第27話 温泉まんじゅう
「なぁ小山。お前、宿泊場所と予約は任せろって言ってたよな?」
「勿論っすよ! だからこうしてばっちり予約できてるじゃないっすか」
「そだねーできてるね! 一部屋だけっ。小山ちゃんだいたーん」
今俺達は、割と山奥の温泉旅館に来ている。
昼飯は移動の途中で済まして、午後には宿に到着していた。
以前に約束した通り、三人で遊びに来たわけだ。
遊ぶ約束をしたあの日の後、小山が。
『旅館を探すのとか予約は私に任せて欲しいっす! 友達ができたら行ってみたい所リストに入っている温泉から選びますんで!』
などと涙ぐましい事を言うので、そのまま丸投げで任せてしまっていたのだが。
実際にやってきて、部屋に案内されたら普通に一部屋しか予約されていなかったのだ。
因みに、温泉宿自体はとても趣のある雰囲気で俺も気に入った。
佐倉も「一回こういうとこ泊まってみたかったんだよね~!」とテンションを上げていたので、問題ないのだろう。
だから問題はシンプル、一部屋しか予約していない事だ。
取りあえず予約された部屋に移動して、荷物などを置いて落ち着いた俺達。
和室で、綺麗な山の景色が見える窓の前には椅子が二脚。
よくある感じの部屋なのだろうが、中々に居心地は悪くない。
とはいえ、何かをする前に言っておかなくてはならん。
「あのさぁ。まずくないか? 男女だよ? 男女で一部屋だよ?」
俺は確かに色々枯れてるかもしれないけど。一応男だぞ。
「え~。別にいいじゃないっすか。それ言ったら優人さんはいつも凪音ちゃんと一つ屋根の下なわけでしょ~?」
「沖縄でも一部屋だったしね~」
「沖縄で一部屋だったのは不可抗力だろ……」
「ほらっ! 沖縄でも一部屋だったんっすよね? じゃぁいいじゃないっすか」
そりゃまぁ、そうなんだけれども。
佐倉は、その。体に触れないからいいけれど……。
「それともなんですか? 優人さんは凪音ちゃんがいる前で私にアレなことやソレなことをする人っすか? 鬼畜ですか?」
「するかっ!」
「そんな度胸が優人にあるわけないよねー」
ないよ。あるわけないよ。
あったらもうちょっと違う人生送ってたよ。良いか悪いかは別として。
「折角友達と旅行来たんですし。夜に恋バナとかトランプとかしたいっす!」
「お前どんだけ拗らせてたんだ? 学生の頃そんなに友達いなかったの?」
「聞かないでください。そして優人さんに言われたくないっす」
「楓ちゃんって、変わってるとは思ってたけど。色々あったんだねぇ」
よしよしと佐倉が小山の頭を撫でる。まぁ見えてないし感じてないだろうけど。
「佐倉も小山の事を励ましてるぞ」
女子高生に励まされて頭を撫でられる大人の女か……ださいな。
「う~。具体的には?」
「頭撫でてる」
「凪音ちゃん結婚して欲しいっす!」
「あははっ。いーやっ」
「嫌だって」
「やっぱ、こんな拗らせてて友達が優人さんくらいしかいなくて実は女子力もあんま高くなくて休日は部屋で一人でゲームしてたりする女は嫌っすよね……」
ネガティブ過ぎるだろ。こいつ、素だとこんなにネガティブだったのか……。
あとその発言は流れるように俺にもダメージを与えていくからやめろ。
「楓ちゃんのことは好きだけどー。お友達でって感じかな」
「ほらっ小山。佐倉が友達にはなりたいってよ」
「あぁ……凪音ちゃんまじ天使」
それもやめろ。小山の事を女神扱いしてた俺が思い浮かんで死にたくなるだろ。
「くふふっ! 楓ちゃんと優人は、やっぱ気が合うんじゃない?」
(……こういう合い方しても嬉しかねーよ)
大体、気が合うのだとしても。佐倉の言う、付き合うのに向いているかどうかは全く別の問題だろ。
「まーわかったよ。部屋は一部屋でもういいとして。この後どうするんだ?」
実際、一緒の部屋だったからといっても俺が色々気を付ければいいだけの話だしな。
「チェックインは済ませましたしー。下の温泉街に降りて遊んできませんか? 私、ああいった所で遊んだことないんっすよ」
「俺も子供の頃にあったかどうかだなぁ。殆ど覚えてないけど」
「私も行ってみたーい。温泉まんじゅうとか売ってるんでしょ?」
温泉まんじゅう? 売ってるかもしれないけど、そんなのが楽しみなのだろうか?
