第36話 くそバカップルだね

 小山が泊まった次の日。結局小山は帰ることなく、そのまま三人で遊びに出かけることになり。

 俺は二人の買い物に付き合わされたり、カラオケに付き合ったりと忙しかった。


 そして、小山が帰り際。


「あ、そういやもうすぐクリスマスっすねぇ」


 等と言い出したが。


「まぁな。普通に仕事だけどな」


 社会人的に、クリスマスなんてただの平日だ。

 少なくとも俺はそう思っている。


「まぁそうっすよねぇ。つっても当日はちゃんと仕事おわったら凪音ちゃんとイチャつくんっすよね? だったら次の休日にクリスマスパーティーしましょう!」


 凪音とイチャつくのは決定なのかよ。


「はーい! イチャつきたいです!」


 決定だったわ。

 まぁ、別に文句はない。


「あー、はいはい。次の休日にね。しかしパーティーって何すんだ?」

「おでんがケーキとチキンになればいいんじゃないっすか?」


 ゆるっ。

 いや、いいけどね。


 俺にハイテンションなパーティーなんて無理だし。


「私は優人と楓ちゃんいればなんでもいーかなぁ」


 凪音は凪音で可愛いこと言ってるし。


「あー。わかったわかった。んじゃ、次の休みな」


 そういう事で、クリスマスも次の休みもするっと予定が埋まったのだった。

 クリスマスを平日としてスルーしないのは、何年ぶりなんだか……。








 あと何回、凪音の笑顔を見ることが……なんて最近はよく思っていたが。

 それは思った以上に少なかった。


「ゆうとー、あーさー! おきろ~」

「……んぁ。あーぃ」


 凪音に朝起こされて。

 すぐ隣の凪音と顔を合わせる。


 なのに。


「――え?」


 凪音の顔が、わからない。


「なに? 私の顔になんかついてる? それともまさか朝から見惚れちゃった?」


 凪音は、きっと悪戯っぽい笑顔でそう言っているのだろう。

 だが、今の俺には。


 凪音の表情が、顔が、


「……凪音。俺、お前の顔が見えない」

「――は?」


 あぁ、わかる。

 きっと凪音は、怪訝そうな表情で、俺を見てる。


 でも、それは俺の頭で勝手に再生されたモノだ。


 俺の目には、もう凪音の顔が、認識されていない。


「凪音の顔、俺には。もう」

「……そっか」


 凪音の声に、悲壮な表情は感じられない。


 きっと、凪音は。覚悟していたのだろう。この状態も。


「残念だねー優人? 私の可愛い愛しい顔が見れなくなっちゃってさ?」


 クスクス笑いながらそう言う凪音の声は、本心からそう言っているように聞こえる。


「そうだな。残念だ。すげー残念だけど。でも、別にいいさ。まだ姿も見えて、声も聞こえて。そこにいるってわかるんだから」


 それで問題ない。

 だから、俺も本心を返した。


「ふふっ。そだね。 でも、顔が見えないかー。体も時間の問題だろうなぁ。今のうちに色々見とく? 胸とか」


 グィっと。胸を自分の腕で押し上げながら聞いてくる凪音。


「あー。んー。まぁそれはどっちでもいいとして……」

「おい。どっちでもいいとはなによ。 ったく。そんなんじゃ一生童貞だぞー?」


 別に、エロいことしたくて凪音といるわけでも。

 エロいことできるから幸せなわけでもない。


 いや、まぁできるんだったらそれはそれでいいんだけどね?

 別に必要とはしていないって話だ。


「別にいいよ。どうせ凪音以外の相手とどうこうなる気はないし」

「はあぁ? まーたそんなこと言って」


 凪音が呆れたような調子で言ってくる。


「いーじゃん、他の女とも付き合っときなさいよ。特に楓ちゃんとかだと超おすすめ」

「あのなぁ……。どういう了見でお前が俺に彼女すすめてくんだよ」


 意味がわからん。

 嫉妬して欲しいとは言わないが。


 なんか釈然としないのは確かだ。


「幽霊的には~。独占欲よりも、大切な人の幸せが優先されんのー。そっちのほうが心のウェイトがデカイってこと」


 なんだそりゃ。マジでこいつは天使だの女神みたいな感じになりたいのだろうか。

 大天使凪音。ちょっと笑える。


「だから、優人は他の女と付き合ってー。んで、死ぬ時に。 やっぱり、凪音が最高の女だったわぁ。 って言って死になさい」


 前言撤回。

 滅茶苦茶だこいつ。


「はぁ~……。お前が最高の相方なのは否定しねーけどなぁ」

「それは当たり前でしょー。 ま、追々考えときなよ。人生長い……かもしれないんだから。ね?」


 ったく。人を残して先にいく予定だからって。好き勝手言いやがって。


 とは言え、約束は約束だしな。


 凪音といた時間。それを胸に抱いて死にゃーいつだってそれなりに満足。

 とは思ってるけど。


 考えるだけは考えといてやるよ。

 凪音がそう言うのなら。


 ま、そのような男を相手にする女がいるとは思えないけどな。








(んで、クリスマスどうするよ?)

