第3話 幽霊が見える
俺の住んでいる町も田舎といえば田舎だろう。
でも、車外を流れる景色は「真の田舎を教えてやろう」とでも言わんばかりに田んぼとか畑ばかりになっていく。
「なんか、のどか~って感じ」
助手席に座っている黒髪の少女がそんなことを呟いた。
横目で見ると、景色をぼーっと眺めているようだ。
「山の方に向かってるし、都会ではないわなぁ」
「あははっ、私らの住んでるところが都会に思えてきちゃうね」
「それもどうだかなぁ……」
地方都市というのはその辺の判別が難しいものなのだ。
「ところで、今日の目的はなんなんだ?」
「え? だから、デートでしょ?」
「デートは聞いたけど、もう一個のほうだよ」
「あぁ、肝試し?」
そう。肝試し。
こないだ凪音にそう言われて、休日の予定を空けておくことになったわけなのだが。未だにいまいち趣旨がわからない。
何ゆえ、こんな時期に肝試し。
「そいうの普通は夏にやるもんじゃないのか?」
「普通はね。でも、私普通じゃないし」
普通じゃない、ね。
まぁ確かにそうなのかもしれないが。
「元幽霊だからってことか?」
「うん。それでさ。私自身、体戻ってから色々おかしくなってるところはあるなーって思うんだけど。今日もその辺のことで優人を誘ったんだよね」
「おかしく、なってる?」
「私、幽霊見えるんだ」
――幽霊が、見える。
つまり、おそらくは自身が幽霊を一度体験してしまったゆえに、か。
そういや、再会した辺りでそんなこともチラっと口にしていたな。
あの時はそれどころじゃなかったからあんまり深くは聞かなかったが……。
「それは、俺に凪音が見えていたみたいにか?」
「うーん、どうだろ? 少なくとも話したりは今のところできないかな。なんていうか、あっちが私に気がつかないみたいな感じ。見え方もまちまちだし」
ふむ。俺には凪音が普通に見えていたし、会話もかなり自在にできた。
少なくとも最初のうちはだが。
「霊感、ってやつか。俺にも凪音が見えていた以上は存在するんかもしれんが。でも、俺は凪音以外の幽霊が見えたことなんてないぞ?」
「そうそう。その辺の実験? 検証つーの? をしたくて今日は優人を誘ったってのもあるんだけどね」
「あー、なるほど。それで目的地が心霊スポットなわけな」
そう、今向かっているのは所謂「心霊スポット」なのだ。
ようするに二人で同じ幽霊が見えたりするのかどうか確かめよう、ってことだな。
「そゆこと。ま、なんとなく予想はつくんだけどねー」
「予想?」
「うん。例えば、見える幽霊と見えない幽霊の差とか。霊感的なものの強さとかもあるのかもしれないけどさ。相性もかなり関係してんじゃないかなーって」
「相性? 幽霊と生きてる人間のってことか?」
「そそ。その相手とー、なんつーの? 心の相性? みたいなのが凄くいいと見えたり取り憑けたりするんだと思うんだよねぇ」
元幽霊経験者かつ、今は幽霊が見えるという凪音の言葉だ。説得力はある。
しかし、それってつまり。
「私と優人は、め~~~ッちゃ! 相性よかった。ってことだね」
助手席から、にまにまと笑いつつ言葉を投げかけてくる凪音。
まぁ、そういう結論になるよなそりゃ。
「相性ねぇ。凪音が居なくなった後の喪失感を考えるとあながち間違いでもなさそうだけどなぁ」
「な、なんか割と冷静に嬉しいこと言ってくるじゃん。もっと照れるかと思ったのに」
「あん時は、その手の恥ずかしいこと俺自身も散々言った覚えあるしな!」
凪音が消える、となったあたりでは特に自覚がある。
「そ、そーね。そーだった。うん。ちょっとポエマーみたいになってたもんね」
「そこまでじゃなくない!?」
「いや、相当きてたよ優人。私も人のこと言えないから、あんまこの話しつっこまないけど」
あの状況じゃそういうノリになるのも無理なかった! ということにしておこう。
うん、精神衛生上な。
「う~ん、それにしても」
「なんだ?」
「いやさ。私らって心の相性いいんだとして、体の相性もいいのかなーとか思って」
「それは全然関係ないんじゃないか……?」
「え~? だって気になるじゃん。もしかしたら人肌恋しさが暴走して優人襲っちゃうかもしれないし」
「俺が襲われる方なのかよ!? ってかなんで急に下ネタに」
「いや、さっきラブホの横通ったから。帰りに寄る?」
「寄らん!」
「ほんとに優人は枯れてるねぇ」
「うっせ。枯れてねぇよっ」
こっちだって襲いたくなる時くらいあるに決まってんだろーが。
でも、まだ俺のことをどういう目で見ているのか定まっていない相手にそんな真似できるかってのっ。そもそも高校生だし!
