第5話《セックスアピール》


 あたしの名前は小島ハツナ。

 梅雨に入って雨が多い毎日にうんざりしている高校一年生だ。


「テンション下がるなぁ、梅雨って」


 昼下がりの学校。

 休み時間に廊下の窓ガラスに滴る雨粒を眺めるミクが、ぽつりとつぶやいた。

 わかる。部屋の中じめじめするし、鬱屈した気持ちになりやすい。たしかにあまり好きじゃない時期だ。


「なんかこんな雨続くと気持ち塞がっちゃうなぁ、なんもやる気出なくなるっていうかさぁ……マジで鬱になるよ」


「どうしたの?」


 ミクは気だるそうに「別に」というと、深いため息をついた。


「高校生になったのに彼氏ができないって思っちゃっただけ」


 なんだ。

 そんなことか。


「まだ出会いがないだけだから、気にしなくていいんじゃない?」


 むっ。と、ミクが唇を尖らせた。


「気にするよ! トモミができたって聞いてすごい焦るよ!」


 そうだな。トモミはいるな。

 エラ呼吸するコイ人がね。


「彼氏ほしいの? ミク」


「ほしいよ! ハツナも人並みにデートとかして青春してみたくない?」


 いや、してみたくない。

 どっちかっていうと一人が好きだし。


「あーあ、あたしもハツナみたいに身長あってスタイルよかったらモテるかなぁ」


 肩を落としたミクは窓の外をまた眺める。

 うーん、人の好みってあるからな。

 むしろあたしみたいな身長高い女になると男寄ってこなくなるぞ。

 って、あたしが心の中でつぶやいていると、窓ガラスに廊下を渡る男子たちが映っていることに気づいた。


「やっぱグラビアは巨乳だよなぁ」


「だな。おっぱい大きい方がいいに決まってる」


 アホな男子たち。くだらないこと話題で盛り上がってるな。

 そうあたしが呆れていると。


「おっぱいか」


 ぼそっとミクがつぶやいた。


「は?」


「あたしがモテないのっておっぱいがないからだ。きっとそうだよ」


 ん? んんん?

 どうしてそうなる?

 違うでしょ。絶対にそこじゃないって。


「たしかに男子はおっぱい好きだってよくいうしね」


 ミクは窓ガラスに息を吐きかけ、ガラスの表面に白い靄を作る。

 その靄に指で丸を描き、毛をうじゃうじゃ描き足した。


「知ってる? 【蛆神様】ってこうやってもできるんだよ」


「えっとミク、あのさ……」


「うじがみさまうじがみさま。どうか《あたしのおっぱいが大きく》なりますように。できたらEカップ以上がほしいかな」


 直後。

 ミクの胸ボタンが弾けた。

 ブラウスの隙間から胸の谷間ができている。


「おお! 今まで寄せないとできなかった谷間ができた!」


 巨乳になったことにミクが喜ぶ。

 廊下にいた生徒たちが奇異の目を向けてくる。


「あ、でも恥ずいな。いきなりおっぱい大きくなるのは」


 照れ笑いするミクが胸元を両腕で隠す。


 ぐぐぐぐ。


 ミクの胸がだんだんと膨張してくる。


「あれ? 重くなった?」


 ミクの胸が更に大きくなってくる。

 やがてブラジャーのホックが引きちぎれ、ブラウスの布地が破れた。


「お、重っ!」


 腕からこぼれ落ちるほど胸が膨れ上がり、あっという間にミクの顔の十倍近くまで大きくなった。

 両腕で支えよう必死に踏ん張るミクだったが。


 ばりっ。


 耐えられずおっぱいが床に落下し、ミクの胸の筋肉繊維が剥き出しになった。

 

「い、いたぁいいい!」


 ミクが涙を流して絶叫する。

 悲鳴や叫び声が響き、騒然となる廊下。

 窓ガラスに描かれた蛆神様のマークを見て、あたしは一言思った。


(大きいからいいってわけでもないね)


 止まない雨と増えていく蛆神様に対して、あたしのうんざりとした気持ちがさらに強まった。



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