第85話《害神駆除業者》-04-


 あたしの名前は小島ハツナ。

 大勢の大人がいる目の前で素っ裸をさらされて、羞恥心を通り越して心が死んでいる高校一年生だ。


「君の願いごとはなんだ?」


 四方を打ちっ放しのコンクリ壁に囲まれた部屋。

 白衣姿の大人たちが、壁を背にして立っている。

 大人たちは全員で五人くらい。みんなガスマスクみたいな被り物をつけていて、顔はわからない。

 ガスマスクをつけた大人たちに、裸のあたしは取り囲まれている。そんな構図だ。

 あたしの体は、床から伸びた短い鎖によって縛られている。

 首。

 手首。

 合計三ヶ所を繋がれている。

 極端に鎖が短いせいで、身動きがほとんどとれない。強制的に四つん這いの姿勢にさせられて、腰や首が辛くて仕方がない。


「家に帰してください」


 あたしは答えた。

 白衣姿の大人たちが脇に抱えたボードに、ボールペンでなにかを書き込んだ。

 五度目。

 同じ質問が五度目だ。

 願いはなんだ?

 家に帰りたい。その一択だよ。


 ブー。


 天井に設置されたパトランブのブザーが鳴った。

 消火ホースを持った大人が、あたしの前に立った。

 

 ずぱっ!


 顔面に直撃。

 息ができないほど強烈な水圧で、あたしの顔面と全身に水が容赦なくぶっかけられた。


「出ないな」


 抑揚のない声のトーンで、大人はいった。


「条件は満たされているはずだ。それなのに出ない。なぜだ」


 水が止んだ。

 鼻と口、目に思いっきり水が入って、激しくむせこんだ。

 むせこみながら、あたしは顔を上げる。

 

 ずぱっ!


 顔面に直撃した。


「ウジガミ。その娘は『願い』を伝えた。なぜ無視する? それとも、まだ『害神殺し』を浴びたいか?」


 水が止んだ。


 おえっ。


 お腹に溜まった水を口から吐いた。

 こいつら。

 さっきから何がしたいの?

 部屋に閉じ込めた上に鎖で繋いで、意味不明な質問をした上に水責めするとか。

 まったく理解できない。

 どうしろっていうの? あたしに。


「もう一度聞く。君の願いはなんだ?」


 さっきからずっといってる。

 家に帰して。


 ブー。


 天井に設置されたパトランブのブザーが鳴った。

 消火ホースを持った大人が、あたしの前に立った。


「非効率だねー」


 突然、聞き覚えのある声が聞こえた。

 キーの高い、女の子の声。

 鼓膜にその声が入った瞬間、あたしの中の真っ黒い感情が湧き上がった。


「ヒイロ……」


 ふっと湧いた出てきたように、大人たちに紛れて突然あいつが姿を現した。

 セーラー服姿の金髪ポニーテール。

 斎賀ヒイロ。


「元気そーじゃん、ハツナ。まだまだヨユーって感じ?」


 にたぁっとヒイロは白い歯を見せて笑う。

 顔面に貼り付けたかのようなあの嫌味ったらしい笑顔。

 本気の本気で。

 ぶん殴りたくなった。


「ダメじゃん。『害神殺し』がまったく効いてないじゃん。なんで効いてないの?」


 ヒイロがガスマスクの大人たちに目を向ける。

 ガスマスクの大人たちは、肩をすくめた。


「濃度を六〇パーセント薄めているのが原因かと」


「なんでそんな薄いの?」


「予算の都合上、我々が使用できる『害神殺し』には限りがあるので」


「それに、濃度が高いと媒介者のその娘が死ぬ可能性があります」


「死なないよ? だって蛆神様が守ってくれるんでしゃ?」


 ヒイロの腰元には、銀色のスプレー缶がぶら下がっている。

 スプレー缶の表面には『Herbicide』と印字されていた。


「ですが、万が一死んでしまったら元も子もありません」


「こちらとしては、ウジガミを出現させてから始末する方法が最良と考えています」


「ウジガミを出現させるために、その娘に『願いごと』をいわせてるのですが……なかなか」


「マニュアルではすぐに出てくると書いていたのですが、なぜか出ないのです」


「蛆神様出てこない?」


 ヒイロが小首をかしげ、ちらっとあたしを見る。


「うんともすんとも。小島ハツナが願いごとをいっても、何も起こらないのです」


「ふーん」


 ヒイロは鼻をこりこり掻く。

 刹那。

 腰に下げていたスプレーを抜いた。

 え。

 え?

