第28話 恋バナっ
「あの、どうしたんすか? 黙っちゃって?」
あ。いや。
「小山がいきなり変な事を言うからだろうが」
俺がそう返すと、小山は心外そうな顔になって言った。
「えぇ~? 変なこと言いました私? ただ二人が付き合っているんじゃないかなーって……」
「どっからそういう発想になるんだよ。なぁ、佐倉?」
隣にも話を振ると、何故か呆けていた佐倉がびくっと反応した。
「えっ!? あ、あぁ。そうだよねっ。別に付き合ってないし。憑りついてはいるけどねっ」
「ほら、佐倉も憑りついているだけって言ってるし」
当人である二人が否定しているのだが、小山は納得いかなそうな顔で唸る。
「うぇ~? でも、だって。てっきり秘密を話すって……憑りつかれてて、付き合ってるのかなって……」
「俺が女子高生と付き合える様な奴に見えるか? しかも佐倉みたいなタイプと」
「凪音ちゃんの事、私見えないですもん……」
「あー。えっと、ギャルっぽいっていうか。今時の可愛いタイプだよ。んで、知ってると思うけど性格もその、悪くないし」
納得いかなそうどころか、明らかに飽きれた表情になった小山がアホを見る様な目でこっちをみてくる。
「な、何だよ……」
「いえ。あの。この話、一旦持ち越しましょう!」
「は?」
「言ったじゃないっすかっ。夜に、部屋でっ、じっくり恋バナしたいんっすよ!」
「この話まだ引っ張る気かよ……。おぃ、佐倉お前もなんか……」
横を向くと佐倉が下を向いて頭を押さえていた。
「なんだ、大丈夫か佐倉? 具合悪いのか?」
「あーいや、なんでもない。全然なんでもないんだけど。楓ちゃんに伝えて欲しいことがあるの」
「なんだ? 小山に何を伝えればいい?」
「目の前の男を一発引っ叩いておいてって」
「目の前の……なんでだよ!」
俺じゃんっ。
「いいから! 今っ、すぐっ」
えぇ……。
「あの、小山……」
不本意というか、意味不明ながらも小山に佐倉の言葉を伝えようとした瞬間。
小山に頭を引っ叩かれた。
「っいった!?」
「正解っすか? 凪音ちゃん」
俺を叩いた後に佐倉に笑顔で質問する小山。
なに。なんなのお前ら。実は声聞こえてたりすんの!?
「優人、私の姿を楓ちゃんに伝えなさい」
お前の今の姿?
「えっと、佐倉が姿を小山に伝えろって。なんかいい笑顔で浴衣着ててサムズアップしてる」
浴衣に関しては、小山がいじっていたのをコピーしていたのだが。
「そうっすか。我ながらいい仕事したっす」
もう小山の人の心を読む力って若干超能力じみてない?
