第15話 幽霊少女の追憶2

 私が、優人と暮らし始めて最初にしたこと。

 それは、優人を優人と呼び捨てにすること。

 だって、一緒に暮らす人間に気を使うのめんどいし。


 優人にも私の事は「凪音」でいいって言ったのに。


「殆ど繋がりのない女子高生をいきなり下の名前で呼ぶのはどうもなぁ」


 などとぬかす。

 全く、これだから非モテの童貞は。

 別に確認とったわけじゃないけど。きっとそうだろう。見たら一目瞭然!

 そう言ってやったら、優人は。


「そういう佐倉はヤリまくりだったわけか」


 等と言ってきやがった。

 なんと失礼な。偏見も甚だしいわ。

 こう見えても私は好きな人がいたのだ。純情な片思いってやつを、してたんだから。


 ……あれ。でも、こうして幽霊の身になってみると。

 その好きな人の顔は特に浮かんでこなかった。

 家族や、友達は浮かぶのになぁ。

 あれぇ? 

 ま、いっか。どっちみち、今の私にはあんま意味ないしねー。




 こうして、優人との生活は始まった。

 取りあえず私が思ったこと。それは。


「うわぁ……。体壊すよ優人、ちゃんとしたの食べなよ」


 これである。優人の食べているご飯は、まさに男の一人暮らしのイメージそのまんまなんだもん。

 勿論、悪い意味でね。

 そう注意しているのに。忙しいとか、自分の為にわざわざ飯を作る気にならないとか言うし。


 これはいけない。優人は私の専属家主なのだ。

 健康維持には気を使ってもらわねばならないのに。

 かと言って、幽霊の私に家事などはできっこない。ある意味スーパーなニート。


 できる事があるとするならば、そうモチベの強化。

 私が食事を取れるとなれば、優人も気合いが入る! かも知れないし。

 優人の健康の為にも、「幽霊としてのレベルアップを図る活動」の必要性を私はこっそりと感じていた。

 言わば、幽活だ! うん、明日から頑張ろう。









 優人は社会人なので、当然普段は会社に行く。

 私は、留守番を仰せつかった。

 ま、しゃーないよね。だって、私女子高生だもん。仕事の手伝いとかできねーし。

 それ以前に幽霊ですけどね!


「待ってる間になるべく暇しないようにテレビとか動画流しっぱなしにしていくから」


 優人はそう告げて、家を出て行った。

 彼からしたら、ただの電気代の無駄だろうに。私の為に申し訳ない気分だわ。

 とは言えぶっちゃけ、助かるー。

 なんもしないでぼーっと座ってるだけなのは、流石に辛い。



 そうして、私は優人のいない間、テレビを観て過ごす。

 好きな番組もあれば、そうじゃない番組もあった。


 でも、そのどれもが……。等しく、虚しく感じる……。


 なんだろう? この背中を追われるような。じっと座ってテレビを観ていると、地面にいつの間にか穴が開いて落ちていくような……。



 違う。ちがう。もっと。これは。


 なんだ。ここが世界の果てみたい。これは。


 なニ。


 溶けて。消えて。黒くて。


 ――クらくて




「佐倉、ただいま」


 あ――。


「……え? あ、おかえり」


 気が付いたら、横に優人が立っていた。


 あ、あれ? 私何考えてたんだっけ?

 なんか、無意味に辛かったような?

 テレビも何を観てたか覚えていないし、時間感覚も曖昧な気がする。


 ん~? ま、いっか。今は気にならないし。

 でもなんか、優人が若干真剣な表情してる気がする?


 どうしたのかと思ったら。私が家に一人だと良くない気がするから、普段から自分に憑いて来いとか言う。


 んん? 一人だと、良くない? 意味が解らないけど、確かになんか辛かった気がする。

 というか。


「え、っと。そこまで、私のこと心配してくれてんの?」


 なんで、赤の他人の、しかも得体の知れない幽霊の私に。そこまで?


「あー。その、まぁな。何しろ可愛いすぎて他人に見せたくないくらいだしなぁ」

「は、はぁ!? 何それっ?」


 ななな、何を言ってるんだこやつ!



