第14話 照れるっすね!
凪音の見舞いが終わった帰り。
俺と楓はどっかの店で晩飯を食べていくことにした。
楓に誘われたのだ。
曰く、「優人さん、今は落ち着いてますけど。帰って一人になったらやっぱキツイと思うんっすよ。ちょっと話して吐き出していったほうがいいっす」とのこと。
言われてみれば、確かにその通りな気がした。
無論、「凪音が無事ならいい」という感情に嘘はないが。だからといって、不安がないと言ったらそれも嘘に決まっているのだから。
「あ、奥の方あいてるっす。あっちいきましょー優人さん」
「あぁ、そうだな」
俺と楓が入った店は、昼は喫茶店をやっていそうな感じのバーだった。
客入りはそこそこ。奥の方の暗がりに空いている席があったのでそちらに座る。
適当にノンアルコールのカクテルやらパスタやらを注文し終わった時には、なんだかどっと疲れが滲みでてきたように感じて。
自分が思ったより気を張っていたらしいことに気が付いた。
「ふぅ……」
俺のため息を聞いて、楓が気遣うように声を上げる。
「大丈夫っすか?」
「ん? あぁ、凪音も異常なしってことならそのうち元気にはなるだろうし、大丈夫だよ」
「そう、っすね。やっぱ、身内が倒れて病院とかって妙に疲れちゃいますね」
「だなぁ。俺らが身内と言っていいのかはともかく」
「身内でいいじゃないっすか、特に優人さんは」
「ま、そーかもな」
凪音が倒れたと聞いてから見舞いにいけなかった数日間、思った以上に精神をすり減らしていたらしい。
楓も、凪音が倒れた当日に一緒にいて、別れた後にこういう事態になったことをかなり気にしているようだった。無論、楓が悪いわけではないのだが。
会いに行った結果としては、良かったのか悪かったのか?
凪音はある意味では無事だったが、ある意味では全くもって無事ではなかった。
「ったく、幽霊だったかと思ったら、次は記憶喪失とか。あいつも本当に普通ではいられん奴だよなぁ」
俺の独り言じみた言葉を聞いた楓は、何とも言えない表情をしながら口を開く。
「でも、好きなんっすよね?」
それに関しては、なんの迷いもない。
「あぁ、好きだよ。どんな意味の好きかは、ともかくな」
「それ、凪音ちゃんも似たようなことで悩んでましたよ」
「え?」
「前に、凪音ちゃんがうちに泊まった時に話したんっすよ」
あぁ、恋バナとか言ってた時のことか。
「私には、凪音ちゃんの感覚――幽霊だった感覚ってのは分かりませんけど。好きの種類つーか、愛してるの純度つーか。そういうのが、幽霊の時みたいにはいかないのが納得いかなかったみたいです」
なるほど。
凪音の悩み、不安。
幽霊という特異な経験をしてしまったが故の、ズレ。
やはり、そういう部分だったか。
「私の勝手な分析っすけど。もしかしたら凪音ちゃんは、怖かったのかもしれないっすね」
「怖い?」
「幽霊の時の本当に純粋な自分と、生きている今の自分。それを優人さんに比べられるのが、です」
「…………かもな」
幽霊だったからこそ辿り着けたのであろう、何ものにもとらわれない純粋な心。
それに触れたからこそ、佐藤優人は佐倉凪音を好きになったのだ。
とか、あいつは思っていたのかもしれない。
正直、そういった面があったのも確かだ。
俺たちの関係は彼女が幽霊でなければ成り立たない、どころか、始まりすらしなかっただろうから。
だから凪音が不安になるのも分かるが、例え俺が「今のお前も好きだ」とか口で説明したってそれで解消するもんでもなかっただろう。
人生には、生きて、時間をかけて、歳も重ねて、そうしていかなければ納得ができないことなど、山のように、腐るほどにあるのだから。
「本当は、こんなの私の口から話すことじゃないとは思ったんっすけどね。その、状況が状況ですし」
「あぁ、いや。ありがとうな。話してくれて」
「……どういたしまして、っす」
状況。
要するに、凪音がもう自分の口から「思っていたこと」を話す機会がないかもしれない状況。ってことだ。
何しろ本人が覚えていないのだから。
「あははっ。凪音ちゃん、私が優人さんと結婚して、みたいなことまで言ってましたよ。勿論断ったっすけどね」
「なんだその無茶ぶりは」
「凪音ちゃんは愛人とか親友とか妹とかに収まりたかったらしいっすね~」
「相変わらず滅茶苦茶言ってんなぁ、あいつ」
そこで、頼んでいたメニューが運ばれてきた。
改めて、互いに「お疲れ」と労いあう。
こんな風に楓と一緒に飯を食うことは何度もあったが。
凪音が帰ってきてからは、二人きりでというのは久々な気がする。
「ま、本音を言うとっすね。優人さん相手なら、別に結婚してもいいんっすよ」
「……なんて?」
「あなたは結婚してもいい相手だって話っす。優人さん以外にしてもいいと思える相手もいないですし」
えーっと。
なに? どんな反応すればいいんだよこれ。
「あぁ。別に、結婚したいってわけじゃないですから。今、優人さんに対して求婚とかはしてないっすよ?」
「いや、そりゃ分かってるけどよ。びっくりはするって」
「そっすか? 優人さん的に、私とは結婚できませんか?」
楓と、結婚?