見えない相手のしてほしい事までわかるのかよ。
「優人さん、勘違いのないよう言っときますけど。今のは別に私じゃなくても凪音ちゃんの言いたい事わかる女の人は多分沢山いるっすよ」
「だから心読むなよ!」
「さ、食事の前に温泉行きましょ!」
「無視かいっ」
「やっほー! 露天風呂っ」
あーもう。いけばいいんだろいけば。
大浴場にて。
俺と佐倉は別れ、佐倉は小山に疑似的に付いて行く。
そうなると、俺と一緒にいないので。風呂に入った感覚は味わえないのだが。
小山と気分的にでも一緒に温泉に入るほうを優先するらしい。
「えっと、私の隣に凪音ちゃんいるんですよね?」
「は~い。いまーっす」
「いるよ。元気に隣で手を挙げてるよ」
当然、小山からしたら一人で温泉入るのと変わらない。
のだが。
「これから可愛くて性格もよくて若くて可愛い女子高生の友達が一緒に隣で温泉に入ってくれる……! 興奮するっすね!」
一人で放っておいても大丈夫そうだな。
可愛い二回も言ってるし。
「あははっ、もうー楓ちゃんったらほめすぎー!」
佐倉も随分ご機嫌で満足そうだし。
「あー。じゃぁ俺先行ってるから、二人でごゆっくり」
そう言って、俺は二人とさっさと別れた。
当然だが、自宅では佐倉と離れて一人で風呂に入っている。
したがって、今日も一人で温泉に入っていてもなんら違和感はない。
ないったらない。別に、一人で寂しいとか一つもない。
あー。露天風呂もきれーでいいなぁ。
……いいけど、別にそこまで景色に興味ねぇなぁ。大体もう暗いし。
「優人~! 聞こえてるー?」
隣の女湯の露天風呂でなんか叫んでますなぁ。お前叫ばなくても声届けられるだろ。
聞こえてるけど……他にもお客さんいるんだけどなぁ。
ここで俺が叫ぶと、完全に突然一人で叫ぶ奇人なんだけど。
「ま、いいか。 きこえてるよー!」
まわりでくつろいでいたおっさんが、びくっとこっちを見る。
すんません。
電波を受信した人とでも思ってください。
「楓ちゃんに―! 気持ちいいねって伝えて―!」
「はいはい。小山―、佐倉が気持ちいいねだって!」
「もちろんっすよー!」
気持ちいいってのは、佐倉的には気分がいいという意味だろうな。
風呂に入ってる感覚はないだろうし。
しかし、こう見られると恥ずかしい。さっさと上がってしまおう。
風呂から上がって、少し待っていると佐倉と小山も出てきた。
「あれ? 思ったより早かったな」
俺は結構早く上がったから、もっと待つかと思った。
「この後もう一回食後に入るつもりなんで」
「そうなんだってー」
「ふーん。なるほどね」
納得いった俺は、それ以上聞かなかった。
なので、そのまま部屋に戻る。
食事は、まぁまぁ美味しかった。
別に特筆するほどべらぼうに美味いとかじゃないけどな。
「美味しっすね~」
「んー、まぁまぁ美味しいかなー」
大体、二人も同じような意見らしい。
ま、そういうもんだよな。多分。
「さーて、食事も済ませましたが。恋バナにはちょっと早いっす。なので、ちょっと食休みしたらもっかい温泉はいりましょう!」
食後に風呂って消化に悪そうじゃない?
とか、そんな野暮なことをこの場で言う気はない。
いいじゃないか、温泉宿なんだし。
座っている床の畳をなででその感触を楽しみながら思う。
「その際。優人さんはこれを着てもらうっす!」
「あん?」
小山が俺にさしだすそれは、水着?
「なんで水着?」
「ふっふっふっ。それは、これから私と一緒に入ってもらうからっすよ! 家族風呂にっ」
「かぞく、風呂?」
「あー知ってる! なんか貸し切りのちっちゃなお風呂でしょ」
そういえばそんなのも聞いたことあったなぁ。
この宿そんなのあるんだ。
「って、小山と一緒に!?」
「はいっ。私も水着着ますから。そうすれば、凪音ちゃんも一緒に皆で入れるっすよね?」
「さっすが楓ちゃん!」
なーるほど。そういうことか。
気の回るやっちゃな。
これでよく、今まで友達のいないぼっち人生送ってきたなこいつ。
