第90話《害神駆除会社》-09-

蛆神様


 あたしの名前は小島ハツナ。

 めちゃくちゃ久しぶりに学校に通うことになった高校一年生だ。


 ただし、条件付きでの通学だ。



「……なにこれ」



 朝、家の前に出るとヒイロが立っていた。

 ヒイロはあたしに白い本を手渡してきた。

 真っ白な表紙。

 中を開くと、びっしりと文字が書き込まれている。



「台本だよ」



 にっこりとヒイロが笑顔で答えた。

 ヒイロが言うように、セリフやト書きがある。


 時間も書かれていて、あたしの名前とセリフが書かれていた。



「なんの台本?」


「これから始まる出来事の台本だよ。この通り、ハツナがセリフと演技を行うんだよ!」



 相変わらず意味がわからない。

 なんの茶番だよ。


 でも、これ従わないと。



「久しぶりの制服だよ? 汚したくないよね?」



 ヒイロの腰元には、いつものスプレー缶が下げられている。


 ……この場は従うしかないな。

 ヒイロがいうように、制服は汚したくないし。



「じゃ、行こうか! タカノリ行ってくるよ!」



 ヒイロが家に向かって声を投げた。

 家にいるであろうおじいちゃんからの反応はなかった。



「冷たいなぁタカノリ。じゃ行こうか!」



 ヒイロは唇を尖らせると、すぐにあのムカつく嫌な笑顔を浮かべ、あたしと腕を組み始めた。


 離れろてめぇ!

 と、心の中では思いつつも、制服を汚されたくない一心で我慢した。



「ハツナ? 今何時?」



 学校に向かう電車に乗っていると、ヒイロがあたしに訊いてきた。



「7:46」


「じゃ、そろそろイベント始まるね!」



 ウキウキ顔でヒイロは外の景色に顔を向ける。


 イベント……。


 またあたしを辱めるくだらないことを企んでいるのか。


 マジ鬱陶しいな。


 だが、ここは様子見するしかない。


 今、あたしはこのサイコパス女に完全支配されている状況だ。


 この女はあたしの反応を見て面白がっている。


 買ってもらったオモチャを遊ぶ子供と同じで、飽きるまであたしをいじめるつもりだ。


 理由はわからない。


 蛆神様と関係があるのだけは何となく察したけど、どうして蛆神様とあたしに執着しているのか、その理由や経緯は不明だ。


 まずは『理由』を知るとこらから始めよう。


 あたしと蛆神様に執着している理由がわかれば、この絶望的な状況から脱出することができるかもしれない。


 そうあたしは考えた。



『間もなく電車が到着します。電車が到着します』



 間延びした車内アナウンスが頭の上で響いた後、電車が駅に到着した。


 自動ドアが開いた。


 どん。


 あたしと同じ制服の男子が、車内に転がって入ってきた。



「まったくおまえどこまでものろまなんだよ」



 転がって入ってきた男子の後に、金髪と茶髪の不良学生風の同級生らしき男子3人組がゾロゾロと車内に入ってきた。



「ほんとにのろまだなおまえは。のろまのかめかおまえは」



 不良学生が地面に寝転がってる男子に向かっていった。


 感情かったくこもってない、明らかな棒読みだった。


 不良学生の手には白い本が握られていた。


 3人とも白い本を手に持っている。

 

 3人のうち、2人は後ろに引っ込んでいて、その場で白い本を開いてはページを凝視している。


 そしてページをめくってはぶつぶつ何かを呟いていた。


 なに、あれ?


 台本?


 演劇かなにかだろうか。


 こんな電車の中でなにをしようとするの?



「おい立てよ。ノロマやろう」



 電車の自動ドアが閉まった。


 床に寝転がる男子学生が、膝を地面に立てて立ち上がろうとする。


 どん。


 立ちあがろうとする男子学生の顔面を不良が思いっきり蹴飛ばした。



「ひゃははははははー。みじめだなぁー………おまえ。ほんとうにお前みたいなやつ、しねばいいんだぁー」



 ちらっ。


 不良学生があたしを見てきた。


 え?

 なに?



