第35話 デレたんだからっ

「へぇ~。ここがお二人の愛の巣っすかー」


 愛の巣……。

 なんだろう、こいつにこういう言い方されると妙に腹立つなぁ!


「ふへへっー! 愛の巣だって優人っ。なんかエロい響きじゃない?」

「あぁ……そだね」


 ある意味、健全の塊の様な存在の癖に。と思ったが。

 よく考えると、見た目的には決して凪音は健全ではなかった。

 パンツ隠さないしな。


「え? 凪音ちゃんなんて?」

「小山はエロいってさ。いいからはよ部屋に上がれよ」


 今日は、仕事上がりに小山が遊びに来ているのだ。




 明日が休日だから、二人と遊びたい。


 などと小山が言いだして、実際に来た。

 そういった状況なのだが。


「なんだかんだ、優人さんのお部屋にお邪魔するのは初めてっすね! ここで凪音ちゃんと愛を紡いでいるのかと思うと。とっても興奮しますっ。でも私はエロくないっす!」


 エロいつーか。

 多分、拗らせている影響で妄想にも偏りがある気がする。


 別にいいんだけど……。


「そんで、エロくない小山は何しに来たんだ?」

「だからー遊びにっすよー。二人があの後、仲が進展したっていうから。そのお祝いもかねてっすね」

「祝いはもうしてもらっただろ?」


 凪音とのアレコレの後に小山に事後報告をした際、そのついでに三人で焼肉食べたじゃん。


「美味しかったなぁ……お肉……」


 はいはい、また連れてってやるよ。

 幽霊の癖に肉食系だなぁ凪音は。


「んや、あの時はお酒いれてなかったんで。今日はお酒も持ってきました!」

「お前酒弱いじゃん……」


 旅館での事は忘れてないぞ。


「なのでー。遊んで、最後にお酒飲んで、寝ちゃおうかとっ」

「あははっー楓ちゃん泊まる気だー」

「正気か?」


 小学生が友達ん家に泊まりにきたんじゃねーんだぞ。


「えー? なんでっすかー。いいじゃないっすか。どうせもう一晩布団並べて寝た仲じゃないっすかぁ」


 俺は寝てないけどな。あの旅館でも。

 悩んでるうちに徹夜してたから。


「いや、常識的に考えてだなぁ……」

「いーじゃん優人。ここで楓ちゃんとの距離を詰めておいたほうが後々いいと思うよ~? 私が消えたらきっと優人寂しくて大変だよ~? 楓ちゃんいたらきっと慰めてくれるよ~?」

「お前はお前でもう少しこうっ……」

「え? ナニナニ? もしかして私に嫉妬して欲しいの? ねぇねぇ!」


 うっざ! 


「ちょっと! イチャつくんなら私にも解かるように実況しながらしてくださいよ!」


 こっちもうぜぇ!!


「あー! もうっ。勝手にしろっ」

「やったー!」

「よかったねー楓ちゃんっ」

「良かったねー楓ちゃん。だってよっ」

「凪音ちゃんすきー!」

「楓ちゃんすき~!」


 俺はお前らの感性にはついていけん。


 小山に抱き着いている凪音を見て、心底そう思った。




 リビングにて、取りあえず晩飯は小山が買ってきた差し入れで済ませることにした。

 因みに内容は大量のおでんである。


 適当に温め直して、三人で炬燵にはいって鍋を囲む。


「私、ちくわよりちくわぶ派なんですけど! あとカラシつけんのいやー」

「へいへい」

「あ、なんかまたイチャついてるっすね?」

「イチャついてねーよ。お子様がカラシを嫌がっただけで」

「お子様言うな!」


 まぁ、いつも以上に賑やかな晩飯ではあった。



「は~食べた食べた。やっぱ冬はおでんいいっすね~」

「まぁなぁ。なんか、俺としてはおでんがメインだと飯食った気しない方だけど」

「あ、ちょっとわかる。ご飯のおかずにならない感じー」

「じゃぁ他になんか食べます? 出前とか?」


 炬燵に座ったまま、ダラダラと会話が続く。


「いや、いいよ。腹はいっぱいだし。凪音は?」

「ん~。私も別にいいよー」

「凪音も別にいいってさ……なにニヤニヤしてやがる」


 現在、俺と小山は机を挟んで対面で座っている。凪音はその側面だ。

 なので、小山のニヤ着く顔がダイレクトで見える。


「いやー。凪音。っすかぁ。いや~」


 こいつ……。


「そうそう、やーっと優人が私にデレたんだからっ。懐くまで時間かかったなぁ~」


 凪音が腕を組んでしみじみ呟く。


 懐くって。人をペット扱いすんじゃねぇっ。

 あれ? 既視感あるなこれ。


 大体、割と早めにデレてはいただろっ。

 ちょと諸々あって結実しなかっただけで!