佐倉のテンションの上がりどころがわからん。
前々から思ってたけど、佐倉って意外と渋い趣味なんじゃないか? 見た目にそぐわず。
「佐倉も行ってみたいってさ。んじゃ、取りあえず行ってみようか」
「はいっす!」
「やったー!」
う~ん。この二人と居ると、俺がすげぇテンション低くてツマラナイ奴みたいで困る。
……みたいっていうか、事実か。余計困るな。
宿からちょろっと出てくると、そこは温泉街。
街と言っても、小さな規模の古い街並みだが。それが逆にとても新鮮に思えた。
まぁ、俺の場合は自宅と職場の往復が基本なので、大体の場所が新鮮なんだけれども。
いや、最近は佐倉のお陰であちこち出かける様にはなったか。
「おー! これが温泉街っ。なんか、古臭い! ノスタルジックっていうのかな? 逆に写真映えしそうな感じだわー」
「古臭いって……お前。まぁ実際古いんだろうけどな」
「あははっ。凪音ちゃん古臭いって言ってるんっすか?」
「ノスタルジックだってよ」
「あー、そうかも知れないっすね」
温泉街の細い道路を、二人で歩く。他一名は浮いている。
こんな所に同僚の女の子と、女子高生の幽霊と観光目的で来て遊んでいるとは……。
なんだか、恐ろしく謎な状況だ。
だが、どうにも気分は良い。
昔、友達同士で固まって旅行だのイベントだのと遊んでいた連中はもしかしてこんな気分だったのだろうか?
こうして、佐倉と小山に引っ張りまわされるようにあっちこっちの店を覗きこんでいると思う。
「あっ、温泉まんじゅうあるよ優人! なんか変な看板。ねぇ!」
俺は、今まで素通りしてきた分のナニカを。今取り戻すと言うか、埋めている状態なのか?
「優人さん、なんか変なお土産いっぱい売ってますよ! なんに使うかわかんないっすよ!」
わからない。けれど。
仲間と何人かで温泉にでも行って遊んでくる。
そんな、いかにもありがちで平凡な行動が。
今の俺には、とても手放しがたいモノに感じる。
それもこれも……。
「あー! 射的だって、射的っ。優人射的好きだよね? もう馬鹿みたいに射的やってたもんね?」
「優人さんっ。なんか変なゲームおいてるんっすけど! 興味あるんっすけどっ」
「だっーもうっ。うるっせーぞ! 両側からステレオで喋んなっ。俺は通訳もするからそんな一気には答えられないっつーの! ていうか変な物ばっか見つけ出すなっ」
このやかましい幽霊のお陰なのだろうが。
佐倉が温泉まんじゅうが食べたいと言うので、それを買って近くの足湯付きのベンチみたいな所で並んで座って食べることにした。
屋根の付いた小さな小屋みたいな場所で、温泉に足をつけつつ温泉まんじゅうを食らう。なんという温泉テンプレ行動。あ、でもこれ気持ちいいかも。
温泉に足だけつける行動の何が面白いんだよと思っていたクチだが。悪くないな。
「は~。いいっすねー足湯。これはこれで」
「そだなぁ。結構気持ちいいなぁ」
言いつつ。まんじゅうを齧る。
うん。まんじゅうだ。それ以上でも以下でもない。
「……これは、まんじゅうだね。それ以上でも以下でもないわ。足湯はいいけど」
佐倉が、無表情になった。
どうやら温泉まんじゅうという名前に過剰な期待をしていたようだ。
「佐倉が温泉まんじゅうがピンとこないってさ」
「あー。まんじゅうっすからねぇ~。せめてお茶が欲しいっすよねぇ凪音ちゃん」
「確かにお茶ほしい……」
「お茶欲しいって」
「私買ってきましょーか? 自販で」
「いや、残りは持って帰って宿で食べればいいだろ。そろそろ移動しようぜ」
「次はどこに行くの?」
佐倉の質問に答える。
お前が言っていたことではないか。
「当然、射的だ」
呆れた顔するなよ。いいじゃん、好きなんだから。
温泉街をそれなりにぶらついた俺達は、宿の部屋に戻ってきていた。
もう夕方だ。
この時期は、このくらいから既に暗くなり始めてしまうしな。
「しっかし、優人さんって射的得意なんっすね」
「だって、優人すごい頻繁にゲーセン通って射的してたもん」
射的は、色々といらない景品をゲットできた。
いらないんだけど、射的自体は楽しかったなぁ。
やっぱ、本場? の射的っていいなぁ……。
最近はゲーセン行ってなかったし。
「佐倉に会ったのもゲーセンの射的やってる最中だったからな」
「は~。二人の馴れ初めってわけっすね」
いや、馴れ初めって言い方はどうかと思うが。
「馴れ初めって、恋人とかに使うんじゃないの?」
「普通はそうだな。小山、馴れ初めっていうのは恋人同士とかに使うもんだぞ」
俺が佐倉の分も含めて突っ込むと、小山はキョトンとした表情で首を傾けた。
「え? 違うんっすか? お二人はお付き合いしてるんじゃ?」
は?
「え?」
俺の心の声と、佐倉の声が重なったが。
どっちも小山には聞こえていなかっただろう。
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