第86話《害神駆除会社》-05-


 あたしの名前は小島ハツナ。

 害神駆除会社と名乗る謎の組織に拉致され、外国のスパイも裸足で逃げ出しそうな超絶ハードな拷問をかけられまくっていた高校一年生だ。


「君が小島ハツナくんか」


 黒檀机に肘を乗せる白髪の老人が、あたしをまっすぐ見つめた。

 日本人じゃない。

 顔の堀が深く、鼻が高い。岩に切れ込みを入れたみたいにシワが深い。ぎょろっとした二つの青い眼の目ヂカラがやたら強く、ずっと見つめられるとぶるっも寒気が走ってしまう迫力がある。

 どこの国出身かわからないけど、見るからに欧米人だというのだけははっきりとわかった。


「私はジェームス。ジェームス・リンカーン。ジミーと呼んでくれ」


 流暢な日本語でジミーと名乗った老人はあたしに言った。

 今、あたしは病院で患者が着るような薄っぺらいワンピース型の患者着を着させられている。

 拷問部屋で気絶していたあたしに、ヒイロが服を投げ渡して無理やりあたしに着替えさせた。

 何も説明せず、無理やり部屋に連れてこられ、ジミーと面会しているのが今だ。

 この欧米人のおじいちゃん。

 一体、誰なんだ?


「私のことをヒイロから聞いてないか?」


 聞いてません。

 あたしは正直に答えた。


「そうか。それはすまない。社員の教育不足だ」


 ジミーは立ち上がり、あたしに歩み寄った。


「かけたまえ」


 部屋の壁際にある高級そうな椅子に向けて、ジミーは手を差し伸ばした。

 あたしはいわれるがままに、椅子に腰を下ろした。

 やわらかい。

 めちゃくちゃふかふかだ。

 久しぶりのふかふかの椅子に座って、体が一瞬びっくりした。


「ウジガミをどう思う?」


 唐突にジミーがあたしに訊いた。

 どう? っていわれても……質問の意図がわからない。

 

「『神』だと思うかね?」


 ジミーが質問をかぶせてきた。

 神様……といえば神様だと思う。人間の価値観や常識が完全に麻痺させる超常現象をばんばん引き起こすし。

 ただ、いい神様かと聞かれたら、そうじゃないと思う。

 一部の例外を除けば、お願いごとを叶える時はいつも的外れでめちゃくちゃだし。

 しかも、所構わず人間の欲望叶えまくるものだから、ナチュラルに人の常識とか価値観がねじれにねじれて、巻き込まれている人たちみんなが頭がおかしくなっている始末だ。

 正直、はた迷惑な神様だ。

 あたしはそう思っている。


「なるほど。正直な意見、ありがとう」


 ふふっとジミーは柔和な笑みを浮かべた。


「我々も君と同意見だ。いや、少し違うか。ウジガミは、神は神でも由緒正しき神だと違う神だと我々は考えている」


 というと?


「ひと口にいえば、『邪神』だよ」


 ジミーは断言した。

 邪神……。

 たしかに、そう見られてもおかしくないかも。


「しかも、ウジガミは謎に満ちている。奴が何者でどこから現れたのか誰もわかっていない。ただ確かなのは、奴は『やりすぎた』ということだ」


 ジミーは前のめりの姿勢になって、あたしの顔を正面から覗き込んだ。


「神とは……人間の心の支えであり、また戒めとして存在しなくてはならない。けっして、人間の生活に介入するべきではない。わかるかね?」


 うん。そうだね。わかる。

 介入しまくりだよね、蛆神様。


「我々は決して自らの価値観を押し付けるために、土地の神を殺しに現れたわけではない。この町の人間たちの実情を目の当たりにし、神殺しを決行したのだ」


「神殺し?」


「そうだ。人に害する神を殺すために、我が『害神駆除会社』は設立された。人間世界の秩序を守るために」


 ジミーは黒檀机から降りると、あたしの座る椅子に歩み寄り、跪いた。


「君に危害を加えたのは申し訳ない。心から謝るよ。君がウジガミにどこまで侵食されたのか確かめる必要があったからね。君がウジガミに侵食されてないことが確かめられたことに、本当に安心したよ」