……いや、送ってきたから気が回るように進化したのかもしれんが。
「わーった。ちょっとしたら行こう」
「あ~! やっぱ温泉の感覚いいわぁ~」
おっさん臭いぞ佐倉。
「ちょっと狭いけど、ちゃんと露天なんっすね~!」
「そだな。露天だな」
「……優人さん照れてます?」
触れるなよ、そこに。
現在、三人で家族風呂に入っているのだが。
小山と俺は水着だ。
佐倉は、バスタオル体に巻いてるけど。
例によって実際に湯船につかってるわけじゃないからいいけども。
「こんな狭い所でこんな状況だったら普通照れるだろ……」
「ま、まー、そっすね。私もちょ~っとアレですけど。でも、凪音ちゃんだってこっちのほうがいいっすよね?」
「あ~ぃ。さいこ~」
「最高だってよ」
「ほらっ。やっぱこれで正解っすよっ」
まぁね。文句はないんだ俺も。
さっき一人で入ってた時よりよっぽど気分はいいんだ。色々な意味で。
ただなんというか。
今年の運は使い切った気がしないでもない。
「えへへ~。友達とこうやって遊びにくるのは目標ではあったんっすよねぇ。ちょっと特殊ですけど。優人さんと凪音ちゃんのお陰で叶いましたよっー」
「私もたのし~」
佐倉はすっかり腑抜けモードだ……。
「あー。まぁなんだ。俺も楽しいよ。うん。佐倉もたのしいーって言ってる」
去年の俺が今の俺みたら腰抜かすと思うよきっと。
なんかもう、今ここが異世界みたいに感じるぞ俺は。
「実際二人は、いいコンビに見えるっすよ! 凪音ちゃん目に見えないですけど。これは捗りそうですね、この後の恋バナが!」
まだ言ってんのか小山。
「ふむ。私も、その話は本気で乗らせてもらおうじゃない」
うわっ。面倒くさい方向で佐倉が復活した。
ずっと温泉で溶けてればいいのに……。
でたくないなぁ……。温泉。
とはいえ、のぼせたくもないので。そこそこで出た。
部屋に戻ると、布団が既に用意されていたが。
「まだっす。まだ寝かせねーっすよ!」
などと言って、小山が備え付けられていた小さな冷蔵庫から酒をとりだしやがった。
こいつ、持ってきてあったのを仕込んでたのか……。
「これを飲みつつ! 恋バナっ。それを今回のメインイベントにしましょう。冷静に考えたら凪音ちゃんはトランプできませんし」
「よっしゃ来い! 恋バナっ。 トランプはごめんね楓ちゃんっ」
これは、もうしないと収まりつかないんだろうな。
二人でやっててくれと言いたいが、立場上俺がさぼるのは許されないのだ……。
「佐倉もやるって……。あとトランプはごめんだと」
「気にしないでいいっすよー凪音ちゃん」
気にしてないと思うよ、多分。テンションを見る限り。
カシュっと音をたてて缶をあけると、酒を飲みだす小山。
しゃーないので、俺も付き合って飲む。
「さぁて! 早速聞きたい。楓ちゃんは彼氏いる……わけないよね。好きな人とかいないの? いたことないの?」
気にしてないな。絶対。
しかしいるわけないって、失礼だな。事実だろうけど。
「小山は好きな人がいるか、またはいたことがあるか?」
「いないっす! 昔はいたこともあったっす! もうほぼ忘れました!」
え、恋バナってこういうのなの?
なんか俺のイメージと違う。
「凪音ちゃんは、どうっすか? 彼氏とか絶対いたでしょ!」
「いない! 悲しいかないない! 好きな人はいた! でももう興味ない!」
う~ん、違うなぁ。もっとこう、なんかキャピキャピ? したのを想像していた……。
「彼氏なし、好きだった人はもう興味ないって」
「ほほぅ……それはそれは……。で。今は、どうなの? 凪音ちゃん」
今の……佐倉の?
「……私は、今の、私は――」
俯いて、考え込んでいるのか?
黙る佐倉。
小山は割と真剣な顔で答えを待っている。
俺は、それを酒を飲みつつ眺めていた。
これは、正直確かに酒飲まないときつい空間な気はするなぁ。
「答える前に聞きたい。楓ちゃんは、優人の事どう思ってる?」
……まじかよ。
それここで聞くの?