「どうしようねぇ?」


 明日は、クリスマスイブなのだが。

 仕事あがったらイチャつくとか言っているけど。

 具体的になにすんの?


 という話だ。

 因みに、今は仕事中である。


「取りあえず、優人が今日の仕事終わったら私にプレゼントを買うでしょー?」

(……買います)


 何を買えばいいというのか。

 いいや、後で本人に聞いちまおう。


「んで、明日の仕事終わったら、予約しておいた高級クリスマスディナーを一緒に食べるでしょー?」

(……まじで?)


 今さら予約とれんの? とかいう以前に。

 クリスマスに一人でクリスマスディナーを食する男の図が完成するんだけど。

 まじでやんの?


 いや、凪音がやりたいなら甘んじてやるけどさ。


「ははっ、じょーだんだって。正直そこまでクリスマスに思い入れとかねーし」

(さようで。だったら、実際は何したいんだ?)


 ん~っ、と。凪音は考え込む仕草をする。

 顔も、きっとそのような表情なんだろうけど。

 俺にはもうわからないな。


「部屋で、二人でくっついていよう? ケーキとかは楓ちゃんと食べるとしてー。明日はちょっとだけお酒とか優人も飲んで。ずっとくっついて見つめあってるの」


 なに、それ。


 俺が何かしらの意味で死にそうなんだけど。


(……見つめあっても、俺はお前の顔みれないぞ)

「だからだってば。見えたら、優人は恥ずかしがってそんなことできないっしょー? 私が可愛いばっかりにっ」


 けたけたと笑いながら、凪音はそう言う。


 なるほど。確かにその通りかもしれん。

 そう言う意味では、今の俺ら向きの企画というか。イチャつき方なのかも。


(はいはい。んじゃ、プレゼント何が欲しいか考えとけよー?)

「えー? サプライズはー?」

(無理に決まってんだろ)


 ずっと一緒にいる相手に、どうサプライズかませと言うのだ。








「メリークリスマス!」

「イブだけどな」

「細かい事いうなー。やったね優人。クリボッチ回避おめでとう!」


 ありがとう? なのか?

 まぁ、そうだな。ありがとよ。


 凪音と、自室で二人きり。

 ちょいと高いシャンパンの入ったグラスを、合わせる。仕草だけを凪音はする。

 エア乾杯だな。


 少し、酒を体にいれて。

 うむ、美味い。


 思わずそのまま何杯か飲む。


「で、マジで見つめあってるわけ?」

「マジだぜー。ちょうマジ」


 マジかー。


 言われた通りに凪音の顔を、ただじっと見つめる。


 靄がかかっているわけでも、暗いわけでも、モザイクみたいになってるわけでもない。

 なのに、やっぱり。認識できない。


 不思議な感覚だった。


 思わず、そっと凪音の顔を手でなぞる。


「そんなことしても触れないぞー? 見れない触れない。優人ったらまぁ面倒な相手に惚れたもんだね」


 クスクスと笑う、凪音。


「まぁな。でもさー。可愛いんだ、これが。表情もテンションもコロコロ変わってさぁー。一緒に居るだけで明るくなるし、楽しいし。俺のダメな所を全部埋めつくしちまうような、そんな包容力ていうのかな。そんなのもあるし。本当にいい娘で、純粋で、優し……」

「ちょ!? スットーップ!! まって、ちょ。まって。それ以上はあれ。成仏しちゃうから! ほめ過ぎだから!」


 何を言う。

 本心なのに。


「ゆ、優人酔ってる? いくらなんでも本人を前にノロケすぎじゃない?」


 酔っては、いるかも知れないけれど。


「ま、伝えられる事は、伝えられるうちに言っておこうと思って」


 人間なんていつどうなるかわからないしな。

 俺だって、明日には事故とかで死ぬかもしれないし。


 言いたい事決まってるなら、言っておいたほうが得だろ。多分。


 ……まぁ、凪音相手じゃなかったら言えないだろうけど。


「ふ~ん。なるほどなるほど。 まぁそうかもね~」


 凪音は、うんうんと頷いた。

 どうやら納得できたらしい。


「じゃぁ、私も言ってあげる。正直さー、なんつーか。言葉じゃ枠が足りないっていうか、表現しきれないからイヤなんだけどさー」


 それは、俺もそう思う。


 人の心の複雑さと、深さの前に。

 言葉はあまりにも脆弱で無力だ。


 でも、例え心の塊の幽霊になってもなお。


 やはり言葉だけが、人に心を伝える最大の手段であることに変わりない。


 凪音は、俺の顔をじっと見ながら口を開いた。

 彼女の目には、俺の顔はまだ映っているのだろう。


「――好き。 大好き。 優しいから好き。 根っこが純粋なところが好き。 ちょっと根暗な所も実は好き。 あんまり感情が動かなそうなふりして、ずっと心の中で考え続けるアナタが好き。 私を想う、アナタの心が好き」

「……お前なぁ。人が言えないのをいいことにホイホイと言いやがって」


 ずるくないか?


