第18話 会いに行く
「凪音ちゃんが化けてでたぁ!?」
「大声だすなってのにっ」
休憩中とはいえ会社だぞおい。
「いやだって、これはしょうがないやつっすよ。なんなんですかその状況」
「なんなんだと言われても、そのまんまなんだけど」
楓に今朝の凪音の件を簡単に説明した。
一通りきいた彼女は、複雑そうな表情で唸る。
「うぅん……なんていうか、またややっこしいことになってますねぇ」
「そうなんだよなぁ」
ややっこしいというか、わけが分らない。
更に言えば、俺がどうしたらいいのかは更に分からん。
「しっかし、凪音ちゃんの幽霊かぁ。あれっすかね? 一回生霊として体の外に出てたんで、出やすくなってるんですかね? ほら、脱臼とかも一回骨が関節の外にでちゃうと癖になって外れやすくなるっていうじゃないっすか」
「そんなしょうもない理由だったら嫌だなぁ……」
でも、なんかあり得なくもなさそうだなぁ。
凪音だし。
「う~ん、凪音ちゃんの今後が分からないから何とも言えないですけど。一概に悪いことって感じでもないっすかねぇ? お陰で優人さんの精神が死んでないですし」
「いや、別にそういう理由で無事に出勤してきてるわけじゃないが」
「そっすか? 凪音ちゃんに初対面扱いされたショックで息も絶え絶えになってるとばかり思ってましたけど」
「た、多少はな? でも、覚悟はしていたことだしさ」
「覚悟だけで無事に済むなら人間苦労しねーっすよ。それも優人さんは経験済みじゃないすか」
まぁ、確かに。
あいつが消えた時は、言い訳もできないくらいに慰められてしまった経験がある。
……そう言われると今回も、正直あんまり無事ではなかったのかもしれない。
本音を言えば、幽霊の凪音と話せたことで大分気持ちが楽になったのは事実だったのだから。
「それで、凪音ちゃん――いや、今は佐倉ちゃんですっけ? 佐倉ちゃんとは今後どうしていくつもりなんっすか?」
俺ってもしかして楓や凪音に慰められてばっかりなんじゃ?
などと頭を抱えそうになっていたら、楓が話題を今後のことへとシフトした。
「どうもこうも状況が変わったわけじゃないし、前に言っていた通りだろ。一応は友人って括りになっているが、佐倉からしたら俺は知らないおっさんだからなぁ」
「そんな弱気なことじゃ凪音ちゃんに怒られるんじゃないっすかねぇ?」
「本人に弱気で当たることを本人に怒られるんかい」
わけわからんぞ。
「だって、凪音ちゃんっすよ? 自分は優人さんを残して消えちゃう。だから私に優人さんを任せよう! とか思ってた娘ですよ? 実は自分が生きてたのなら、そりゃ自分本人に優人さんを任せたいに決まってるじゃないっすか」
あー……。
凪音は確かに、そういうことを考えそうだ。
「つっても、その自分本人は記憶喪失になって俺なんざ眼中にないわけだからな」
「そうっす。納得いかないに決まってますよ。幽霊の凪音ちゃんが復活した時点で、やっぱり状況変わってるんじゃないっすか?」
う~む。
凪音と佐倉、か。
凪音の望むことは叶えたい。今でも変わらずそう思う。
例えそれが、なにかの間違いで現れた過去の凪音だろうと。
しかし、佐倉の望みを無視するわけにもいかない。
何せ、どちらも「佐倉凪音」なのだから。
俺と佐倉が仲良くなるのを凪音が望むのだとしても、佐倉の方は分らない。
やはり俺と凪音の関係は異質の極みで、普通でないのだ。
「例え凪音が納得いかなくても、佐倉には佐倉の都合がある。あいつはこれから普通の学生生活だって、それこそ普通の恋愛だってできるんだ。俺と凪音の関係が特別でも、佐倉からしたら過去のものだしな」
俺の言葉を聞いた楓は、不思議そうな表情になって答えた。
「なんつーか。優人さんやっぱり相当ショックだったんじゃないっすか?」
「何がだ?」
「佐倉ちゃんに直接会って他人扱いされたのがですよ。だってこの前は、元の関係みたくなれるか一応努力してみるとは言ってたじゃないっすか。でも実際に会って、一発で心折られたってことっすよね?」
え? ……あ、そういえば、そんなことも言った気がする。
佐倉の見舞い行った帰りの話か。
「こ、心折られたかぁ。確かにそういう面もあるんだろうが」
なんというか、もっとシンプルに体感したこととして。
「あれなんだよな。現実に初対面の女子高生相手にするとさ、未来ある若者! って感じがすげぇして、俺なんぞが関わっていい相手なのかぶっちゃけ躊躇う」
「そこの部分から躊躇ってどうすんっすか! いや、分かりますけどね私もっ。汐穂ちゃんと一緒にいると、偶に超不安になりますし……」
そうなんだよなぁ。
大人としちゃー、俺も楓も結構な勢いで後ろ向きな人生送ってた人種だし。
凪音と出会ったことで生き方が変わったにせよ、根本の人格がそうそう変わるわけもない。
