第19話 ばーかばーか!

「行くって、今からか?」


 佐倉家に?


 結構遅い時間だが……いや、でも。

 今の凪音はいつ出てこれるのかも分からないのだから、すぐに実行するべきなのか。


「あ、今もう夜か。じゃ、また今度でいっか~」

「え?」

「ん?」


 凪音の方からそんなあっさりと先延ばしを提案してくるとは。


「いやほら。今度っていっても、今の凪音はちょっと不安定に見えるからさ」

「情緒不安定に見えるってこと? それは朝に告白されたせいだと思うよ。あれはぶっちゃけ反則だよね。くそう優人の癖に生意気」

「ちがっ!? ってかなんでそんな某国民的たぬき型ロボアニメの眼鏡っ子みたいなこと言われきゃならんっ」


 誰も精神が不安定とは言ってねぇし!


「だってさぁ! 私あれ言われた瞬間、昇天して消えるのか普通に消えるのかどっちなんだこれ!? ってちょっと混乱したくらいには気分ヘブンってたからねっ。優人がまさか不意打ちかましてくるとは思わないじゃんばか! てか猫型だし!」

「あえてビジュアル的に分かりやすいほうにしたんだよっ」


 今の若い子がそのアニメを知っているのか若干ジェネレーションギャップ的不安があったのでそうしたのだが、そういえばあのアニメは今も現役なんだった。


「猫で分かるし! 何、私がいじめっ子だって言いたいの? 言っとくけど私、どっちかっていうと本質的にはM気質かなぁって思ってるぐらいなんだからねっ」

「なんのカミングアウトだよ!?」


 お前の性癖なんぞ知らんがな!


「だって私の体があるとなったらそういう知識も今後必要になるかもしれないじゃん? あ、記憶が消える前にそういうこともしてたりする? 勿論エロいことって意味だけど」

「補足せんでいい! 何が勿論だっ。してないよ! ってか朝に説明しただろうが」


 この話しも二度目だよ。佐倉の方にもしたし。


「エロいことの話は聞いてないし~。よく抱き着いてきたんでしょ、私。その後に押し倒したりしそうじゃん、私!」

「体に戻った後のお前はそこまでしてないって」


 ……まぁ、キスとかはされたけど。


「な~んだ。優人がいきなりこ、告白? みたいなこと言ってくるから、そういうことまでこなした後だったんで調子にのってるのかと思った。ったくもう、びっくりさせないでよね」


 なんで俺が怒られてるみたいになっているんだ。

 一方的だった過去とは違うというところを見せつけてやろうと思っただけなのに。


「まさか先にこんな理由で怒られるとは」

「ん? その言い方だと、他にも怒られるようなことをしたわけ?」


 あ、しまった。失言。


「いや、それは、その」

「ほら、怒らないから。言ってみなさい?」


 なんだその「世のお母さん像」みたいな言い方は。

 そういや、汐穂ちゃん相手にしばらくお母さんがわりみたいなことをしていたとは言っていたか。

 あ、だから汐穂ちゃんがあんなにしっかりしたのかな。反面教師的に。


「あ~、なんつーか」

「うん」

「職場で楓と今後のことについて話しててさ。主に佐倉とどう向き合っていくか的な?」

「うんうん」

「今の佐倉は普通の女の子として生活できるんだし、俺が関わって邪魔しないほうがいいんじゃないかな~。みたいなことを言ったら、楓が怒ってさ」

「……うん」


 楓もそうだったけど、俺の周りの女性陣は怒ると笑顔になんのな。

 見た目は可愛いんだけどなぁ、こういう時も。


「なーんだ、そういうことか。いやいや、怒らないよ私」


 あれ? 怒ってないのか?


「まぁ優人の言いたいことも分かるしねぇ。要するに、私のもう一つの可能性、もう一つの人生があるのなら、それを見守ってあげたい。とか思ってんでしょ?」


 そこまで恩着せがましいことは思っていないが、傍から見ればそんなところなのだろうか。


「うん、まぁ」

「ばーかばーか!」


 ばーかってお前な。小学生か。


「やっぱ怒ってるじゃん」

「怒ってないよっ。呆れてんのっ。私のもう一つの可能性だか普通の女の子だか知らないけど、私は私でしょ!」

「そうは言うけど、向こうは俺のことを知らないんだぞ?」

「あんたが知ってるんだからそれで充分でしょ。てか、私が優人を知らないでいるとか人生損してるもん!」


 なんだそのレビューみたいな文言は。

 大抵「○○知らないなんて人生損してますよ!」「あー、はいはい」ってなるやつじゃないか?


「じゃーどうしろってんだよ?」

「それは、実際に会ってから決めよう! 記憶のない私がどんな奴か、まずは見てみないとね」

「はぁ~、そうかい。ん? そういえば元々その話してたんだったな」


 こんなことを話しているうちにまた時間が過ぎてしまった。

 凪音の存在が不安定なので、出てこれている今のうちに行くべきでは? という状況だったのだ。


「あぁ、その話ね。大丈夫っしょ。多分またすぐ会えると思うし」

「そう、なのか?」

「うん。なんとなくだけどね。実際、一日で二回も会えてるんだからさ。優人は色々心配しすぎなんだってば」


 それは、そうなのかもしれないが。

 自覚もあるけれど、こういうのは簡単になおせるものでもない。


「分かったよ。じゃぁ、都合のいい時に凪音が出てくるのを祈ってればいいんだな?」

「そそ。まぁ、任せておきなさいってば」


 胸をぽんっと叩いて請け負う凪音。

 自分の意思で出てこれるもんでもないだろうと思うんだがなぁ。

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