 ……うん、これは言わないでおこう。


「凪音が、どーしても名前で呼んでほしい! って言うからなー!」

「はぁ!? どーしてもとか言ってないしっ」

「そうなんっすか凪音ちゃん?」

「ちーがいーますー!」

「……今の優人さんの表情から察するに、多分半々くらいっすかね」


 こわっ。

 こいつの洞察力こわっ。


 将来こいつと結婚する奴は、絶対に浮気とかできないな。


「……で、凪音ちゃんは。いつまでこうしていられるんっすか?」


 ふと、小山が真面目な顔になって。

 俺と、凪音が座っている辺りに視線を走らせながら聞いてきた。


 凪音が、いつまでいられるか、か。

 前回説明した時に、ちらっと凪音の状態については話したが。確かに詳しく話したわけではなかった。

 とは言え。俺だって凪音だって詳しくなんてわからない。


「さぁなぁ。知らんよ。ただ、あんまり長い期間じゃないだろうってことくらいしか」

「そだね~。ま、少なくともあと一年とかは無理かもねぇ」


 凪音も、気楽な様子で答える。

 勿論、聞こえはしないだろうが。


「……そっすか。その。私がこれを聞いていいのかどうかは、わからないっすけど。お二人は、幸せ……ですか?」


 小山が、勇気を振り絞ったであろう質問を聞いてくる。


 元々が、人の内面に踏み込み過ぎたが故に、人間関係に支障をきたしてきた過去を持つ小山だ。

 まして、前回の事で。十分に俺達の危ういバランスは察しているだろう。


 それでも、またこうして踏みこむのは。どれだけ勇気がいることなのか。


 つまりこれは。


「ふふっ。楓ちゃんは本気で私と優人の友達になりたいんだねぇ~」


 微笑む凪音の言う通り。

 そういうことなのだろう。


「あぁ。幸せだ。俺も、凪音も。な?」

「うん。文句なーし」

「文句ないってさ。この結果は、少なからず小山のお陰だ。もし、あの時のことがなかったら。ダラダラ引き延ばした挙句に、その時がきてたかもしれない」


 小山にはっきり言ってもらえたから、俺と凪音の関係は一歩前に進めた。

 それは、間違いなく幸せなことだ。


「――そう、っすか。 なら、よかったです」


 小山は、嬉しそうな。悲しそうな。

 そんな顔で、笑った。


「やっぱり、友達が幸せそうにしてるのは私も嬉しいっす。だから、お祝いしましょう!」


 空気を入れ替えるように、小山がぱんっと手を合わせながら言う。


「あぁ、ありがとうな」

「ありがとー楓ちゃん!」

「凪音もありがとう楓ちゃん、だってさ」

「あ、今優人さん私のこと初めて楓って呼んだっすね!」

「いや、今のは実質呼んだのは凪音だろ……」

「いいじゃん優人。名前で呼びなよ、か、え、で!」


 うるさいなぁっ。

 こっちにはこっちのこう、心理状態諸々があるんですー。


「ま、それでもこれはこれでめでたいっすね! 二重におめでたい。ので、皆でゲームしましょう」


 はい?


「ゲーム? なにすんの楓ちゃん」

「小山、ゲームってなんだ?」


 俺と凪音の疑問に答える様に、小山がガサガサと荷物をあさり。


「これっすよ!」


 テレビゲームのハードを取り出した。

 一度家に帰って色々準備してくるとは言っていたが、これも準備のうちだったのか……。


「あー、そういや楓ちゃんって休日はよく一人でゲームとかしてるって言ってたね」


 あぁ、言ってたかもねそういえば。


「でも、凪音はコントローラー使えないぞ? 俺と小山でやるのか?」

「いえいえ。見るゲーもオツなものとは思うっすけど、これは凪音ちゃんでもできるやつです」


 凪音でもできる?


