第42話 もう一度
およそ一年ぶりに、沖縄に降り立つ。
空港から出ると、もう暑い。べらぼうに暑い。
去年のことを強烈に思い出してしまう程度には、暑い。
ま、あいつは暑そうにはしてなかったけどな。
「うわ~。本当にあっついっすねぇ~」
去年と違って、今は横に小山が立っている。
こいつは暑そうだわ。当たり前だけど。
「で、マジで別行動するのか?」
「はい。しましょう。優人さんは、去年と同じ場所を一人で巡ってくるといいっすよ」
そうなのだ。
小山のやつ、一緒に沖縄に来いとは言ったが。
現地では別行動にしようと言い出したのだ。
意味がわから……ないこともないが。
「つまり、なんだ。俺に、吹っ切って来いとか。そういう事が言いたいわけか?」
凪音との思い出の場所でも巡って、未練たらたらなのを何とかして来いと。
「へ~。この前は自分は大丈夫とか言ってた癖に。吹っ切れてない自覚はあるんっすね?」
……まぁ。そりゃな。
「悪かったな。未練がましくて」
「いえいえ。寧ろ私が言いたいのは逆ですし」
「あん?」
逆?
逆ってなんだ。
「優人さんは、あれから泣いた事。一回でもあるんっすか?」
小山が、下から睨み付けるような表情で俺を覗きこみながら言う。
泣いたこと、ね。
「ない。でも別に泣くのを我慢してるとか、そういうんじゃないぞ? 確かに、あいつがいなくなったのは悲しいけど。十分納得してのことだったし……」
「名前も呼べないのに?」
――名前を、呼べない?
口に出して。あいつの名前を。
呼べて、ない?
「今の優人さん見てるの、気持ち悪いっす」
下から睨み付ける、どころか。苛立ちを隠せないかの様に小山はそう吐き出す。
そんな顔をしているのに、握りしめた手は震えていた。
こいつは、本当にもう……。
「うっせ。余計なお世話だ」
「ひょっほっ~! あにふるんふかっ!」
小山の両の頬っぺたをつまんで両側に伸ばしてやった。
「わかったよ。別行動するよ。でも、今日の昼飯くらいは付き合えよ」
ぱっと、頬っぺたを離しながら言う。
「……うっす。あの、お昼食べに行く場所っていうのは」
「あぁ、去年。あいつと行ったところだ」
両頬をさすっている小山は。
「そっすか」
何とも言えない笑顔を浮かべて、了承した。
その後。本当に飯だけ食って小山とは別れた。
小山は小山で、俺とは別のルートで巡るらしい。
因みに、「湿布味の炭酸ジュース」を小山に飲ませてみたところ。
『結構おいしいっすね!』
とのことで。
湿布味の件を話してみたら、苦笑していた。
小山と別れた俺は。去年と全く同じルートを一人で巡る。
取りあえず、首里城を軽く見て。
国際通りまで向かう。
当たり前と言えば、当たり前のことなのだが。
「つまらん……」
滅茶苦茶つまらない。
見覚えのある、見慣れない景色は。
確かに懐かしい。
こみ上げる何かが、ないわけでもない。
ただ、それよりなにより。
退屈が勝った。
あいつがいないと、楽しくない。
いや、それはわかっていたことだろう。
あいつがいなくなれば、そりゃ多少はつまらない思いもするさ。
けど、俺はもう十分満足した。
あいつがいなくなったことに、納得もしてる。
だから、大丈夫だ。
この世界がツマラナイなんて。当たり前なのだから。
「あ、ここって……」
惰性で動く足に任せて歩いていたら。
あいつがアクセサリーを買った店に行き当たった。
「あー。そういや、あいつのアクセサリーも捨てないとなぁ」
そういう事になっていた。
約束、とまではいかないまでも。それがあいつの希望だ。
いやでもなぁ。捨てるのは、流石に忍びないし。
……どうしたもんかね。
結局、大して見て回ることもなく。俺はホテルに向かった。
小山も同じホテルではあるが、当然部屋は別だ。
既に俺んちに小山が泊まっているのに、今更じゃね?
という気もしないでもないが。
まぁ別に同じ部屋にする意味もないしな。
すぐに風呂に入って、とっとと部屋に引っ込んだ。
かと言って寝るには早いので、ベッドでぼーっとしてたら。
扉がノックされた。
「なんだ、小山」
扉を開くと、そこには小山が立っている。
まぁ、来るとしたらこいつしかいないよな。
「えっと、様子見といいますか。あの。お邪魔してもいいっすか?」
小山にしては、硬い表情だった。
「あぁ。いいよ」
小山を部屋に招き入れて。
俺はベッドに、小山は備え付けの椅子に腰かける。
「どうだった? 沖縄は。楽しかったか?」
「はい、楽しかったっす」
頷く小山は。
あまり、楽しそうな表情には見えない。
「優人さんこそ、どうだったんすか?」
これは。
楽しめたか? という質問なのか。
それとも。
吹っ切れたか? という質問なのか。
どちらにせよ。
答えはいいえ、になるのだろうが。
「まぁ、そこそこだ。あぁそれでさ。小山にもちょっと相談したいんだ。あいつのアクセサリーあっただろ? あれを処分しとけって言われてたんだけど。捨てるのも流石に忍びないしどうするのが」
「――してください」
「え?」
なんだって?
「いい加減にしてください!!」
――!?
突然に叫んだ小山は、立ち上がって。
俺を今度は、見下げる様に睨んでいる。
「何なんっすか! あれから毎日毎日! もう納得してる? 大丈夫? ふざけんなっ! 全然大丈夫になんか見えないっ。ちょっと突いたら死にそうな顔してっ。こんな場所にまで来てもっ。それでも、まだ……!」
「おやっ……」
「気色悪いんっすよ!! 大人ぶってんだかなんだか知らないけどっ。たとえ、どんなに納得して別れた後だって……好きな人が隣にいないのが辛いと思っちゃいけないんっすか!」
小山は、ひどく歯がゆいような。悲しいような。
そんな表情で叫んで。
「……私は、凪音ちゃんの友達で。優人さんの友達です。今のあなたの生き方は、ゆるせません」
また、小刻みに震える体を片腕で押さえつけながら。
俺にそう告げた。
そして。
俺が口を開こうにも、言葉が出てこなくて。戸惑っている間に。
身をひるがえして、部屋を出て行った。
「すみません」
最後の、謝罪の言葉だけが。
耳の中でしばらく残っていた気がした。
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