第21話 ちょろいちょろい
「ちょ、ちょっと待て。なんで恋におとすなんて話しになるんだよ!」
佐倉の状態を改善する必要がある。
つまり記憶を戻し、凪音も体に戻さなくてはならないのは分かった。
しかし、それが何で色恋沙汰に?
「ん~っとね。そもそもまず、順番が逆だったのかなって思うんだよね」
「順番?」
「そ。記憶喪失になって私が出てきた。じゃなくて、私が体からはじき出されたせいで記憶が抜けた。だと思うんよ」
……記憶を持っているのは凪音。
すっぽりその分の記憶が抜け落ちた佐倉。
つまり。
時系列では記憶喪失になった後に「凪音」が俺の前に現れたから勘違いをしていたが、実際は「凪音」が抜け出てしまったせいで「記憶喪失の佐倉」が誕生した。
それが正しい順序の認識だと言いたいわけか。
確かに今の凪音は消えたり出たりを繰り返している位には不安定なのだし、俺の前に出てくるまでにタイムラグがあっても不自然ではない。
「記憶喪失になったその日、何かがあった。何があったのかは私にも分かんないけど、そのせいで私は体の外に放り出されて……その分の記憶がない佐倉が残った。でも記憶は全部抜け出たわけじゃなくて、一部が行方不明なわけよね」
「前に話したやつか。この数ヶ月くらいの記憶がどこにいったのか分らないっていう」
佐倉凪音の幽霊が消えて肉体に戻り、目を覚ましてからの数ヶ月。
正確にいえば俺に会いに来るまでの期間があったからもっと長いだろうが。
その記憶を、目の前の凪音は持っていないのだ。
「それそれ。んで、これもさっき取り憑こうとして分ったけど、こいつって完全に何も覚えてないわけじゃないよね? 優人のことだって微妙に認識してるし」
「え? あ、あぁ。そういえば、この部屋に来た時も、凪音の部屋を気にしてたな……」
ってことは、なにか?
「じゃぁ、その数ヶ月分の記憶ってのは」
「うん。佐倉の中にあるんだと思う。なんかの理由で眠ってるだけでさ。だからその部分さえひっぱりだせれば、あの日に何が起こったのかも分かるかもだし、芋ずる式に記憶も――つまり私も体に戻るかもしれない」
そ、そうか。ここ数ヶ月分の記憶、ということは。
あの日、佐倉凪音が突然に倒れて記憶を失った日もそこに含まれる。
原因が分れば対処する方法も見えるかもしれないし。
一部でも記憶が戻れば、後は自然に元の状態に戻ることだってあるかもしれない。
実際にそんなに都合よくいくのかは分らないが、他に方法も考えつかない以上はまずそれを試してみるべきだろう。
「……って、だからなんでそれが恋云々って話しになるんだよ!?」
「え? そりゃーなるっしょ。だって、佐倉の中に残ってる記憶を引っ張り出すって話しなんだよ? その記憶ってつまり今の私が消えてすぐあと位からの期間のことでしょ。そんなの優人のことで頭いっぱいに決まってんじゃん」
「えっ? ――お、おぅ、そっか」
それは、あれだ。
そうですか。としか俺からは言えない類いのやつなんですけど。
「なに今更照れてんのよ、私まで照れるじゃん。ま、そーゆうわけだからさ。優人と一緒にいて刺激を与えるつーか、優人で頭いっぱい状態に戻してやればなんか思い出すんじゃないのってことよ」
「そんなんで上手くいくのか……?」
「いくんじゃない、多分。だって今日もこうして佐倉の方から来てるじゃん。無意識なんだろうけど、優人のことが微妙に記憶にあるから気になってるんだと思うし」
な、なるほど。
そう言われるとそうなのかもしれない。
でなければ、知らないおっさんの家に何度も一人で訪ねて来たりは普通すまい。
「ま、そーゆうわけだからさ。今後はそのつもりで頑張ってよね。ってかさ、こいつも私なんだよ? 一回おとした相手なんだからさっさとやっちまいなさいよ」
「お前なぁ……俺が凪音のことを簡単におとしたとでも思ってんのか? てか、おとそうとしておとせたわけじゃないことくらい知ってるだろうがっ」
「ほぅ? 私が勝手におちたってか? 正解です。ご褒美に記憶とか体が戻ったらキスしてあげる」
どうしよう。ハリセンかなんかで引っ叩きたいくらい良い笑顔だ。
「だからさぁ。この関係は幽霊として凪音がずっと傍にいたから起こった、まさに超常現象的出来事というか。ただの女子高生として出会っていたらまず無理だと思うつーか」
「まーね。それは否定しないけど」
「だろ?」
「うん。優人の魅力はちょ~っとばかし分かりにくいしね。でも、大丈夫だって。今回は私も手伝うから」
「はぃ?」
「本人がアドバイザーについてるんだから、恋の相談相手としちゃーこれ以上ないっしょ? ちょろいちょろい」
そ、そりゃあそうなのかもしれんが。
凪音が恋愛のサポート……なんか不安なんだけど。
「はぁ。まぁ結局、他に方法が見つからない以上はやってみるしかない、か」
「そう難しく考えんなって~。もっかい私と一から仲良くなるだけじゃん。ほーら楽しそう。ね?」
「否定はしないけどな。しかし――」
「ん? まだなんか不安?」
不安というか、なんというか。
「なんつーか、佐倉ってさ、凪音と微妙に性格が違う気もするんだよな」
「あぁ、それね。私もちょっと思った。私こんなだっけって。さっき取り憑こうとした時もそこは違和感あったなぁ。記憶ないとこうなるんかな?」
「どうだろうな。記憶も人格を形成する要素だろうから、ありえるとは思うが」
それに、脳の疾患で性格に変化があったという事例は聞いたことがある。
だから人の性格が何かのきっかけで変わってしまうことは無いわけではないのだろうけれど。
「そのへんも記憶戻ったら分るんじゃない? ってか多少違っても私は私なんだし、気にしないでいいっしょ」
「本人がそんな適当でいいのかよ……」
「本人がいいって言ってるんだからいいの~」
相変わらず適当つーかお気楽つーか。
ある意味、豪胆でもある。
「はぁ……分かったよ。相手が凪音なら、どうせ俺も好きになるに決まってるしなぁ」
「そ、そう? う、うへへ。急にデレないでよ。リアクション困るじゃん!」
こっちこそ急に照れられるとどう反応していいのか分かんねーよ!
割と非常事態なんだからもうちょっとシリアスな反応してください。
「あ~。つーか、本当に佐倉は大丈夫なのか? 全然起きないぞ」
「んぁ? そういえばそだね。さっき同期した感じだと問題とかはないはずだし、そろそろ起きててもいいはずなんだけど――」
言いつつ、佐倉の顔を覗きこむ凪音。
もしかして、もう一回同期? ってのをするつもりなのか?
と、思ったのだが。
すぐに呆れ顔になってこっちを向いた。
「優人、このボケナスたたき起こして。ただ寝てるだけだわ」
……この辺の豪胆さは、なるほど本人のそれなのだろうな。
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