「ほんとうにおまえみたいなやつ、いじめがいがあるなぁ。だれもおまえなんかたすけるわけないなぉー」



 ちらっ。


 また見てきた。


 なんなのさっきから。


 あたしに用?



「すごいいじめられてるねぇ、あの男子」



 ヒイロがあたしの腕をとって、くいくいっと引っ張ってきた。



「これは助けてあげなくちゃいけなーいんじゃない?」



 わざとらしい口調で、ヒイロが意味不明な煽りを仕掛けてきた。


 何言ってるの、こいつ。



「……あんた、あたしに何をやらせたいの?」


「決まってるでしょ? いじめっ子をあんたが助けてあげるのよ」



 ヒイロはいった。


 …うわぁ。


 えー。


 うそぉ。


 この最高の下手くそ演技の寸劇を見せつけられた上に、これに参加しろって。


 きっつ。しんど。



「この街の人間はさ、暇すぎたんだよね」



 ヒイロはあたしの前に立ち、あたしを見上げていった。



「暇な人ってさ、欲が深くなるんだよ。暇だからゲームしたり、暇だからセックスしたり、暇だから人殺しとかするの。暇だとさ、人間はロクデモなくなるんだよね」



 くるっと踵を返すと、先頭に立ついじめっ子まで歩み寄っていき、肩をポンと叩いた。


 いじめっ子男子の体がビクッと跳ね上がる。


 ひくひくと眉が痙攣し、唇の先から涎が垂れ落ちていく。



「暇じゃなくせばさ、世界は平和になるんだよ。蛆神にも構うこともできなくなるしさ。だから役割が必要なの」



 そういうと、ヒイロはあたしを指さした。



「ハツナはいじめっこを助けるカッコいいヒーローになるの。学校でその噂でもちきりになって、学校一のモテモテ女子になる。どう? 最高でしょ?」



 ふふんとヒイロは鼻を鳴らして得意げな表情を浮かべる。


 あたしはため息をついた。



「バカじゃないの、あんた」



 誰が茶番に付き合うか。


 お遊戯ごっこなら勝手にあんたたちでやってろ。


 あたしはヒイロを無視してスマホを取り出した。



「あれ? シカトするの? ハツナ」



 ヒイロがあたしに訊ねた。


 見りゃわかるだろ。無視してるんだよ。



「いいの? 無視して?」



 うるさいなぁ。


 どうせ、まスプレー吹き付けて強制脱糞させるつもりでしょ? 


 ワンパターンなんだよ。


 おあいにくさま。


 ここ数週間。


 ヒイロのおかげでお腹の中にうんちは溜まっていない。


 というか、溜まる前に無理やりうんちをさせられるから、溜まりようがないと言う方が正しい。いい気分はしないけど、おかげさまで毎日お通じがきている。

 

 腸液はもしかしたら出るかもしれない。そんなのどうでもいい。


 あたしにスプレーをかけても無駄だ。


 もうあたしの心は、あんたの嫌がらせなんかに折れることはないんだから。

 


「ふぅん。無視するんだ」



 プシュ。


 ヒイロがスプレー缶のトリガーを引いた。


 不良学生の顔面に向けて。



「う、うわぁあああああああああ!」



 ぶりぶりぶりぶり。


 不良学生のズボンが、泥水をかぶったように濃い茶色に染まっていく。


 それと同時に、鼻が曲がるような悪臭が車内に拡散した。



「あ、あんた!」


「なに? 自分が吹きかけられると思ったの? そんなワンパターンなことするわけないでしょ?」



 どろどろどろ。


 不良学生の股から堰を切ったように糞尿が垂れ落ちていく。


 あれ。


 おかしいぞ。


 あたしに吹きかけられる時はいつも数秒くらい経ったら脱糞が止まるのに、一向に止まる気配がない。


 それどころか。


 ズボンの股間を濡らす糞尿の色が、茶色から、急に赤色に変色し始めている。


 ──まさか、これ。


「い、いたい! いたいいいい!」


 天に向かって不良学生が悲鳴を上げた。


 臭いが普通じゃない。


 うまくいえないけど、糞尿の臭いとかじゃなくて、口の中に入ってくるような、強烈な臭いを発している。


 あたしは咄嗟にヒイロに振り返った。


 ヒイロがスプレーの噴出口を、いじめられていた男の子に向けた。



「このスプレーは対・蛆神用にカスタムチェーンナップした『排泄スプレー』なの。蛆神に守られたあんたや、蛆神の擁護を一度でも受けた人間は、このスプレーの煙を浴びれば、内臓に溜まった『老廃物』を強制的に排出することになるわ」



