第87話《害神駆除会社》-06-


 あたしの名前は小島ハツナ。

 地獄の拷問をどうにか耐えきり、なぜか死んだはずのおじいちゃんとテーブルを挟んで夕ご飯を食べることになった高校二年生だ。


「それで我慢してくれ」


 スーパーで買った店屋物のお寿司や揚げ物が、トレーに乗ったままでテーブルに並べられている。

 おじいちゃんがコップにビールを手酌するより前に、あたしはトレーに乗ったままのお寿司を食べ始めた。


「ハツナ、おかえり」


 口の中いっぱいにお寿司を頬張り、コップに入れたお水を口の中に流し込んでいる時に、おじいちゃんはいった。


「ただいま」


 口の中が空になったあたしはいった。

 あたしは店屋物を食べ続けた。

 おじいちゃんは黙ってあたしを見つめていた。


「おじいちゃん」


 テーブルにあった店屋物をあらかた食べ尽くしたあたしが、おじいちゃんに声をかけた。


「なんで生き返ってるの?」


 ストレートに質問をぶつけた。

 色々訊きたいことはたくさんある。

 でも、まず最初に聞いておきたいことが、なぜおじいちゃんが生きているのか。

 それが先に聞いておきたい。


「蛆神様だ」


 だろうな。

 そんなのわかっている。

 そうじゃなくて。


「誰がおじいちゃんを蘇らせてって願ったの?」


「だから、蛆神様だ」


 ……あのさぁ。

 わかっているよそんなこと。

 だから、蛆神様を使って、誰がおじいちゃんを蘇らせたのかって質問したんだよ。

 イラっとさせないでほしい。


「ハツナ。それが、蛆神様だ」


 ばきっ。


 割り箸が手の中で折れた。

 勘弁して。

 ほんとマジで。

 今のあたしは、怒りの導火線が通常の10倍短い。

 たとえおじいちゃんでも、これ以上ふざけたこと抜かしたらボコるよ。


「ハツナ。俺の話を聞け」


 おじいちゃんはあたしをじっと見つめた。


「俺を蘇らせたのは蛆神様だ。そして俺を生き返ってほしいとお願いしたのも蛆神様だ」


「どういうこと?」


「いいか。これからマジの話するぞ」


 おじいちゃんの声のトーンが低くゆっくりとなった。


「この数日……お前の身に起こったことすべては、【蛆神様】は何一つ『お願い』を叶えていないんだ」


 …………は?


「え? ちょっと待って。どういうこと?」


 一瞬、おじいちゃんのいっていることが理解ができなかった。

 なに? どういうこと?


「言った通りだ」


 おじいちゃんはいった。

 お前を襲ったニシ先輩の能力も。

 トモミのコイビトも。

 蛆神様が叶えた願いではない。


「すべて蛆神様以外の『何か』が叶えたことだ」


「ごめん。おじいちゃん」


 さっきからおじいちゃんがいってることが、まったくわからない。

 何かってなに?


「わからん。何かは『何か』だ。正体までわからん」


「そんな……蛆神様以外にそんなことできる奴いるの?」


「この国には数え切れない神様がいるんだ。蛆神様以外にも、人の願いを叶える神様はいるのは間違いない」


「じゃ、あたしが221回も高校生ループしたのも、その『何か』のせい?」


「いや、そこは蛆神様だ」


 どっちだよ、おい。


「お前の人生を211回ループさせたのは蛆神様だ。しかし、それはお前に『助けてもらいたい』から、蛆神様がやったことだ」


「どうして、あたしなの?」


 おじいちゃんは言い澱み、目線を落としてため息をついた。

 なに? そのリアクション。

 何か思い当たる節でもあるの?


「俺のせいだ」


 おじいちゃんはいった。


「俺がお前に昔、蛆神様の祠の前で願ったこと……《蛆神様がハツナの味方になりますように》あれが原因だ」


「どういう意味?」


「無限ループする世界で、お前はこの世界に来る前まで、記憶を保持したままループしていた。つまり、お前と蛆神様以外は、毎回記憶がリセットしてた。ということだ」


 だから、なんなの?


「お前の味方が蛆神様であると同時に、蛆神様の味方は『お前』だけということになるんだよ」


 …………えーと。

 つまり。


「蛆神様は、あたしを頼っているってこと?」


「そうだ。蛆神様は自分を脅かす『何か』を排除してもらいたいから、お前を211回ループさせている」


「……あいつらのせいだよね」


「あいつら?」


「あのマヂキチクソ女たちのことだよ」


 聞かなくてもわかるはずた。

 害神駆除会社と名乗るあの集団。

 あいつらが、あたしたちの敵で。

 そして、あたしを211回ループさせた張本人だ。

 少なくとも、あたしはそう思っている。


「ハツナ。落ち着け」


「落ち着いてる。あたしはすごく落ち着いてるよ」


 これまで起きたことの終着点。

 それが見えてきた。

 あの連中を一人残らず斃すこと。

 蛆神様が納得するカタチで斃せば、ループは解除される。

 絶対に斃してやる。

 そうあたしは心の中で固く誓った。


「ハツナ」


 おじいちゃんが、まっすぐあたしを見つめた。


「大丈夫。おじいちゃん。あたしわかってる。あいつらを斃すことを。絶対にやってみせるよ」


「いや、言い忘れていたことがあるんだ」


「え、なに?」


「この部屋、この町全体、奴らの監視下にある。だから、その……あんまり無用な発言はせんほーがいいぞ」


 ぞわっと鳥肌が立った。

 気配がした。

 この一瞬で。


 あたしは背後を振り向いた。


 にんまりと笑ったヒイロが、そこに立っていた。


「おじゃましーす」


 あたしの顔面に、スプレーの煙がかかった。


「食事中……だぞ。まったく」


 じいちゃんの声が聞こえた。


 その晩、あたしの心は死んだ。


続く。

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