第9話 佐倉凪音の相談 後編

「で、好きなん? 優人のこと」


 一旦コントローラーは置いて、楓ちゃんの顔をみながら聞いてみた。

 あ、困った顔してる。


「前も言ったじゃないっすか。異性としては好みじゃないって」

「え~? でもさっきの慰めた時の話しだってさぁ、好きでもなんでもない相手にそこまでしないと思うけどなぁ。私みたいな幽霊ならともかく、大人の男女でしょ?」


 ま、正直大人ってなんだって聞かれたら知らんけど。


「うっ……食い下がりますね」

「今日だってそうだけど、二人の空気つーか、距離とか見てたらそりゃ勘ぐるって!」


 優人が自分からあの距離感まで近づいたとは思えないし。

 楓ちゃんがなんの自覚もなくあの距離感まで近づいたとも思えない。

 勿論、友達とか親友ってのは嘘じゃないって分かってるけどさ。


「あ~。えーっと、その辺は~っすねぇ。ん~……まぁ、正直、そういうのが欠片も無かったといったら嘘にはなるっすよ。そりゃ」


 だよね! だと思った!


「例えば、あくまで例えばっすよ? もし、優人さんと凪音ちゃんが出会うことがなくて、私とだけ仲良くなる切っ掛けがあったなら。なぁなぁで私と優人さんが付き合ったりする未来もあったのかもしれないっすね」

「なぁなぁって?」

「ほら、友達……親友の延長っていうか。お互いに他に選択肢が無かったら、色々と楽にするためにとか。或いは孤独死しないように一緒にいるとか。そういう感じのあれっすよ。私と優人さんはどこまでいってもそんなんだろうな~って」


 なーるほど。

 後ろむきなんだか前向きなんだか、よく分かんない関係性だなぁ。

 まぁよく分からないのは私もだから、あんま人のこと言えないんだけど。


「つまり、優人と付き合うという選択肢はありなわけよね?」

「いやいや、だからっ、例えばの話しですってば! 凪音ちゃん相手に略奪愛なんてかまさねーっすよ。色んな意味で無理です」

「え? 別に私と優人付き合ってないよ?」

「はぁっ!? ちょ、何言ってるのか全然わかんないっす」


 む? まぁ、そりゃそっか。

 幽霊時代の感覚を引きずってるもんだからちょっと感覚狂い気味だけど、今の私と優人って傍から見たらそうとうイチャついてるもんなぁ~。


「えっとねぇ~、なんて言ったらいいかな。私って幽霊の時は、優人の恋人っぽいナニカでもあったとは思うんだけど、それだけじゃなくてね? もっとこう自由つーか、純粋っつーか……」


 う~ん、あの感覚をなんて伝えたらいいかなぁ。

 わっかんないけどぉ。


「こう、優人のことを見てるとね? あ~、この子のことは私が守らなきゃなーとかね?」

「なんで親目線なんっすか」

「この人は、純粋に心配して守ってくれて。この人の元にいられてよかったなぁ。親孝行しなきゃなぁ、とかね?」

「なんで娘目線なんっすか」

「コイツ童貞だし、ちょっとはいい思いさせてやるかなぁ。でも、そういや私ってば体ねーじゃん。とかね?」

「なんで急に俗っぽくなるんっすか!」


 む~、伝わりきらない。

 私の頭じゃうまいこと言えないなぁ。


「とにかく、なんでもOKみたいな感じだったわけよ。優人が幸せになってくれるんならさー」

「はぁ」

「んで、楓ちゃんに優人の事は任せるつもりで消えたと思ったじゃん? そしたら生きてるんだもん。予定狂っちゃったよね!」

「いや、よかったじゃないっすか……」


 そりゃよかったんだけど!


「体あるとさー、なんか色々メンドイんだもん。幽霊ん時は全てから解放されたぞー! ってな気分もあったんだけど。今はちょいちょい悩みとか不安もでてくるし」

「ははぁ。現役女子高生には色々あるでしょうねぇ。でも、こういうこと言うとあれっすけど。凪音ちゃんが頼めば優人さんがなんとかしてくれると思うっすよ? それこそ永久就職だってできるでしょ」


 それも、分かってるけどー!