俺が可能な限りいやそうな空気を出しても、佐倉は俺から目を逸らさない。
どうしても伝えろと、そういうことらしい。
「はぁ~……。あー、その。その質問答える前に、小山が俺の事をどう思っているか聞きたい、って」
だめだ。小山の顔見れない。
なので、佐倉のほうを見ると。じっと小山を見つめていた。
「私が、優人さんを……っすか。貴重な友達、とかを聞きたいわけじゃないよね? うん。好きっすよ。でも、異性としては好みのタイプじゃないっす」
うわぁ~。
なんか俺が告白して振られたみたいになっとるがな……。
心が、無駄に痛いんですけど!
「じゃぁ、どういう人がタイプ? 優人はどこがダメ?」
まだ追い打ちかけんのかよ!?
あーもー、いいよ……。やけくそで聞いたるよ……。
「好みのタイプと、俺がそこからどう外れているか言えとさ」
小山は、俺。ではなく。
そこにいるであろう、佐倉に向かって話だす。
「優人さんに聞いてるかもしれませんけど、私は人の顔色窺うのが凄く得意なの。だから、一緒に居る人がどれくらい私の事を見てるのか。私にはわかる。私のタイプは、私をしっかり見ていてくれる人っす。優人さんは、他に見ている相手がいるでしょう?」
え?
「……そっか。やっぱ、私がいたらダメか」
は?
「優人さんは、凪音ちゃんが大切で。凪音ちゃんは優人さんが大切で……。そんな人を好きになるほど、私は心が強くないっすよ」
俺が、佐倉のことが、大切?
いや、わかる。
そう見えてもおかしくない。
俺はここ最近、いや佐倉に出会ってからずっと。
佐倉のことを優先した生活を送ってきた。
でもそれは、俺のどうでもいい人生なんかより。
佐倉みたいな子が幽霊になって、悲しいまま終わってしまうのが納得いかなくて。
――それだけか?
最近の俺はどうだった?
ただ、楽しくて。
自分が、楽しくて嬉しくて。
佐倉と、一緒に。いたくて?
いつの間にか。
俺は、自分の為に佐倉と一緒に……?
「ねぇ、優人。楓ちゃんに聞いて。私が、消えたら。優人の恋人になってくれる?」
――なんだって?
「ふざけんな。そんな事、聞けるわけないだろ」
「ふざけてない。大切な事なの。わかるでしょっ」
「わからねーよ。お前自分が何言ってるのかわかってるのか?」
「わかりなさいよ! 私は、幽霊なの! あんたは生きてんのよっ。この先、いくらでも幸せになれんのっ」
俺が、幸せ?
佐倉が消えて、そしたら小山と付き合うことにして。
それで幸せ?
「それで俺が幸せになれると本当に思ってるのか? 大体、そんな奴小山が好きになんてなるわけないだろ」
「なるよ! 優人はいいヤツだもん! 私さえいなければ……」
「黙れっ。それ以上言うな」
言わないでくれ。
頼むから。
「痴話げんかっすか?」
ちわっ……って。
「ちわっ。ち、違うもん!」
「いや、そういうんじゃない、けど」
「でも、そういう会話しか想像できないっすよ? お二人とも、もっともっと自分達のありようと向き合ったほうがいいんじゃないっすか? 私はまだまだ二人の事よく知らない。でも、貴方達には貴女達の積み重ねたものがあるんでしょう?」
俺たちの、積み重ね?
出会ってから、今までの。
俺と、佐倉の。
俺は、佐倉に、幸せでいて欲しくて……。
「私は、優人と……」
佐倉は、歯を食いしばるようにして。俯いて。
「ごめん。しばらく私に話しかけないで」
しぼりだすようにそう言うと、するりと窓の外へ飛んでいった。
俺は声をかけることができず。
小山は、気づいたら前側に倒れこむようにして寝てしまっていた。
「酒に弱いなら、飲むなよ……」
俺は一人。
缶に残った酒を飲み干すことすらせずに。
寝ることもできずに悶々と考え続ける事になった。
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