 柔和な笑みを浮かべ、ジミーがあたしの手を取った。

 なんだろ。

 不思議。

 ジミーはあたしを何時間も監禁した上に、拷問までしてきた組織のボスだから、あたしにとっては憎しみの対象のはずだ。

 それなのに、ジミーの笑顔を見た時から、ちょっと許してもいいかなって気持ちにさせられている。


「我々は君の味方だ。ウジガミを殺すために、協力してはくれないか?」


「……トモミはどうしたんですか?」


 ジミーの笑顔が止まった。


「トモミ?」


「あたしの友達です」


 おじいちゃんの家で、ヒイロがあたしに携帯電話でトモミの声を聞かされた。

 トモミはどこかに監禁されて、今のあたしと同じように拷問をかけられている。そんな様子だった。


「トモミを解放してくれないなら、協力はしません」


 それが条件です。

 あたしはジミーにそういった。

 ちょっと前まで、トモミはあたしや真知子、お母さんを『コイ人』を使って殺そうとしたことがあるけど、それは誰かに操られたからやってしまった過ちだ。

 親友を解放しない限り、あたしはジミーのことを信用する気はさらさらない。ヒイロのこともあるし、尚更だ。


「なるほど。わかった」


 ジミーがにこりと微笑んだ。


「約束しよう。トモミを解放するよ」


 ジミーは立ち上がり、黒檀机に置いてある内線電話の受話器を手に取った。


「私だ。トモミを解放してくれ」


 ジミーはそういうと、受話器を置いた。


「ハツナくん。約束は果たした。今度はそちらの番だ」


「……何をすればいいんですか?」


 あたしは訊いた。

 ジミーは人差し指を天井に向けて、いった。


「いつも通りの君でいてくれ」


「いつも通り?」


「そうだ。我々の見解では、いつも通りの君の生活に、ウジガミが介入してくると推測している。ウジガミが君の生活に介入したところで、我々が……」


 ぱんっ。


 ジミーが拳で掌を叩いた。


「一件落着だ。ウジガミを殺すために、君の協力が必要だ。頼めるか?」


 あたしは口を開け、何か言おうとしたが、すぐに閉じた。

 それでいいのか。

 蛆神様を殺すことは正しいことなのか。

 わからない。

 たしかに蛆神様はいつも迷惑をかける困った神様だ。けど、それと同時に、蛆神様のおかげで助けられたことはたくさんある。

 だが、しかし。

 そもそもあたしや周りの人たちが酷い目にあってある原因も、蛆神様のおかげだったりする。

 122回の回数でループさせられたり、電車にはねられても死なないバケモノの体になったのも、全部、蛆神様が原因だ。

 思い返せば、蛆神様がいて困ったことはたくさんあっても、よかったことは指で数えるくらいしかない。

 死んだ方がいいのかか? 蛆神様は。

 と、ちょこっとだけ脳裏をよぎったりもしたが、すぐにあたしはその考えを打ち消した。

 問題は、蛆神様を殺すとか殺さないことを決めることじゃない。

 この連中。

 害神駆除会社を信用していいのか。

 そこに尽きる。

 親友のトモミとあたしを拉致し、何日も監禁した上に拷問までかけてきた連中たちのいうことを信じるべきか。

 ……。

 いや。

 ダメだ。信用できない。

 どんなに口で取り繕っても、こいつらがやった行いは許されることじゃない。やり方は他にもたくさんあったはずだ。

 それにこのじいさん。

 あたしに何かを隠している。

 目的は蛆神様を殺すとかいってるけど、どうしてこの連中が蛆神様を殺そうとしてるのか。

 100パーセント、善意のボランティア活動じゃないことはわかる。

 なにか裏があるはずだ。

 でなければ、ニセ真知子を使ってあたしを隠神村から連れ戻したり、死んだはずのおじいちゃんを蘇らせることとかしないはずだ。(どうやっておじいちゃんが生き返ったのか方法ははわからないけど)

 とにかく。

 あたしは信用しない。

 このじいさんも、ヒイロも。

 そうあたしは心の中で結論づけた。

 だけど、本音をいえばあの拷問地獄から抜け出したい。いい加減、謎の質問と水責めを食らうのは耐えられない。

 とりあえず、この場は信用したフリをするのが得策だ。


「わかりました。協力します」


「本当かね」


 ジミーは椅子に座り、ふーっと息を吐いた。


「よかった。ありがとう。君の協力に感謝する」


 こんこん。


 扉をノックする音が聞こえた。


「失礼しまーす。トモミ連れてきましたー」


 甲高い聞き覚えのある女の声が聞こえた。

 耳に届いた瞬間、全身から鳥肌と殺意が湧いた。


「ヒイロ……」


「とりあえずジミーに言われた通り、『トモミ』連れてきたんだけどさー、どうするの?」


 あたしの中でぶっちぎりでボコボコにしたい同世代の金髪ポニーテール女が、ずかずかと部屋の中に入ってきた。


 ぎぎぎぎ。


 錆びついた金属が擦れ合う音が室内に響く。


 え。

 これ、なんの音?


「うぃーんうぃーんうぃーん。ハジメマシテ。トモミ、デス」


 ヒイロの後を追いかけるように、何か人型の物体が部屋の中に入ってきた。

 ゼンマイ仕掛けが丸見えの内臓。

 グリグリ動く眼球。

 むき出しの歯茎。

 足の代わりにつけられた四輪。


 誰?


 いや。

 

 なにこれ?


「『トモミ』だ。我々が五年前あたりに開発したゼンマイ仕掛けのアンドロイドだ。解放するって約束しただろ?」


 ジミーに振り返ると、ニコニコと微笑んでこちらを見つめている。


「ハツナも変わってるねー。こんな骨董品みたいなガラクタ人形がほしーって」

 

 ヒイロが謎のガラクタ人形の肩に手を置いた。

 

 ばきぼきばき。


 音を立てて、ガラクタが床に崩れ落ちた。

 あたしの足元に、見たこともない謎の金属部品やパーツが転がってきた。

 勝手に深いため息があたしの口から吐き出た。

 もうやだ。

 こんなパターンばっか……。


「あ、やっべ。壊れた。どうする? トモミ修理する?」


 しねーよ。

 あたしは心の中でつぶやいた。


続く

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