「あいつは私のこと好きだしね~。でもね。あいつが心底好きなのは幽霊の私だし」


 パタンと、後ろに両手を伸ばして倒れ込む。

 お腹のところがめくれちゃった。

 楓ちゃんが、そこを手で撫でてくる。


「いいなぁ凪音ちゃん、相変わらず細くって」

「ちょ、くすぐったいってっ」

「胸触られたお返しっすよ~」


 むぅ、それを言われちゃうとなぁ。

 お腹くらいはいいか。


「一応聞いときますけど、まさか優人さんが今の生きてる凪音ちゃんを好きじゃない、とか思ってるわけじゃないっすよね?」


 お腹を撫でつつ、楓ちゃんが聞いてくる。


「うん。優人は私を好き。わかってる。でも今の私が幽霊の時の私とは違うのも確かなんだよ。あいつは、それでもいいって絶対言うから。優人には聞いたりしないけどさ」

「そりゃあ言うでしょうねえ」


 今の私にはあの時みたいな、ちょ~純粋! 混じりっけ無し! みたいなのはきっと無理だ。

 それでも、優人は私を好きっていう言うだろう。


 あの馬鹿のそういうところが、とっても愛おしくて。

 死ぬほどやっかい。


「幽霊の時に聞いた優人自身の言葉だけどね? 生きてる人間が一生変わらない気持ちで誰かを好きでいる、なんてのは現実的じゃないと思ってたって」

「うわぁ。確かにそういうこと言いそうっすね」


 そん時の私は――生きてるなら変化してくのは当り前。だけど本当の好きは死んでも消えないから――って答えた気がする。

 幽霊の私ってばいいこと言うなぁ。


「私は一生優人を、どんな風にでも、ずっとずっと好きでいたい。あの頃みたいに。だから、恋人とか、結婚とか。そういう枠を決めちゃうと邪魔になるかなーって」

「そんな極端な……」


 今んところはまだ、幽霊の感覚が混じって変な感性になってるかもだけど。


 そのうち、もっと優人に愛されたいとか、ずっと好きでいてよとか、よそ見しないで私だけを見ろとか。人間に戻っちゃった以上は色々でてくると思う。

 しかも、恋人とか結婚とかになったら、も~っと優人のことを縛っちゃうことになる。


「だからね。いっそ、楓ちゃんが優人と結婚しない?」

「しないっす」


 うっわ即答だ。


「いいじゃん。優人結構いいと思うよ? 優しいし、浮気しないし」

「その場合の凪音ちゃんの立ち位置ってどうなってるんっすか……?」

「え? 愛人?」

「浮気してるじゃないっすか!」


 む、そうか。


「じゃ、愛人はやめて。親友とかぁ。妹的なアレって事で、どう?」

「どうって言われても。普通に自分で結婚してくださいって感じなんっすけど。つーか、優人さんも絶対凪音ちゃんと結婚したいですって!」

「そうでもないと思うよー? あっちも下手すると私の父親とか兄気取りだし。いや、それはそれで超嬉しいんだけどね!」

「この変態バカップルどもめ」

「変態バカップル!?」


 なんかアブノーマルな関係みたいじゃん!

 まだエロいこと一回もしてないのにっ。


「まーでも、分かりましたよ。要するに、凪音ちゃんは幽霊の時の感覚とのギャップで、精神的に潔癖症みたいな状態なんっすね」

「ケッペキ?」

「そーっす。自分が、無償で、なんの見返りもなく、ひたすら優人さんの幸せを願って優人さんだけを愛し続ける存在――こう考えると軽くバケモンっすけど――まぁ、そういう感じじゃ無いと、自分自身に納得できないってことじゃないっすか?」

「……それ、かも」


 そっか。私ってば精神的潔癖症だったのか!

 なんか納得いった。


「なるほどっ。それでそれで?」

「それでとは?」

「私、どうしたらいいかなっ?」

「そんなん私も分かんないっすよ」

「そっかぁ~~」


 そりゃそうだよなぁ~。

 思わず、今度は体をうつ伏せにひっくり返す。


「そんなグデ~ンとした死体みたいにならないでくださいよ」

「だってさぁ。私、優人のこと超好きでさぁ。ずっとくっついてたいとか、くっついたからには恋人っぽくエロい事もしたいとか思ってはいるんだよ?」

「なんで急に惚気るんっすか……。いやまぁ今までもずっと惚気てはいましたけど」

「でもさぁ。それはそれとして、恋人とかエロいの抜きの、幽霊みたいに純粋な私でもいたいとか思っちゃってるわけ。超矛盾してね? ウケる」

「いや全然うけませんけど。だからー、あれっすよ。しばらく様子みたらいいじゃないっすか。凪音ちゃんくらいの年頃だと、色々極端に考えがちになるんっすよ。どうせ二人ともずっと離れる気ないんですし、そのうちいい感じの所に落ち着きますって」

「そっかなぁ」


 なんだか大人な意見だなぁ。

 ちぇー、優人もだけど、やっぱ楓ちゃんも大人だしね。

 説得力はある気がする。二人ともある意味ダメ大人なのにぃ。


「ん~、ま、幽霊に戻れるわけでもないしねぇ。優人とどういう感じになるのがいいか、ゆっくり考えてみるー」

「それがいいっすね。私はぶっちゃけとっとと結婚しろや! くらいに思わなくもないっすけど。例えどういう関係性でも、私は二人を応援しますから」


 楓ちゃんが、ぽふぽふと私の頭を撫でた。

 優人とは、またちょっと違う撫で方だ。


「……楓ちゃんって、なんで私のことそんなに考えてくれんの?」


 実際に顔を合わせたのはつい最近なのに。

 今だって、こんな変な悩みをちゃんと聞いてくれた。

 なんでだろ?


「友達ですし。優人さんの大切な人ですし。凪音ちゃん可愛いですしねっ」

「お。なんなら私と楓ちゃんで付き合うっ?」

「魅力的な提案っすけど、その場合優人さんどうするんっすか?」

「どっちもの愛人?」

「可哀想なんだか贅沢なんだかわかねーっすねそれ!」


 とりま、楓ちゃんは絶対優人のこと好きだね。確信した。

 でも、恋人とかの「好き」とは違うって楓ちゃんも優人も思ってる。

 親友って枠を拡大解釈しまくった、みたいな関係性なんだろうなぁ。


 ある意味、私のしたいことの一部を楓ちゃんはすでに実践してるわけか。


「ふふふ。楓ちゃん、さっすがぁ~」

「と、突然なにがっすか?」

「んーん、なんでもな~い。あ、そろそろお風呂入ろっか。一緒にはいろ?」

「えぇ!? ウチのお風呂狭いっすよっ?」

「いいじゃん、一緒に温泉入った仲じゃん! あん時私見えなかったけど」

「あぁ~、あの時は確かに見えなかったっすねぇ。JK風呂か……うん、いいかも。いや、いいっすね!」

「妙に犯罪的な言い方しないでくんない!?」

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