思ったより真面目な顔の楓に対して、俺も真面目に返すことにする。
「楓と一生一緒に暮らすってことなら、そりゃまぁ、できるだろうよ。子供とかはともかくな」
「照れるっすね!」
なに真顔で照れてんだっつの。
「で、その質問はどういう意図があるんだ?」
先ほどの「あなたとなら結婚してもいい」発言もそうだが、楓は何の意図もなくこんなことを聞いてはこないだろう。
まして、こんな状況では。
「……凪音ちゃんの記憶、戻らなかったら?」
楓は、俺の質問に質問で応える。
凪音の記憶が、戻らない。
可能性の問題だが、当然ソレも起こりうる未来だった。
「凪音ちゃんが幽霊だったからこそ、優人さんと凪音ちゃんはあの関係性まで辿りつけた。優人さん、いつだったかそう言ってましたよね?」
「あぁ、言ったな」
それも、事実だろう。
幽霊になる前の「女子高生、佐倉凪音」からすれば、俺はただの冴えないおっさんでしかなかったはず。
それが今みたいになっているのは、彼女が心の塊としてずっと俺の傍にいて、互いの心のみでの対話が可能だったから。
普通なら、深い接点などできようもない二人だったはずなのだ。
「凪音ちゃんの記憶が戻らなかったら、凪音ちゃんは普通の、どこにでもいるちょっと不幸な女子高生です」
言いたいことは分かるが、どこにでもはいないだろ記憶喪失は。
「優人さんは、できますか? 幽霊の記憶のない凪音ちゃんと、あの時の生活を無かったことにして、一から仲良くなっていけますか?」
……なるほど。
合点がいった。そういうことか。
こいつが俺に吐き出させたかったのは、これか。
記憶のない凪音。
それはつまり、幽霊になって俺を好きになってくれる切欠を失った凪音、ということだ。
現実的に考えたら、「普通の女子高生」は俺みたいな冴えないおっさんを好きになったりはしないわな。
楓は、そうなった時に俺がダメになってしまうことを心配してくれているのか。
挙句。
もし万が一そういう事態になった時には、自分がずっと傍にいることができると――それこそ結婚という可能性も含めて――そう、遠回しに言ってくれているのだろう。
なんというか、相変わらず。
「お前さ、ほんっと俺の友達にゃ勿体ないくらいに、すげぇ良い奴だな」
「――だからっ、照れるじゃないっすか!! いいんっすよ今は私のこと褒めなくて!」
机をうるさくない程度に気遣いつつバンバンと叩く楓。
「大体、別にいい奴じゃないっすよ。こっちだって未だに優人さんくらいしか友達もいないですし。結婚とかも正直できる気しないですし。20~30年後のことを考えると、優人さんはなんかしらの形で確保しておきてーだけっす」
まぁなぁ。
結婚ってな、好き嫌いだけで成立できるもんでもねーからなぁ。
いや、したことないけど。周りを見る限りでは、恐らく。
人間不信だっつー楓には、色々と思うところがあるのかもしれん。
確かに俺は、もしも楓が困っていたら割とどんなことでもするだろうし。
「利害関係ってやつか」
「そーゆうことっすかね」
なんとも、情に溢れた利害関係だよ。
「つっても、今はとにかく凪音ちゃんの記憶を戻すことが重要っすけど」
「そうだな。どうしていいのかはサッパリわからんが」
何しろ原因不明なのだ。
「凪音ちゃんも、優人さんのことを完全に忘れたわけではなさそうでしたし。キスの一発でもすれば戻るんじゃないっすか?」
「……それ、戻らなかったら一発で関係が破綻するだろ」
「ま、そーっすねぇ。ハイリスクすぎますかね。下手すると逮捕ですし」
下手しなくても逮捕だと思う。
「取り合えず、どう接点を保つかが難しいっすねぇ。向こうは、下手すると私らにそこまで興味とかないかもですし」
「そうだなぁ。本来の歳の差とか考えれば、頻繁に会うこと自体が不思議なことだもんな。しばらくは、記憶を戻すって題目で会いに行ったりもできるだろうが……」
凪音が退院したら、早速ケーキでも持って見舞いに行ってみるか。
「じゃぁ、また明日会社で」
「はいっす。またです」
「あ、楓」
「はい?」
別れ際、考えていた質問の答えを楓に告げる。
今まで忘れていたわけじゃない。ただ、中々明確な言葉にならなくて時間がかかってしまった。
「もし、凪音の記憶が戻らなかったら? ってやつだけど」
「……はい」
幽霊の時の凪音が、言っていた言葉。
「死んだら、ハッキリするんだってさ」
「――はい?」
幽霊になったことのにない俺には、感覚までは分からないが。
「自分の本当の心の形も、誰をどう思っていたのかも。死んだらハッキリわかっちまうんだと」
「それ、幽霊の凪音ちゃんが?」
「あぁ。だからさ。また一から凪音と元の関係みたいになれるのか? ってのは、やってみなきゃわからん。まぁ、努力はしてみるけどな。でも、俺はそこまで悲観はしてないよ」
確かに、記憶をなくした彼女は「普通の女子高生」なのかもしれない。
けれど、凪音は凪音だ。
「ははぁ」
楓は、なにか感心したような表情で俺をみた。
「流石、私の見込んだ変態バカップルっすね」
「おぃこら」
なんだその頭の痛くなりそうな名称は。
「じゃーあれっすね。いざって時は、死ぬまでの間は慰めてあげるっすよ」
楓は、なんだか愉快そうに笑った。
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