「うっさいわねー。そんな文句言っても照れ隠しにもなってないよ? 顔真っ赤にして」


 しょーがないだろ!


 この状況で素でいられたら、それこそ感情死んでるよっ。


「くふふっ! でも、いーい感じじゃないっ。これこそまさにイチャついてるじゃん!」

「あーそーだねっ。くそバカップルだね!」


 俺は、自分がこんなことになる日が来るとは、夢どころか前世から思ってなかったよ!

 別に転生なんか信じねーけどさっ。


 ……いや、でも幽霊いるからな。

 意外とそういうこともあるのか?


 どうでもいいか。死んでから考えよう。


「さて、じゃー次はプレゼントのお時間!」


 凪音が、勢いよく声をあげる。


 しかし……。


「プレゼントって、これでよかったのか?」


 買ってきたプレゼントを、机の上に乗せる。


 それは、一本のマフラーだった。


「いいんだって。ほら、似合う―?」


 凪音が、マフラーをコピーして首に巻いた。

 シンプルなそれは、十分に凪音に似合っている。

 顔は見えなくとも、俺には確かにそう感じられた。


「あぁ、似合ってるよ」

「そかそか。んで、本体は優人が使うの」

「俺が?」


 デザイン的に、俺が使っても違和感はないだろうが。

 お揃いで巻こうってか?


 それよりも……。


「とっておこう、とかやめてよね?」

「え?」


 なんでバレたし。


「ずっと形に残るものなんて、いらない。このマフラーだって適当に使い潰して、適当に捨てな。私の思い出の品なんて、ずっと残しておかないでよね」


 ――俺と凪音の、思い出の品。

 それは、例えば沖縄で買ったアクセサリーだったり。

 温泉の射的でとった訳のわからん景品だったり。

 そしてこのマフラーだったり。


 それらを、凪音は取っておくなと言う。


「なんでだ?」

「私のことは、そんなの無くても覚えておいて。大体、他の女との思い出の品とか後生大事に持ってたら、次の彼女と喧嘩になるでしょ!」


 喧嘩ねぇ。

 その事で喧嘩になるような相手とかとは、付き合いたくねぇけどなー。


「あ、でも楓ちゃんならきっと怒らないから。どうしてもとっておきたいんなら楓ちゃんにしとけば?」


 こいつは……。


「は~……。まっ、わかったよ。物なんかなくても凪音の事は忘れないさ。とはいえ、次の彼女云々は知らんっ」

「ったくもう。一途なのはいいけど、度が過ぎるとキモいよ?」

「お前人の事言えんの?」

「言えないけど。別に私はキモくても優人が私を嫌いになるとかありえないから別にいいし~」


 くそう、こいつに今デコピンの一つもできないのが恨めしい。



 そんな、途方もなく馬鹿みたいな会話をくっついて見つめ合ったまま繰り広げて。

 俺達二人の、多分最初で最後のクリスマスは終わった。




「……という訳だな」

「リア充爆発しろっ!!」


 なんだとう。

 小山がクリスマスのイチャつきぶりを語れというから、教えてやったのに。

 

 遅れて開催されている、小山も含めたクリスマスパーティーと言う名のケーキがある飲み会にて。

 俺は炬燵机の対面に座る小山に、クリスマス当日のクソリア充ぶりを真面目に語ってやっているのだ。


 とてもとても恥ずかしかったのだが。


 まぁ、もうこの際どうでもいいかと思って語ってやった。

 内容全部フルで話した訳じゃないけど。


「も~。なんなんっすかぁ! 独り身の私にも気を使ってくださいよっ。でもぶっちゃけ聞いてるのも楽しいっす! 砂糖吐きそうっす。あれっすか? 私のケーキを奪う為に甘ったるい話したんすか? でも残念! ケーキも食べますっ」


 こいつ、もう酔ってやがるな。


「独り身なのは、いまのうちだぜ? 次の俺の女はお前さ! とか言ってみれば?」

「誰が言うかそんなクソみたいな台詞。そんな事言う俺がこの場にいたら死ぬほどボコボコにする」

「まぁね。流石に私もそこまで言われたらドン引きするけどね」


 だったら言わせようとすんなっ。


「さーてそんなことより、ケーキ食べようケーキ! クリスマスといったらケーキだもん!」

「もうクリスマスじゃないけどな。日付的には」

「優人さんこまけーっすよぉ。いいじゃないっすかクリスマスってことでー」


 いいけどね別に。


 こんな調子で、酒飲んでケーキだのチキンだの食って。

 まー、ぐだぐだながらも楽しいクリスマスだった。


 サンタはこないまでも、これほど楽しいクリスマスっていつ以来だろうなぁ。


 やれやれ、来年はどうなることやらだな。

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