊になって優人の傍にいてあげる。もし優人が死んじゃった時は、幽霊の優人の傍にいてあげる。ほら、大丈夫じゃん?」


 ……こいつは、ほんっとに。もう。


「全然大丈夫じゃねぇよ! どういう死生観してんだお前はっ」

「え~? 大丈夫だと思うんだけどなぁ。経験者だよ私?」

「あほかっ。経験者つっても生霊みたいなもんだろーが。本当に死んじまった時のことは分からんだろっ。つか、そうそう簡単に死なれてたまるかっての」

「なんとなく分かるんだけどなぁ~。でもま、確かに簡単にまた幽霊になっちゃうわけにもいかないか。私が病院で起きた時もさー、妹とか凄く泣いちゃって大変だったんよね」


 妹、家族。

 そうだ、凪音にだって家族がいる。

 幽霊になった時「家に帰るの怖い」と言っていた理由だって、家族への感情があったからだったと言っていたではないか。


「そういうことだよ。大丈夫じゃないから、ちゃんと気を付けて生きてろ」

「りょーかい。ん~、やっぱ幽霊の時のアレコレでちょっと色々感覚が狂い気味なのかもねぇ。あはは~」


 やれやれ。

 確かに、一度幽霊を体験したっていうのは、色々な意味でややっこしいことなのかもしれねぇなぁ。







 結局、あの後トンネルの中に少しだけ入ったが、幽霊は見つからなかった。

 凪音曰く「やっぱ誰もいないわ~」だそうだ。

 心霊体験は諦めて、今は帰りの車の中である。


「空振りだったな、心霊スポット」

「そだね~。でも、デートはできたから個人的には満足かな」

「凪音がそれでいいんなら全然いいけどよ」

「私は楽しかったよ。優人といると、やっぱ楽しいね?」

「……俺も、そうだよ」


 今回のことで、わかったこともあった。


 多分、今の凪音は何かしらの不安を抱えている。

 内容はいくつか考えられるが、正解なのかはわからない。

 なにしろ俺の深く知る彼女は幽霊の彼女で、今の凪音はあの時と全く同じ存在ではないのだから。


「凪音といるとさ、こんな寂れた観光地でも楽しいんだから、びっくりだよほんと」


 それでも、いつでも、俺にできることは、凪音の味方でいつづけることだけなんだけれど。


「あははっ、そっかそっか。ねぇ優人。私が幽霊の時みたいにさ、ず~っと一緒にいたい?」


 凪音が幽霊の時みたく、か。


「そこまでの贅沢は言わんよ」


 俺の答えに。


「ふふっ、そっか」


 凪音は笑顔のままで、短く答えただけだった。

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