JKと幽霊と友達と
第15話 言うと思ったよ
凪音の見舞いに行ってから数日が過ぎた。
その間、再度お見舞いに行くことはできていない。
面会時間が終わるのが思ったよりも早く、仕事終わりに行こうにも中々間に合わなかったのだ。
それからすぐに、凪音が退院したことを汐穂ちゃんからの連絡で知った。
「さーて、何を買っていったもんかなぁ」
出かける準備をしつつ考える。
凪音に会いにいくつもりなわけだが、見舞いということであちらのお宅にお邪魔する以上、手土産くらいは必要だろう。
ネットで近場の店を検索し、やっぱり汐穂ちゃんもいるしケーキとかがいいかなぁと思い至ったあたりで、玄関の呼び鈴がなった。
「ん?」
誰だろうか?
楓、ではあるまい。
凪音の見舞いにいくにあたり楓も誘ったのだが。
「やっぱまずは、優人さん一人で会いに行くべきかなーって思うんっすよ」とか言われて断れているからな。
「はー……い?」
扉を開けると。
一人、少女が立っていた。
「――凪音?」
長かった黒髪を肩上くらいまで切っていて髪型は変わっているし、微妙に顔の雰囲気が違うのは化粧の問題だろうか?
凪音と最初に出会った時に感じたのとはまた別種のギャルっぽさを感じる。
だが、それでも間違いようもない。
凪音だ。
「どーも、おにーさん」
「え、えと、何してんだそれ?」
何故か、凪音はファイティングポーズのような構えをして立っている。
意味がわからん。
「あぁこれ? おにーさん、あたしの彼氏らしーし? そうすっと、再会したら感激して抱きついてきたりすっかもじゃん? でもほら、あたし的には初対面だし。キモかったらぶっ飛ばそっかなーって」
抱き着いてたらぶっ飛ばされてたのか……なんてアグレッシブな奴だ。
流石にいきなり抱き着いたりはしないが――って。
「そんなことよりっ、お前、体は大丈夫なのかっ?」
「からだ? あぁ、元気よー。見てわかるっしょ?」
シュッシュッ、と拳を突き出す動きを見せる凪音。
確かに、元気そうには見える。
「そう、だな。元気なら、よかった。……凪音、だよな?」
「はぁ? そりゃそうっしょ。てか、その辺はおにーさんの方が詳しいんじゃねーの? あたしの恋人だったんだろー?」
「あ、あぁ。いや、すまんな変なこと聞いて」
凪音の記憶はやはり戻っていないようだ。
そのせいか、雰囲気が違うというか……まるで別人と話しているような気になってしまった。
まぁ、俺どころか家族のことすら殆ど記憶にないのだから、性格や雰囲気が多少変わっていても不思議はないのかもしれないが。
「その構えも、もうといて大丈夫だよ。抱きついたりはしないから安心しろ。そもそも正確には彼氏ってわけでもないからな」
「んぇ? ちげーの? 汐穂っちはそう言ってんだけどなぁ。私の前では遠慮していましたが、あれは絶対彼氏だと思います。とかってさぁ」
汐穂ちゃん情報かよっ。
相変わらずマセていらっしゃる。
「えっと、何て言ったらいいか分からんけど。彼氏のような彼氏でないような、割と複雑な関係だったんだよ」
俺の言葉を聞いた凪音は、露骨にめんどくさそうな顔になった。
「あ~難しいこと言わないでくんないかなぁ。つまりぃセフレってことー?」
「ちゃうわっ!」
確かに前の凪音もそういう発言はしていたが、それはない。
「え~? じゃ、どこまでヤッてたん?」
「あ~っ。とにかく一旦中入れって。玄関先で危ない発言すんなっ」
ただでさえ、女子高生が出入りしてるってことでご近所さまの目が怖いのにっ。
「ん、お邪魔しまー。あ、でも襲わないでねー?」
「襲わねーよっ」
口では警戒していたわりに、凪音はあっさりと部屋の中まで入ってきた。
案外、警戒していたのはただの冗談だったのかもしれん。
汐穂ちゃんに色々事情は聞いてるんだろうし。
「お茶とか用意するから、ここ座ってまっててくれ」
椅子の引いて座るように促したが、凪音は座らなかった。
というか、こっちを見てすらいない。
「どうした?」
俺の問いに、凪音は質問を返した。
「ねー、あの部屋ってさぁ。あたしになんか関係あったりする?」
彼女が指さしているのは、凪音の部屋だ。
こんなことを言いだすあたり、やはり完全に記憶がすっからかんなわけではないのだろうか?