 ……はい? ペット?


「なんっで私がペット扱いなわけっ! 舐めんなこらぁっ」


 チッ! 今の私じゃ掴めないし叩けない! 命拾いしたなっ。



 その後、私と優人は声を出さなくても会話できることが判明した。

 これで、職場でも私と優人は会話できる。おぉっ、まさに幽活の一発目じゃんこれ。

 しかし……そうは言っても。


「でもさー、会社なんて行ってもしょうがなくない? 優人だって、仕事してるだけっしょ?」


 私が回りをウロチョロしてて、邪魔じゃないのかな?


「そうだけどさ。毎日じゃなくてもいいから、一緒にいる時間が多い方がいいかなぁと思ってな」


 一緒に、いる時間が、多い方が、いい!?

 何言ってんだこいつっ。

 そんなに私のこと好きかこのこの~!


 ってそんなわけないよね。

 うーむ。どうもなんか心配かけちゃってるっぽい?

 つっても、ここで私が申し訳なさそうにしてても気を使うだろうなぁ優人。


 だ、か、ら。


「ふ~ん。優人がそんなに私と一緒に居たいんじゃ仕方ないねっ。暇な時は一緒にいてあげる。これで寂しくないじゃん優人」


 精一杯煽ってやった。


「あー。うん。そーゆーことでいいや」


 おいこら! もっとノッてきなさいよ!


「あぁ、感謝してるって。ありがとなー」

「だから雑なんだってー!」


 むー、でもちょっと楽しいなこの感じっ。







 この前決めた通り、私は職場にまで優人にくっついていくことになったわけだけど。


 それでよーくわかった。

 優人、すっげーつまらなそうに仕事してる。

 これは、毎日毎日やる気も気力もなくなるわけだわ。


「あのさぁ。楽しいの?」

「いや、全然」

「だろうね」


 顔みればわかるよ。

 優人、私の前ではそこまで死んだ顔はしてないじゃない。


「優人さ。こんなの毎日やってて、それでいいの?」


 私が職場で退屈してるかどうかなんて、心配している場合か!


「よくはないんだろうけど。でも、しょうがないんだって。大人なんて大体そんなもんだよ」

「……じゃぁ聞き方変える。楽しいのじゃなくて、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。多分、大丈夫」


 嘘つけ。

 大丈夫なわけないでしょーが。

 こんな顔するのに、大人も子供も関係ないでしょ!


 ……でも。だからと言って、私に何ができる?


「そ、ならいいんだけどね」


 よくない、全然よくない。

 けど。

 今の私には、なんもできない……。




 休憩時間になって、会社でも碌な物を食べようとしない優人に注意をしていたら、同じ事を優人に言っている人物が現れた。


「お、佐藤さ~ん。お疲れっす! あー、ま~たそんな変な物ばっか食べて。体壊すっすよ~?」


 短めの黒髪。活動的で明るい雰囲気。そして、飾り気の無いようでいて、さり気なくお洒落をしている。

 そんな、女のひと。


 小山さん。どうやら優人の後輩らしい。

 この人……おもしろい!