 どさっ。


 悲鳴を上げた不良学生は、膝を地面に落としてうつ伏せでその場に倒れた。


 倒れてもなお、不良学生の股から糞尿がちょろちょろと垂れ流れている。



「あんた…何がしたいの?」


 あたしは拳を強く固め、ヒイロを真っ直ぐ睨むように見つめた。


 ヒイロは冷めた眼差しであたしを見つめ返す。



「ハツナには『更生』してもらいたいの」


「更生?」


「そうだよ。蛆神なんてくだらない神なんかに頼ったせいで、あんたやこの街は腐ってしまったの」



 ヒイロはそういうと、にやっと唇の端を釣り上げた。



「あたしはあんたたちを救うために来たの。邪悪な神を信仰するあんたたちの性根を叩き直すためにね」


「……それがこの茶番だっていうの?」


「ひどいいいようだね。あんたの理想を詰め込んだ最高の脚本だよ。でもまぁ、たしかに」



 ちらっ。


 ヒイロはいじめられ役の男の子に目を向けた。


 いじめられ役の男の子が、怯えた眼差しでヒイロを見上げる。



「ひねりはないよねぇ。このままじゃ。予定変更して、この子たちには退場してもらおうか」


 プシュ。


 スプレー缶のトリガーをヒイロは絞った。


「て、てめぇ!」


 怒号と共に、あたしはヒイロに掴み掛かろうとした。


 ふざけるな! 自分都合で他人を巻き込みやがって、もう絶対に許さない!


 そう思った。


 ──しかし。


 状況が変わった。



「あ……ら?」



 ヒイロが目をむき、唖然となっている。


 いじられ役の男の子に、変化が起きなかった。


 スプレーの煙をもろに浴びたはずなのに、股間から大量の糞尿が排出されていない。



「え、なんで?」



 今まで、スプレー缶の煙を浴びて、強制排泄をしなかった人間はいなかったのかもしれない。


 想定外の出来事が起こったことで、ヒイロの表情が今まで見たことがないくらい動揺していた。


 いじめられ役の男の子が、その場から立ち上がった。



「う、うそ! どうして?」



 プシュ!


 プシュ!


 プシュ!


 3階連続でヒイロは男の子の顔面に煙をかける。


 しかし。


 男の子は何事もなく、冷めた眼差しでヒイロを見つめながら、ぼそっといった。



「小島の言うとおりだ。お前、何がしたいたいんだ?」



 男の子はヒイロに詰め寄ると、がっとヒイロのスプレー缶をもつ手首を掴んだ。


 あたしは目をむいた。


 この人、あたしのことを知っている?



「ひっ」


 ヒイロが悲鳴を上げた。


 

 うねうねうねうね。



 男の子の袖口から『触手』のような物体が左右にうねりながら伸びているのが見えた。


 あれは。


 まさか。


 嘘でしょ。


 あたし、知ってる。


 あの触手……まさか。



「そんな百均の霧吹きごときで『隠神様』を倒せるわけねぇんだよボケが」


「て、てめぇ!」


 激昂したヒイロが男の子に殴りかかろうとした。


 その瞬間。


 

 どんっ。



 ヒイロの体が電車の壁に激突した。



「ぎゃぁ!」



 壁に激突したヒイロが、床に膝をついて地面に蹲った。


 男の子右手が、手首から伸びた触手に覆われて、硬質なグローブのような形状に変化していた。

 


「神、なめんじゃねぇぞ」



 男の子はヒイロに向かってそう吐き捨てた。


 あたしは状況が飲み込めず、ただその場に馬鹿みたいに立ち尽くした。



To be continued….

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