「あぁ。そこは、お前の部屋ってことになるかな」
主に幽霊時代の、ではあるが。
「あたしの部屋……」
彼女は一人歩いていくと、部屋の扉をあっさりと開けた。
当然中には誰もいないが、生活感が全くないわけでもない。
生身に戻ったあともちょいちょい凪音自身が掃除したり模様替えしたりはしていたからなぁ。
「ふ~ん。なんかエッチだね」
そう言って、彼女はまたあっさりと扉を閉めた。
って――。
「どの辺が!? 普通の部屋だろがっ」
「え? だって同棲しててベッドあって彼氏みたいなナニカとか……これもう絶対そういうアレっしょ?」
「え~っと、ハッキリ言っておくが、俺とお前はそういう事はなんもしとらん。その、なんつーかアレだ。お前、処女だぞ」
「マッ!? あたし処女かよ! こんな年上の彼氏までいてなんもなし!? もしかしてあたし、死ぬほど身持ち堅いタイプだったんっ?」
まぁある意味な。幽霊だったし。
でも根本的にはそういうことじゃなくて。
「だからぁ。俺らはセフレでも恋人でもないんだよ、正確には。なんつーか、友達以上恋人未満つーか」
本質は全然違うのだが、俺と凪音の関係を上手く言語化する能力が俺にはない。
つーか、この世界の言語には該当するものないんじゃなかろうか。
「なにそれぇ? 中学生みてーじゃん。あたし高校生だよね? そんで、おにーさんってもういい歳なんだろー?」
「そうなんだけどさ。まぁ、色々あったんだよ。色々な」
本当、色々。
幽霊の時の凪音との生活も。
凪音が消えてしまった後も。
そして、凪音が戻ってきた時も。
……いかん。
目の前の記憶のない「凪音」を見ながら思い浮かんでしまったら、無性に泣けてきそうになっちまう。
「え、ちょっ。な、泣かないでよー?」
「は? 別に泣いては」
「んや、泣きそーな感じなの分かるし! 悪かったよぉ。そりゃ、おにーさんからすればいきなり彼女が記憶そーしつとか可哀想だなって思うけどさぁ。あたしからすれば、いきなり彼氏がいるって言われてもピンとこなかったんよー」
「いやだから、泣いてないってのに」
泣けてくる気分なのは否定しないが、意地でも実際に泣くつもりはない。
今の凪音にとって、俺が他人なのは理解している。
本当に泣いて困らせるわけにもいかんだろう。
「う~。しゃーない。じゃぁ、ほら」
「……はぃ?」
凪音は突然、両手を大きく広げた。
何やってんだ?
「恋人なんだろー? やっぱ、ハグの一回ぐらいは許す! さぁ、こい!」
な、何を言い出すかと思えば。
要するに、慰めるためにハグぐらいは許可するって話か?
なんかもう、頭がくらくらしてきた。
こっちから凪音の所に出向こうと思ったら、何故か機制を制されてあっちから訪ねられてしまったし。
話しているとどうにも違和感があって、まるで他人のような雰囲気を感じてしまうし。
なのに……やっぱり、こいつは間違いなく凪音なのだ。
混乱が中々収まらない。
「いや、だからぁ。ちゃんとお前が記憶喪失で、俺のこと忘れてるってのは理解しているから。無理にそういう」
「だーっもう、いーんだっての! 難しいことはっ。あたしがいーってんだからさっさと抱けや!?」
「なんでそこでキレる!?」
「照れ隠しに決まってんだろっ。あたし的には男にハグされんの初よ!? てか言わせんなっ」
それは、マジごめんなさい。
当方そういうデリカシーは一切進歩しておりません。
「あ~もう、分かったよっ。お言葉に甘えればいいんだろっ」
「おぉ、こいや! ふ、っふふふ。なんか大人の男を甘えさせるのってちょっとゾクゾクするぅ!」
「そういうことこそ口にすんなよ!?」
こいつ、記憶がなくなってからアグレッシブさと馬鹿さ加減が加速してないか?
倒れた時に頭でも打ったんだろうか?
でも、精密検査でも異常ないらしいしなぁ。
なんてことを考えて照れをごまかしつつ。
両手を大きく広げた凪音をゆっくりと抱きしめる。
「ふぉッ――」
抱きしめたら、凪音が変な声を上げつつ体を固くした。
緊張しているってことだろうか?
俺もしてるけど。
「嫌だったらすぐ言ってくれよ。本当に、無理とかはしないでいいから」
「…………へぅ!? あ、あぁ。うん。案外、嫌ではない。割と、気持ちいいかも? よ、よーし、試しにもうちっと強くしてみて」
「え? こ、こうか?」
一応遠慮して緩い感じで抱きしめていたのだが、じゃあちょっとだけ強く。
「ふぁっ!?」
「おぃ、さっきからなんなんだその奇声は」
「き、きせー? よくわかんないけどこう、なんか勝手にでんの! おにーさん、あたしの体に前は何してたんよ!?」
「だからなんもしてねーよ!?」
してない、よな?