 結構、私この人気に入ったかも~。


 それに比べて、全く。優人は女の子に対する態度がなってないわぁ。

 ったく。しゃーないなぁ。


 でも、この人がいれば……優人も。








 優人に憑りついて、しばらく経った。

 つっても、どうも幽霊になってから時間感覚がはっきりしないんだけど。

 どれくらい経ったんだろ。


 その間に、優人は私の使っている部屋の模様替えをしてくれたり。私が幽活の末に味覚を手に入れると、料理を作ってくれたりするようになった。

 その間に私は、幽霊としてできることの実験と訓練をしていたりする。

 雲をつかむ様な感覚の作業だけど、優人の為と思えば割と苦でもない。


 だって、この人はお人よしなんだもん。放っておけない。


 どうして、赤の他人な私の為にそこまでしてくれるのか。

 私が可愛いから? なんて偶に冗談で口にするけれど。

 勿論本心では言ってない。

 別に顔の造形に自信がないわけじゃないけど、一緒に暮らしているからわかる。

 優人は、私の外見に大して興味がない。

 ていうか、自分から全ての人間関係に一線引いているのがまるわかり。


 非常に、気に食わない。


 だから私は、優人の為にもっと幽活するのだ。

 できることを増やして。

 そんで、優人に提案したい事がぼんやりと頭にあるから。



 最近、夢をみる。

 私自身の夢じゃない。

 だって、私は幽霊になってから夢をみなくなったもの。


 そうそれは、優人の夢。より強く優人に憑りついているからか、彼の夢を私も垣間見る様になったみたい。


 優人の夢は、酷い物だった。


 彼自身はいつも起きると殆ど覚えていないみたいだけれど。

 私は覚えている。


 毎日、毎日。

 仕事で失敗する夢。子供の頃を懐かしむ夢。自分が年老いて一人になる夢。病気になって一人で死ぬ夢。

 孤独と、痛みと、苦痛にいつも怯えて。枯れはてていく。そんな夢。

 どれも無駄に現実的で。悲壮感と徒労感に満ちていた。


 見てるこっちが嫌になる!

 やる気になれば、私は夢から出ていくこともできるんだけど。

 なんとなく私は、いつもしばらくそれらの夢に付き合う。


 もー! 決めた!

 頭の中のぼんやりした提案。どうにかして優人に飲ませよう。

 優人には、人生楽しく過ごして貰わないと。私もなんか、その。困る!








 私が優人に対する提案をどう切り出そうか日々頭を悩ませていると、あっちのほうから逆に提案が出てきた。


「佐倉はさ。何か、未練とかがあるのか?」


 つまり、よく聞くような幽霊の成仏方法として、未練の解消をやってみようって事らしい。

 なんともありきたりな発想だけど。まぁ解らなくはない。


 でも、それって……。


「えー? 何、私に成仏して欲しいの? もしかして私って邪魔?」


 そう言う事なの?

 だったら、なんか地味にショック。

 いや、成仏を手伝ってくれるんだから本当は感謝しなきゃなんだけど。

 私的には成仏したいわぁ。とかいう感覚ないしなぁ。


 ……あれ? 私って思ったよりこの生活気に入ってるんじゃ。


「邪魔なんてことはないけど。ただ、幽霊ってその。結局どんなものなのか、よくわからないだろう? だから、せめて幽霊になった理由とかが解かっていたほうが、佐倉にとってもいいかなぁと思っただけだよ」


 なるほど、確かに。

 私も、私がなんで幽霊なのかよくわかってないもんなぁ。

 しっかし、やっぱり優人は私の心配をするんだね。


 ――優人も、私との生活を少しでも気に入ってくれているのかな?


 って今はそうじゃない。

 私の未練ねぇー。別にこれと言って思い浮かばないけど。

 何もないって言うのもこの流れだとアレだし……。

 あ、そだ。


「よしっ、こうしよう。つまりよくある未練ってヤツを参考にすればいいのよ」

「と、言うと?」

「ズバリ。恋でしょ!」


 ま、正直もう好きな人とかあんまり興味ないんだけど。

 どうも、幽霊になってからそういうドキドキ! みたいな感覚が薄れている。

 所詮幽霊だからなぁ。生身とはやっぱ違うよねぇ。


 とは言え、このイベント自体は面白そうだ。

 是非、告白を慣行すべし!


 優人がっ。



 さぁ、早速やってきました喫茶店。

 例の彼の前に立った優人が……。


「あの。彼女は、いますか?」

「……へ?」


「ブッ……ふっ、ふふ……」


 む、無理! これは無理! 笑うっ。

 いやいや、これは優人が私の為に尊い犠牲を払ってくれ……。


「えっと、はい。います、けど。それが何か?」

「えっ……。そ、うですか。いえ、ちょっと聞いてきてくれと知人に頼まれたもので」

「はぁ」


 やっぱ無理!


