第89話《害神駆除会社》-08-


 私の名前は刑部マチコ。


 隠神村から脱走したハツナを追跡している私立探偵だ。


 ──隠神様騒動から一週間が経った今日。


 ハツナについて、村内で『追放』という処分が確定していた。


 当然ながら、若菜家からハツナを磔刑にしろだなんだのとごちゃごちゃ意見されたそうだが、もともと問題を起こしたのは若菜の娘というのもあり、これ以上問題を大きくすれば若菜家の恥を広めることになるぞとばあさんが脅してくれたおかげで、ハツナへ対する処分が追放という形で済んだ。


 だが、ハツナはその処分を受ける前に脱走をした。


 いや、脱走したのではなく、『連れ去られた』といった方が正しいかもしれない。


 私と同じ声と見た目をした人間に……。



「………久しぶりね、ここも」



 車を走らせて2時間。


 ハツナが生まれ育った町に到着した。


 ハツナを隠神村に連れて行く前、この町は蛆神様信仰一色に染まっていた。


 蛆神様に対する狂信。


 ハツナが力を行使しすぎたせいで、起きてしまった事故と私は考えている。


 ハツナと蛆神様を物理的に距離を離すことで、一時は沈静化するのではないかと思っていたが、現実はそうではなかったようだ。



「こんにちわ。旅の方ですか」



 車をガソリンスタンドに停めた私に、店員が話しかけてきた。


 なぜか本を見たまま。



「いえ、給油をお願いしたいのですけど」



「この町はとてもいい町ですよ。美味しいご飯もあるし、美味しい空気もある」



 ガソリンスタンドの店員は、私とは目を合わせようとせず、片手で持った白い本に視線を向けたまま喋っている。


 あの本。


 もしかして、台本か? 演劇とかで使われているシナリオか?



「レギュラー満タンでお願いできるかしら?」



「旅の方。ご飯ならこの先100メートル先にデニニーズというお店があります! デニニーズのチーズインチーズインハンバーグはとってもおいしいです」



 会話が成立していない。


 というか、私の話を無視して、この男、台本を読んでいる。そんな感じだ。


 私はガソリンスタンドの周囲を見渡した。


 店員みんなが台本を持っている。


 

「デニーズには行かないわ。いいからガソリンをお願い」


「ガソリンはレギュラーですか? ハイオクですか?」


「レギュラー」



「ハイオクですね! わかりました!」



 店員がハイオクの給油ノズルを握った。


 私は車から降りた。



「いい加減にしてちょうだい」



 私は店員が持っている脚本を取り上げた。


 どこのどいつだ。


 こんなタチの悪いお願い事を蛆神様にして、まったくなにが目的だ。



「ん?」



 取り上げた脚本をパラパラとめくってみた。


 真っ白だ。


 ト書きもセリフも、それどころか文字が一つも印字されていない。


 これは一体…………。



「ああ、ああああああ」



 店員が、がくっとその場で膝を崩した。


 顔面蒼白であり、がちがちと歯を小刻みに噛んで震えている。



「どうしたの? 大丈夫?」



「お、終わりだ……」



「何が?」



「もうこの世の終わりだ……『聖なる本』を僕は失くしてしまった。もう幸せになることは僕はできない」



 聖なる本?


 まさか、この脚本のこと?



「ごめんなさい。返すわ」



「うわあああああああああああああああああああ!」



 突然、店員が大声を上げて発狂した。


 驚いた私は、その場から二、三歩退いた。


 なんだ。どういうこと? 何が起こったの?



「もう終わりだああああああああ!」



 店員は悲鳴を上げながら、ハイオクの給油ノズルのトリガーを引き、頭からガソリンをじゃぶじゃぶかぶった。


 店員の左手には、いつの間にか百円ライターが握られていた。


 うそでしょ。


 まさか。



「やめろ! 手を離して!」



 一瞬、閃光が走った、


 火だるまと化した店員が、ガソリンスタンド内を悲鳴を上げながら走り回る。


 私はその場で消火器がないか探そうとした。


 が。



「ひぃあああああああああ!」



 悲鳴を上げる店員は、ガソリンスタンドから公道に走り出た。



 どかっ。



 まるで示し合わせたかのように、2トントラックが火だるまの店員をひき飛ばした。


 店員は公道に落下し、そのまま黒ずみになるまで動かなくなった。



「自殺した?」



 私はすぐさまガソリンスタンドに振り向いた。


 ガソリンスタンド内にいた他店員は、まるで気にも留めてる様子もなく、白い脚本に目を向けてぶつぶつ独り言を呟いている。


 この現象。


 蛆神様の仕業か?


 いや、それにしては妙だ。


 たしかに荒唐無稽な願いを叶える神ではあるが、いつもの願いごとにしては、なにか『支配的』な印象を受ける。


 あの店員の顔。


 蛆神様に願いをかけられた人間は、どんなに残酷な仕打ちだったとしても、嬉々として表情を浮かべていた。


 しかし、自殺する前の店員の顔は、絶望した表情一色に染まっていた。


 まだ確証はないが。


 あれは蛆神様の仕業じゃない。



「なにがあったの……この街に」



 私は店員から取り上げた何も書かれていない脚本をもう一度開いた。


 ん?


 脚本の最後のページの隅に、手書きの何か文字が書かれているのに気づいた。



「害神駆除会社……」



 文字の下に、虫のロゴにバツマークをかぶせたマークが描かれている。


 なるほど。


 あいつらか。


 それを見つけて、私は納得した。



「厄介なことになったわね」



 私は車に乗ると、エンジンをかけた。

 エンジンをかけながら、スマホを取り出し、しばらく使っていなかったあの電話番号に電話をかけた。



「もしもし私よ。ちょっとあんたに頼みたいことがあるんだけど」



To be continued....





 


 

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