そもそも凪音との付き合いの大部分は体が無い状態だったし。
「ぬぅ~……まさかここまで……どーりで落ち着かなかった……」
「な、なんだって?」
腕の中の凪音がブツブツと何事かを言っているが、くぐもってよく聞こえない。
「なんでもねー! てか終了! おわり!」
ぐいっ、と凪音が両手で俺を押しのけるようにして離れた。
腕のなかから暖かさが消えて、喪失感を覚える。
あ、やばい。
これは、いっそ一度抱きしめたことによるダメージのが大きいかもしれない。
凪音とこうして触れあう機会は、もうこれで最後になってもおかしくはないのだから。
「ふぅ……。で、もうへーき?」
「えっ? な、何がだ?」
「はぁ? だからぁ、さっき泣きそーだったのはもう平気なのかって」
「あ、あぁ。そういう。だから、泣かないってば」
本当は、より大丈夫ではなくなった気がするが。
でもそんなことは口にはだせない。
俺は、大丈夫でなくてはいけないのだ。
「俺はさ、記憶をなくすまえのお前に、沢山もらったものがあるんだ。教えてもらったことも。だから全然平気だよ」
俺の言葉を聞いた凪音は、胡散臭いモノを見るような目になった。
「ほんとぉ? なんか、誤魔化してなぃ?」
「してないって」
「ふ~っん。ま、いいかぁ。よし、じゃーよく顔を見して」
「え? ちょっ」
凪音は今度は自分から近づいてくると、両手で俺の顔を挟み込んだ。
まるで、キスをする直前のような距離感。
無論、彼女にそんな気はないのだろうが。
いつかの凪音に突然キスされたことが思い出されて、胸の中がざわつく。
「ん~。ふつー。おじさんだし、イケメンでもないし、好みってわけでもないしー」
……悪かったなぁ。普通のおっさんで。
「前のあたしはなんで付き合ってたんだかなぁ? しょーじき、彼女って気分にはなんねーわ」
パッと手を離すと、凪音はため息交じりにそう言った。
まぁ、そうなるだろうな。
凪音が俺と一緒にいたのは「幽霊」という特殊すぎる状態があってのこと。
それがなくなれば、こういう結論になるのは予想していた。
「期待に添えなくて悪かったよ。けど、ありがとうな。それでも、こうして会いに来てくれて」
「ん~、別に気にしなくもいいけど? こっちにはこっちの用があってきたんだし」
「そっか。用っていうのは?」
「ん? あぁ、もういいの。おにーさんがどんな人で、あたしはどんな人と付き合ってたのかなって、知りたかっただけだから」
なるほど。
そりゃ、自分が記憶を失う前に付き合っていた相手、なんてのがいると聞いたら気にもなるか。
結果は、期待外れで終わってしまったわけだが。
なんだか申し訳ないやらいたたまれないやらだ。
けれど、こうしてちゃんと話せたのは、よかった。
「……こう言われてもピンとこないだろうけどさ。もしこの先なんか困ったことがあったら、俺を訪ねてくれていいからな。あ、別に彼氏面しようってんじゃないぞ?」
この先、彼女とどう関わっていけるのかは分からない。
もう、殆ど関わりなどもてないかもしれない。
だからこそ、今ちゃんと伝えておかないといけない。
「俺からの恩返しみたいなもんだとでも思ってくれればいい。親戚のおじさんくらいの感覚でもいいからさ」
「いや、いらない。そーゆーのいいから」
あっさり断れてしまった。
くっそぉ。
分かっちゃいるけど、やっぱ、いてぇ。
今の凪音にとって、やはり俺は「他人」という認識なのだと雰囲気で分かる。
さっきのハグを許す云々も、彼女の懐の深さからくる類いのものなのだろう。
「そーゆー、前のあたしがどうこうとか知らんし。その~、えーっと、なんつーの? あれだ。友達になろ?」
……はぃ?
「なんだって――?」
「だから、友達だっての。友人、フレンド! ほら、手出してっ」
「えっ?」
反射的に右手を出すと、がっちりとその手を捕まれた。
「あくしゅ! これから、あたしとおにーさんは友達! あ、じこしょーかいすんねっ。あたしの名前、佐倉凪音!」
「……知ってるよ」
多分、世界で一番よく知っている奴の名前だ。
「それでもいいのっ。つか、あたしおにーさんの名前わすれちゃってるから。汐穂っちにもまた聞いたんだけど、ここにくるまでに忘れちゃったじゃんか!」
まじかよ。どんだけ俺に興味なかったんだおい。
或いは、本当に記憶力がお亡くなりになっている状態なのか……? 鳥頭的な。
やっぱもっかい精密検査が必要なんじゃねぇだろうか。
「はぁ。優人だよ。佐藤優人。優しい人と書いて、優人」
「やさしい――ゆうと。ゆうとっち、ゆーと君? いや、ゆー君かな!」
「ゆーくん!?」
なんていうか、凄いむずかゆい呼び方された。
まさかこの先、ずっとこの呼び方されんのか?
っていうか、この先があるってことで、いいのだろうか?
「ガチ恋人ムーブはちょい無理だけどさ。ゆー君いい奴そうだし。とりま友達ってことで、あたしらやってこーよ。優しい人でゆー君、うん。いい名前じゃん!」
優しい人で、か。
「……言うと思ったよ」
名前負け、じゃないといいけどなぁ。
今度もさ。
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