第88話《害神駆除会社》-07-


 あたしの名前は小島ハツナ。


 人生で指折りに入る連続脱糞を繰り返し、そろそろ尻の穴が限界きたのではないかと危惧している高校一年生だ。


 その夜。

 あたしは夢を見た。

 放課後。学校の帰り道をあたしは歩いていた。


「ここ」


 歩いていてあたしは気づいた。


 隣町の高校に通い始めたあの日。


 あたしは蛆神様に出会ったあの日だ。


 正しくは、小さい頃におじいちゃんが教えてくれていたみたいだけど、あたしが初めて蛆神様を認識したのは、この日だったと思う。


「久しぶりね。ハツナちゃん」


 目の前に、帽子を被ったおばさんが立っていた。


 うわ、出た。懐かしいな。


 《頭の中を掻き毟る》ことをお願いしたおばさんだ。


「どうも」


 あたしはおばさんに軽く会釈する。

 おばさんはなぜか帽子を取って、にこっと微笑む。

 相変わらず脳みそが剥き出しでグロいな、おい。

 もう慣れたからいいけど。


「随分、お困りのようね」


 おばさんは優しい口調であたしに声をかける。


「ええ、まぁ」


「お尻の穴、大丈夫?」


 うん、さすが夢の中だ。

 割とデリケートなことをどストレートに訊いてきたぞ。


「いやぁ、もう限界ですね。切れ痔直前な感じです」


「そう。よかったわね」


 よかねぇよ。

 切れ痔直前なんだぞ、こっちは。どこをどう聞いてよかったねってリアクションになる。

 少しは同情してくれ。頼むから。


「もう限界? ハツナちゃん」


 おばさんがあたしを真っ直ぐ見据えてきた。

 あたしはすぐに答えず、あたりを路地の壁に目を向ける。


 壁に貼ってあったはずの、蛆神様のポスターがなかった。


 あたしの夢だから貼られていない。

 ……わけではなさそうだ。


「尻の穴は限界スねー」


「ふふふ、相変わらず面白いわね。心ない人たちから何度も辱めを受けても、あなたは相変わらず面白いわ」


 おばさんは笑いながら、自分の脳みそをボリボリ掻きむしった。

 このタイミングで痒くなるのか、それ。

 あたしはそう思った。


「勝てる? あなた。あの連中に」


「どーすかね? もうメソメソ泣いてもいいんなら悲劇のヒロインモードに切り替えますよ。あたし」


「悲劇のヒロインモードに切り替えてもいいわよ」


「んー、さーせん。やめときますわ」


 もう嫌だ。

 こんなの耐えられない。

 何度も人前でウンチを漏らす強制羞恥プレイを受けて、あたしの心が壊れちゃう!


 ……なーんて、年頃のJKみたいな弱音や泣き言いう気に、今はなれないんだよなぁ。


「リアルなこというと、勝つ道筋がわからないんすよね。蛆神様がまったく通用しないし、毎回ウンチまみれにさせられるし。真知子さんもいないし。正直、八方塞がりすね。今は」


「その割には、絶望してないわね」


「ええ。だって負ける気まったくしないすから」


 あたしは言い切った。


 心は折れてない。


 むしろ、あのニタニタ笑顔のサイコパス女をボコるために怒りエネルギーをチャージしまくっている状態だ。


 溜まりに溜まった怒りをあの女に返すことが、今のあたしの目標のひとつでもある。


「強いわね。ハツナちゃん。むしろ、強くなったわね」


「色々ありましたから」


「害神駆除会社の斎加ヒイロは、あなたの『心を壊す』ことを目的としてるわ。あなたの心が壊れば、蛆神様も必然的に壊れる。そう考えてるわ。奴らはとことんあなたを追い込むつもりよ。あなたの友達と家族を人質に取ったのも、あなたの『心』を屈服させるためよ」


「でしょうね。そんな気はしてました」


「……気づいてるみたいね。あなたも」


「ええ」


 おばさんのいうように、薄々気づいていた。


 もし、あたしが奴らなら、こんなまどろっこしいことはしない。


 あたしと蛆神様がリンクしていて、そして蛆神様を殺すことを目的なら、拷問じゃなくて直接殺した方がずっとラクだと思う。


 それをしないで、あたしを屈服させることを目的にしてるのには、あたしを殺せない理由があるということだ。


 あたしの心を屈服させる理由。


 それがわかれば、あの連中を倒すことができるかもしれない。


 そうあたしは考えている。


「ちょいゴワゴワしますけど、紙おむつつけて寝てるんすよ。あの女をぶちのめすことができるなら、うんこいくら垂れてようとへっちゃらっす」


「……ほんと、逞しくなったわね。ハツナちゃん」


「……あの、トモミやみんな……無事なんでしょうか?」


 あたしはおばさんに訊いた。


 おばさんはかぶりを振った。


「わからないわ」


「そうですか」


「ハツナちゃん。あなたに伝えたいことがあるの」


「なんですか?」


 おばさんは帽子を被ると、あたしを真っ直ぐ見つめた。


「負けないで。あなたならきっと勝てるわ」


 そうおばさんはあたしに告げると、あたしの目の前から姿を消した。


 あたしは空を仰いだ。


 ひらひらと黄色いポスターが降ってきた。


 あたしはポスターを手にとった。


「当たり前だよ。こんな程度で負けるあたしじゃないっつーの」


 そうだよね。

 蛆神様。


 ポスターに描かれた蛆神様のマークに向かって、あたしは呟いた。




続く

 


 

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