「ふっ……ふひひっ……」

「どうゆうこった! 本当に好きなのコイツなんだろうなっ」


 おっと、優人に怒られた。そらそうだわ。

 でも、これで確認できたんだって。


 確かに、久々に見た「私が好きだった人」はカッコイイ。でも、それだけだ。

 今の私は、それになんの魅力も感じない。


 考えてもみれば、異性を好きになるのは子孫を残す為だと学校で教わった。

 つまりは本能だ。

 けれど、今の私は生存本能も子孫を残す本能も関係ない。


 何しろ、もう幽霊なんだもの。


「今この人を見てもね。私なんにも感じなかった。見た目はやっぱ格好いいし、好印象ではあるんだけどね。なんでだろ。やっぱ幽霊は心臓ないから、ドキドキなんてしないのかもね」


 本能が~。なんて言うのはロマンチックじゃないから、こう言っておいた。

 でも今の私は本能から解き放たれた、純粋な「私の気持ちの塊」なんだって。そう思ったら、少しロマンを感じなくもない。




 その後、実はその店内に小山ちゃんがいたことが判明した。

 小山さんは言いにくいので、もう小山ちゃんでいいだろう。


 折角いい機会だってのに、優人は告白の言い訳だけして帰っちゃう気!?

 おいおいマジかッ。


「あんなあっさり席立ってどうすんのよ。もうちょっと二人でお茶すりゃよかったじゃない」


 まぁ、あの告白の後でこの店内にいるのはそりゃ多少アレだけれども。

 それでも、チャンスなのにぃ。


「そんなの、小山に迷惑だろ。折角休日にこんなお洒落なカフェに来たのに、俺がいたら台無しじゃないか」


 うっわ。だめだコイツ。

 伊達に童貞じゃねぇわ。


「うわ~。何その後ろ向きな考え。普通に楽しくお喋りすればいいだけじゃん」

「無理言うなよ。佐倉と小山ならできそうだけどなぁ。まぁそれに、俺があそこで小山と話し込んじゃうと佐倉も退屈だろ? 折角の休日なんだし、佐倉の行きたい所に行った方がいいだろう」


 ……ぬっ?

 また、そーやってぇ。


 あー、もう! 私がそれで喜んでどーすんのよ!

 いやでもまぁ? 心配したり気を使ってくれるのは素直にありがたいし?


 ……くぅっ。なんか腹立つー。


「そーゆーことは言えるわけね。ったくもう」

「あん?」

「なんでもないよ。それなら、付き合ってもらおうじゃない。まずさしあたり、服見に行こう!」


 精々、付き合ってもらおーじゃないのっ。







 告白&ショッピングから戻った後。

 家に帰ってきた私は、着替え能力をお披露目しつつ。

 いよいよ優人に、私からの提案を持ちかける事にした。


 正直、ちょっと緊張しないでもない。


 疑似とはいえ。

 その……。

 彼女にしろと言うわけだし!


 でも、この提案は一石二鳥の優れものなのだ。


 優人は、クソッたれな生活を改善する為にも彼女とか作ったほうがいい。きっとそう! 余計なお世話かもしれないけれど、私は勝手にそう思っている。

 てか、ほかにいい方法思いつかないっ。


 私にとっても、意味がある。

 未練といえば、ズバリ恋。

 これは別に、冗談や嘘だったわけじゃない。

 今は幽霊になったせいか、恋という感覚が以前と違い過ぎてピンとこないけれど。やっぱり私だって恋とかしたかったはずなのだ!

 それで成仏できるかどうかはともかく、その。それっぽいこと位したいじゃない……。


 相手が優人でいいのかどうかは、この際考えない。

 そもそも、私に他の選択肢なんてないし。

 優人にとって私がどうかは不明だけど、まぁ練習台くらいにはなるっしょ。


 そんで、優人の本命は小山ちゃんがイイ。

 私は、いつどうなるのか所詮わからない存在、だし。


 小山ちゃんは、割と優人に向いてると思うんだよなぁ~。なんとなくだけど。


 だから、勇気を出して。優人に言うの。



「うふふ~。そだねぇ。それでね? 私から提案があるんだけど?」

「提案?」


「私が、優人の疑似彼女になってあげる。そんで、優人の本物の彼女作りに協力してあげる!」


 覚悟してなさい! この童貞!

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