「やっとついた~。お疲れ優人」
「あぁ。凪音もお疲れ」
車で数時間のドライブの後、俺たちは目的地に到着した。
心霊スポットということで候補は色々あったのだが、ネットで調べた中から凪音が選んだのはとある廃坑である。
山の中にかつて存在した「鉱山の町」がそのまま廃墟化したような場所だな。
鉱山は落盤事故とか公害とか、色々なことで犠牲者もでてしまうから、心霊スポットになるような噂も多いということらしい。
「しかし、なんでここを選んだんだ?」
「え? なんか観光地でもあるっていうからさ。今日はデートでもあるし、丁度いいかなって」
まぁ一部は確かに、鉱山の歴史的なものを見せる観光スポットでもあるらしいけどな。
正直一般的なデートの場所としてはかなり微妙に思えるが。
「つーわけでさ、早速行こうよ。この道いった所に観光案内の受付あるって!」
「ちょ、引っ張るな」
駐車場から歩き出しつつ、自然な動作で腕を組んでくる凪音。
ったく、体あるとこれだから……。
「お? なに赤くなってんの? さっきは平然と恥ずいこと口走ってたくせに」
「あれは。だからっ、恥ずかしいこと口にするのは経験済みってだけで、こういうのは慣れてないんだっつの」
「こーゆーの? ってこういうの?」
「ちょっ、あんましがみつくなって!」
「ふふんっ。あててんのよッ。……一度言ってみたかったんだぁこれ! どうよっ?」
どうって、なにが!? 感触が!?
どう答えたら正解なんだこれは。
「え、ええと、それなり?」
「ふっ!!」
「いててててっ!? 関節極めようとすんなっ。どこで覚えたんだそんなのっ」
「好きなアニメでやってたのっ! 悪かったなぁ楓ちゃんみたいにでっかくなくてぇ!」
「悪いなんていってないだろ!? それなりに立派だと思うってば!」
「褒めてっ、ないからっ、それ!」
「だから押し付けんなっ」
「でかさでは楓ちゃんに勝てないから密着度で対抗しちゃろうと思って」
まず勝負をすんな!
「楓は凪音ちゃんがスレンダーで羨ましいって言ってたじゃねーか」
「あ~、めっちゃ腰に抱きついてきて、ほっそ!? って言ってたね。でもスレンダーって男ウケ悪くない?」
「俺は好きだけど?」
「ほんとにー? 凪音ならなんでもいい、とかベタなこと言うんじゃないでしょうねぇ?」
「凪音ならなんでもいいけど、好きな要素が増す分にはただのプラスだと思うが」
「…………あんたほんと私のこと好きよね?」
「いや、そうだけど。そんなストレートに聞かれてもなぁ」
もうちょっと言い方とか言うタイミングがあるんじゃないだろうか?
デートと言いつつまだ車から降りたばっかなんだけど。
「ん~、まぁあれよ。この前言ったじゃん? 私、怖いんだ。今の私は所詮、優人と消えるまで一緒にいた私と同じようで違うからさ。今もね、夜とか震えるくらいには怖いの。だから偶に確認しておこうかなって」
先ほどとは恐らく全然別の意味で、腕にしがみつく力を強める凪音。
きっと彼女が言う「人肌恋しい」の意味も、普通で言うような意味とは内実全く異なるのだろうなと今さらに思った。
幽霊との感覚の差、感性の差。
挙句、幽霊まで見える――色々おかしくなってしまった――今の彼女。
「凪音」
「ん?」
「今頭なでたら、髪型乱れるか?」
「……乱れても優人が気にしないなら、いい」
「だから言ってんだろうが。プラスはあってもマイナスはないから大丈夫だよ」
「ふ~ん。あっそ」
赤くなったら揶揄い返してやろうかと思ったけど、彼女はそっぽをむいただけだった。
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