「あ~、こういうこと言うのはまたお前に怒られそうなんだけどさ。佐倉と話してて思ったことを言っちまうとな?」
自覚はあるので、前置きはしておく。
「凪音は事故で普通の日常を奪われて、たまたま俺の所に来た。お陰で俺達はひとつの場所に辿り着けて、それはお互いにとって良いことだったと思ってる。でも、何の因果かあいつはもう一度普通の日常に戻れるチャンスを得たんだ。俺の存在は、今のあいつには邪魔かなぁって、な」
一息でいいわけじみた言葉を吐き出してから、楓の方を見た。
超、笑顔だった。
「あはは~、そんな理由だろうと思ってましたけど。いやいや私は怒らないっすよ~? ――怒られるなら、凪音ちゃんに怒られてこい!」
……やっぱ怒ってるじゃん。
そもそも凪音が本当に幽霊としてまた出てこれるのか不明だし、仮に出てきたとしてそれがいつになるのかなんて見当もつかないんだけどなぁ。
「ふぅ」
職場から帰ってきて、部屋の電気をつける。
楓と色々話した後だからか「帰ったら凪音が待っている」なんてシチュエーションを想像してしまったが、当然のようにそんなことはなかった。
「しかし本当、俺の人生は凪音に出会って変わったよなぁ」
冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出しつつ、思わずぼやいてしまう。
「そりゃこっちのセリフでしょ」
「うぉぉ!?」
あっぶね。ボトルを落としかけたぞおい。
「な、凪音?」
「うん、私~。喜べ?」
振り返ったら何の前触れもなく、満面の笑みの凪音がいた。
「な、なん――お前いつからそこに?」
「え? いつ……? 私、いつからいた?」
はぁ?
いつからって、まさか自分でも分らないのか?
「仕事から帰ってきたら、突然凪音が出てきたようにしか見えなかったぞ」
「突然、突然かぁ。じゃぁ、今まさに出たんじゃない?」
「んな、アホな。前後の記憶とかは?」
「ん~。なんかよく分かんない。あ、優人だー! って思ったら、こうなってた」
なんじゃそりゃ。
脈絡がなさ過ぎる。
「今朝のことは覚えてるのか? えっと、凪音が実は生きてるとか、生きてる凪音の体が記憶喪失とか、そういう話しをしたのは」
「うん。覚えてる。それって今朝のことなんだ~。ん、あれ? 私っていつから――」
「だ、大丈夫なのかよ? いや、幽霊だの記憶喪失だのになってる時点で全然大丈夫ではないんだけれども」
この様子を見る限り、今の凪音が相当不安定なのは確かなようだ。
前に幽霊だった時とは、また別種の不安定さがある気がする。
少なくとも、こんな風に突然出たり消えたりを繰り返しはしていなかった。
「ん~。ま、大丈夫っしょ。私がどっかおかしいのはいつものことだし、気にしない気にしない。幽霊だもんね」
「まじか……相変わらず凄い胆力してんなお前」
「たんりょく? よく分からんけど、目の前に優人がいるんならそれでよしとしておくってことで。ね?」
う~ん、そういう問題ではないと思うが。
取り合えず。
「あ~。お帰り、凪音」
「うん。そっちこそ、お帰り優人」
そうだった、帰ってきたんだった。
着替えて飯にしよう。
「おぉ~、手際よくなってる。本当に未来の世界に来ちゃったみたいだなぁ」
俺が飯を作っているのを横から見ていた凪音が、そんな感想を口にした。
彼女が幽霊だった時には、ずっと料理を見ていてもらったからな。
「そう、だな。凪音が消えてから色々あったんだけど、なんとか料理は続けていたからさ。お陰様ってやつだ」
「ふふ~ん、私のお陰ねっ。うん、いいことだ」
「まぁ、体に戻ってからは結構な勢いで凪音が作ってくれてたけどな」
「まじで!? なんだそれいいなぁっ。私も優人に手料理つくってみたいんだけど!」
そう言われてもなぁ。
こればっかりはどうにもならんだろう。
「くっそぅ。やっぱ体あると便利よねぇ。いっそ、今の私の体……佐倉の体を乗っ取れたりしないかな?」
「おいおい。自分の体を自分で乗っ取るって、穏やかじゃねぇな」
「自分の体だからいいんじゃないの?」
「まぁそうなんけどさ。佐倉は佐倉で、普通に生活始めちゃってるしなぁ」
どういうわけだか知らんが、何故か佐倉と凪音で人格が二つある状態なんだよな。
二重人格ってのも聞いたことあるが、今の状況はそれとも違って異常すぎだ。
「普通に生活かぁ。ん~、取りあえずさ、会いに行ってみようか」
「会いに行く?」
「うん、私に」
「私にって、佐倉に!?」
「そ。優人に取り憑いていけばできそうじゃん?」
例えば今の状態で佐倉に会えば、そりゃできるのかもしれんが。
佐倉から凪音って見えるのか?
そもそも、二人を引き合わせて大丈夫なものなのだろうか……?
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