第16話 んん?

「さて、じゃぁ行くかなー」

「ん? もう帰るのか?」

「まぁね。あたしの彼氏がいるってんで見に来ただけだし。でも、彼氏ってわけじゃないんだろー? だったら友達になったから大体元通りの関係じゃん。解決ってね」


元通り解決、か。


「そうかもな」


凪音の中ではそれで決着がついているというのなら、俺からごちゃごちゃ言えることでもない。

元々、女子高生と俺みたいなおっさんがあんな関係になるなんて、それこそ奇跡でもおこらない限りはありえないことだ。


凪音みたいな子が幽霊になって、俺の前に現れた。

あれは、まさに奇跡のような出来事だったのだろう。


「歩きできたんなら送っていくか? 車だすぞ」


玄関に向かって歩き出した凪音に提案してみたが。


「いや、自転車だし。寄る所もあっからいーかな」


あっさりと断られた。

まぁ夜ってわけでもないしな。


「そうか。気を付けて帰れよ。車とか色々」

「子供じゃないっつーの。あ、でもあたしって一回轢かれてんだっけ? やっぱ気をつけるわ!」

「お、おぅ」


記憶がないだけあって、なんだか他人事だなぁ。


「じゃ、またね~」

「あぁ。また凪音と話せて、良かったよ」


ドアから出ていこうとしている背中に声をかけると、彼女はカラっとした笑顔で振り返る。


「だろー? あたしも、初友達ができてよかったぜってな」


そう言って、凪音は出て行った。

俺はしばらく扉を眺めた後、鍵を閉めた。







 凪音が帰った後、なんだかしばらく放心状態になってしまった。

 ぼ~っと何をするでもなく椅子に座って窓の外を眺めていたら、スマホの音。


「ッと――楓か」


 メッセージの文面は。


『お疲れさまっす。どうっすか? 凪音ちゃんに会えましたか?』


 また心配させたというか、気を遣わせてしまったようだ。

 変に遠慮しても怒られるだけだろうから素直に答えようか。


『会ったよ。向こうからきた。やっぱ、忘れられてた。んで、友達になった。今は、ちょっと頭ン中の整理が追いつかないからまた後で詳しく話す』


 メッセージを送り返すと、すぐに返信はきた。


『了解っす。なんなら、ゲームと酒もって今から行きましょっか?』


 ははっ。

 そりゃ勘弁だ。


『また今度で頼む』


 きっと、また慰められてしまうだろうしな。

 そうそう簡単に黒歴史増やしてたまるかっての。


『ありがとな。楓』

『はいはい。親友』




 その日は、久しぶりに家事とか放り投げてぼーっと過ごして。

 久しぶりに、深夜まで何もせずに起きていた。


 次の日からは、日常に戻る。

 多分問題なく、戻れるだろう。


 だって、凪音は元気だったのだ。

 あとは俺も元気でいれば、それで問題はない。


 ただまぁ、一日くらい。

 一晩ヘコむくらいはしといた方が、人生に深みとかがでるに違いない。

 そう、思っておいた。 


 珍しく、コンビニで酒を買ってきたりして。

 夜遅くまで飲んで、寝た。







「おきろ~。ゆうと~」


 ん……。


「おーぃ、朝なんだけど~?」


 ……んん?


「もー、優人ってば!」

「――ッ!?」


 馴染みのある声が頭の中に響いて、俺は目を開けた。


「あ、やっと起きた。って、何よ? 私の顔じっと見て。あ、まさか朝から見とれちゃったとか?」

「………………凪音、か?」


 目を開けたら、凪音がいた。


「はぃ? 凪音かって、そりゃ私でしょ。どしたの優人? 寝ぼけてんの? まだ夢見てるみたいな顔して。あ、ほっぺた引っ張ってあげよっか」


 凪音が冗談交じりの笑顔で俺の頬に手を伸ばしてきて。


「な~んて、触れないけどさっ。ほら、いい加減目覚ましなって」


 その手は、俺の頬に触れることなくすり抜けた。


「じゃ、私あっちで待ってるからね」


 ふよふよと浮いて、壁をすり抜けていく。

 長く、明るい髪をした、制服の少女。


「――え?」


 俺は、もう一度彼女が壁をすり抜けて怒鳴り込んでくるまで、ベッドから動くことができなかった。

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