第16話 楽しみだね!
「私ねー、飛行機のんの初めてなのっ」
(そ、そうか。俺もだ)
テンションの高い佐倉が、俺の頭上にフワフワと浮いている。
今俺の座っているエコノミークラスの席は狭いので、自然と佐倉は頭上待機なのだ。
因みに窓際である。
まぁ、彼女は文字通りの空気椅子であっても全く疲労しないらしいので問題ない。
そうして少し待っていると、いよいよ飛行機は離陸を始め。
空へと飛び立った。
「うわ~。本当に飛んだ。なんでこんなのが空飛ぶわけ? 意味わかんない」
俺にもわからん。
でも、佐倉がそうやって空中にぷかぷか浮いているのも十分不思議な光景に見えるぞ。
段々と陸地は小さくなっていく。
それを佐倉は楽しげに見ていた。
う~ん。
凄い景色だとは思うけれど、俺は別にそんなに心動かされたりはしない。
どっちかと言うと、佐倉の反応をみているほうが楽しい気すらする。
いよいよもって飛行機は雲の上まで飛び上り。
景色も壮大なものとなっていた。
「うひゃ~。一面雲! すっごい綺麗! エモい!」
(えも……なに?)
「ねぇねぇ! ふと思ったんだけどさ! 私って飛行機の外出られるんじゃない?」
(はぁっ?)
あ、そうか。
冷静に考えたら、佐倉は幽霊だから。
風圧も空気の薄さも低温も、なんら影響を受けないのか。
いや、それにしたって……。
(何が起こるか分からんだろう。やめてお……)
やめておけ。と俺が言い切る前に、佐倉は壁から外に手を出していた。
「うん、大丈夫っぽいわ」
(おいっ)
「へーきへ~き」
そう言って、佐倉は今度は頭ごと外に出す。
(おいっ。大丈夫なのかっ?)
「すごい! すごーい綺麗!」
人が心配しているというのに、佐倉は景色の感想を返してくる。
因みに、現在は彼女の脚が俺に触れている状態だ。
「ねぇ優人。私から、受け取るつもりで目を瞑ってくれない?」
(はぁ? 受け取るって、何をだよ)
「いいからっ。私からの贈り物はなんでも受け取る。そういうつもりで!」
(あー。わかったわかった)
意味不明だが、佐倉の言う通りに目を瞑った。
佐倉の贈り物なら、なんでも。
そう、念じる。
すると……。
(――!! なん、なんだっ!?)
目の前に、余りにも壮大な空の景色が浮かび上がった。
一面の雲の絨毯。
その果てに鎮座する太陽。
雲一杯に反射する光。
とても、綺麗。
ガラス越しじゃない。生の景色。
これは……。
(佐倉の、視点?)
「そう! 言葉のやり取りもできるんだもん。だったら見た物だって触っていればいけるんじゃないかと思って」
(なるほど。こんなことまでできるんだな)
すごいな、幽霊って。
それだけ俺がばっちり憑りつかれているということなのかもしれないけど。
「ねぇ。綺麗? 見れてよかった?」
彼女の上半身は機外なので、機内の俺からは見えない。
だから、佐倉がどんな表情をしているのかはわからない。
でも、きっと笑っているんだろうなと思った。
(あぁ、綺麗だ。ありがとう、佐倉)
「……ん!」
沖縄に着く前に、随分いいものを観れてしまったな。
佐倉のお陰で。
「くあぁ……あっちぃ……」
「みたいだね~。さっすが沖縄!」
沖縄に到着して思った事、それは。
暑い!
何しろ暑い!!
ちくしょう。佐倉は余裕がありやがるな。
暑いのはわかりはするが、感じはしないらしいからなぁ。
「でー、だ。取りあえずレンタカー借りにいくけど。まず昼飯にしようか。何喰いたい?」
今は近くに人がいないので、独り言よろしく普通に佐倉に話しかける。
「そだな~。取りあえずさぁ。アレ行ってみない? なんか沖縄にしかないとかっつーハンバーガーショップ」
「あぁ~。まぁ昼には丁度いいのかもな。了解」
最初の目的地が決定したので、俺達はレンタカーを借りて、沖縄本島を車で走る。
「あーなんとなく景色違うねっ。うけるっ」
「そうだなぁ」
なにがうけるのかは皆目わからないがな。
「なんか心なしか道路も白く見えるわー」
「いや、それは本当に白いんだ。なんでも石灰岩が混ぜてあるから、白くて滑りやすいとかで……」
「へー、まぁどうでもいいけどね」
「…………」
このヤロウ。
「ここ? うっはー、なんかアメリカっぽい!」
「なんだその頭の悪そうな感想は」
と、言いつつ。
俺も実は全く同じことを思った。
すげぇUSA感。
アメリカ行った事ないけどな。
「うっさいなぁ。どーせ私は頭わるいですよーだ」
「悪かったって、拗ねるなよ。俺も同じ事思ったよ」
「なんだ、優人も馬鹿なんじゃん」
「うるせぇ」
阿呆な会話をしつつ、店内に入店。
席についた。
佐倉は席っつーか、浮いてるけど。
そして、適当にガイドブックにのっていたものを注文。
その中で、気になるものがあった。
「なんか、ノンアルコールビールってのがあるな。真っ黒の、炭酸?」
「お代わり自由なんだってよ~。しかもノンアルコールじゃん! 私も飲めるわ」
いや、佐倉にアルコールとか関係ないんじゃ……。
それとも、俺が酒飲んでる時に憑りついたら彼女も酔っぱらったりするのだろうか。
折角なので、取りあえず飲んでみることにした。
店員さんが机に持ってきてくれたソレを一口飲む。
「どれどれ……」
「どんな味かなぁ」
一口飲むと、ワクワクした顔をしていた佐倉が一気に真顔になった。
「これは」
「これって」
俺と佐倉が、同時に感想を口に出す。
「結構美味いな」
「湿布の味じゃん……」
え? 湿布?
「えぇ……。これ美味しいの優人? 信じらんない」
なんだとう。
っと、このまま口に出し続けるのはまずいか。
沖縄まで来て病院送りにされたくもない。
(結構、癖になるような味じゃないか?)
「いやいや、完全に湿布の味じゃん!」
そっかぁ?
う~ん。
(なぁ佐倉。ドクペって飲んだことある?)
「あぁ、あの杏仁豆腐炭酸ジュースね」
杏仁豆腐炭酸ジュースときたか。
(佐倉ってエネルギー補給系のジュースは薬味がして飲めない派?)
「飲めなくはない。飲めなくは」
(……今度一緒に北海道も行こうな?)
「えっ!? 何突然。そ、そりゃ、連れてってくれるんなら嬉しいけど」
是非、佐倉に飲ませてみたいジュースが北海道にはあるのだ。
ま、俺も飲んだことないし。
でも、まさかこんな事で「どこか」に行ってみたいと思う日が来るとは思わなかったなぁ。
それから、やたら味の濃いポテトやらハンバーガーやらを食べた。
佐倉は、何故かずっと機嫌が良く。
湿布だ湿布だと言いながら、結局黒いノンアルビールをお代わりしようと言い出すしな。
車に乗って、店を出る時にこんなことを佐倉が言った。
「北海道、楽しみだね!」
「気が早いよっ。今は沖縄を楽しめよ!」
「あははっ。そだね。夕飯も楽しみだな~」
まったく、ハングリーな幽霊だぜ。
何を食べようかなぁ。
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