「すごろく的なヤツとか、人生ゲーム的なヤツですから。優人さんが凪音ちゃんの指示でコントローラー使えば問題ないっすよ」

「あーなるほどね」

「へ~。そういうゲームかー。まぁなんとなくはわかるかも」


 俺も、ゲーム自体は昔は割としていたほうだからな。

 意味は理解できる。


「ふむ、んじゃやってみるか?」

「いいよ~」

「凪音もいいってよ」

「ではっ。早速!」



 小山がゲームをテレビに繋いでセッティングし、皆で炬燵に座ったままゲーム開始である。


 最初にやったのは、サイコロ転がして汽車で全国巡るすごろくパーティゲームだったのだが……。


「ん~ストップ!」

「ほい」

「あー!! 一足りない! 優人の下手くそっ。サイコロ下手っ」

「お前の指示で止めたんだろーがっ」

「はーはっはっ! その一ターンは致命的っすよぉっ」

「ギャー!?」


 なんというか、まぁとても盛り上がった。

 小山が生き生きしていたなぁ。


 あれだな。きっと、友達とゲームとかしたかったんだろうなぁ……。


 まぁ凪音も楽しそうだし。いいんだけど。


 俺は……。まぁこいつらとなら比較的なんでも楽しい。








 途中で酒も入り、ぐだぐだになった挙句にゲームはお開きとなった。

 案の定、小山はぐでんぐでんなので、今日は泊まりだ。

 もう、知らん。


「あー。小山は凪音の部屋のベッド使え。実質新品みたいなもんだから」


 一応、インテリア的にあったほうが落ち着くだろうと思って設置はしたのだが。

 まぁ当然ながら凪音はベッドを実際に使用したりしないからな。


「ふぇ~? らめっすよー。なおちゃんのベッドとっちゃうじゃないっすか~。あ、それとも一緒にねるー? なおちゃん」

「あはは~。大丈夫だよー? だってねー」

「あ~……」


 はぁ~。


「あのー、あれだ。今は俺と凪音は一緒に寝てるから。大丈夫だ」

「いっしょ。に……?」


 小山が、凄いにやーっとした顔になった。

 あぁ、既にうっとおしい。


「ら~ぶらぶじゃないっすかぁー! このはんざいしゃー! うらやましーっすよぉ!」


 なんでお前が羨ましがるんだよっ。


「あーもうっ。いいから歯みがいて寝ちまえ!」

「え~? 私は仲間はずれっすかー?」

「あ。三人で一緒に寝ちゃう? 優人大人の階段のぼっちゃう?」


 寝ないしのぼらないし仲間はずれでもねーよ!

 常識的に考えてないっつってんだよっ。


 ていうか、誰がガキで童貞だこの野郎!


「はいはいっ、小山さん。もー寝ましょーねー!」

「ふへ~ぃ」




 その後。バタバタしつつも、小山を凪音の部屋のベッドに放り込んで。


 俺も自分のベッドにやっと潜り込めた。


「はー! 今日も楽しかったねぇっ」


 俺の隣に寝ている、風な感じでくっついている凪音が嬉しそうに笑う。


 最近、凪音は毎晩こうして俺の隣で同じ事を言うのが習慣になりつつあった。


「そうだなぁ」


 一緒に寝る理由に関しては色々ある。


 少しでも、凪音の存在を保たせるために。離れる距離を少なくしたかった。

 少しでも、凪音と一緒にいられる時間を減らしたくなかった。

 少しでも、凪音に近づいていたかった。


 まぁ、要約するととてもシンプルな話になってしまうのだが。


「凪音といて今日も幸せだったよ」


 要は、少しでも凪音と一緒に居たいというだけの話だ。


「うん。私も、優人といて幸せ」


 おだやかに笑う凪音の笑顔。


「あぁ、おやすみ凪音」

「うん、おやすみ優人」


 俺は、この笑顔を後どれくらい見ていられるかな?


 ま、わかるわけないし。


 今のうちに沢山見ておくか。

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