 え!

 ちょ! マジか! うわっ!


 プシュッ。


「うんこは出るのにねー」


 お腹が痛い。

 雑巾を絞るみたいに、腸や胃がぎゅうと萎縮しているのがわかる。

 もう出すものなんてないのに、お尻の穴から無理やりひねり出される感覚。声にならない悲鳴を上げて、あたしはもだえ苦しんだ。

 いっそ、マジで。

 殺してほしい。

 そう思った。


「ねーねー! ハツナぁー。ハツナさぁー! うんこじゃなくて蛆神様出してほしいんだけど? どうしたら出してくれるの?」


 うるさい。

 あたしに話しかけるな。

 うう。

 お腹超痛い。ちくしょう。


「このプログラムで『害神』が出現する確率は、99.99パーセントのはずです。ですが、今回に限っては」


「まったく出てこない。うんこは出るのに害神出てこない」


 ヒイロは腕を組んで、うーんと唸る。


「なにが原因? うんこは出てもハツナがウジガミ出せないの?」


「わかりません。ウジガミがうんこだったら出ていたかも」


「あー、そうだね。ウジガミがうんこだったらハツナのお尻から出ていたのにね。ねぇ、ハツナ。なんでウジガミはうんこじゃないの?」


 あたしは無視した。

 こいつらの意味不明な会話に付き合うつもりはない。

 殺すなら殺せ。

 その代わり、あたしが死んだらあんたら全員絶対呪い殺してやるから覚悟しろ。


「ハツナー、ハツナー? ハッツッツナァー?」


 がんっ


 顔面が地面と激突した。

 ヒイロが、あたしの首根っこを掴んで、床に叩き落とした。


「シカトしないでくれるー? 超ムカつくからさぁー?」


 ヒイロはごりごりとあたしの顔面を地面に押し付ける。

 出るわけがない。

 蛆神様が願いごとを叶える条件として、蛆神様の『ポスター』が近くにないとダメだ。そのことを、この連中は知らない様子だ。

 もっとも、一度願いを叶えた人間の願いは、二度も叶えられない。

 その情報を教えたところで、こいつらはあたしを解放してくれるのか?

 たぶん、しないと思う。


「あたしは親友としてあんたから蛆神様を救おうとしてるんだよ? それなのにシカトするとかどういうこと? ねー? 教えて? どういうこと?」


 がんっ


 がんっ


 がんっ


 三回。ヒイロがあたしの額を床に叩き落とした。

 こいつ。

 調子乗りやがって……。

 めちゃくちゃ痛いってーの。


「なにその目……ムカつくんだけど」


 ぼそっと低い声色でヒイロがつぶやいた。

 表情が消えている。

 汚いものを見るような、蔑んだ眼差しでヒイロがあたしを見下している。


「もういい。こいつ殺す」


 ざわっと周りの大人が騒然となった。

 おもむろにヒイロが右手を上げる。


 ばきっ


 突然、ヒイロの右手が縦に割れた。

 割れた右手を見て、あたしはギョッとなった。

 機械だ。

 ボルトやらネジやら、謎の金属のパーツがヒイロの割れた右手の中にうごうごとひしめいている。


 かりかりかり。


 金属が噛み合ってせり上がってくる音がした。

 ヒイロの割れた右手の手首あたりから、『ナイフ』が顔を出した。


「最後に聞くよ。ハツナ。あんたの願いはなに?」


 あたしは答えた。


「家に帰して」


 ビー。


 ブザーが鳴った。

 さっきとは種類の違う、甲高い音のブザーだ。

 ちっ。

 あからさまにヒイロは舌打ちした。

 あたしの首根っこから手を離し、立ち上がった。

 すーっと深呼吸をする。

 にたぁっと白い歯を出して、あたしに振り向いた。


「『社長』が呼んでる。今日のプログラムは終わりだねー」


 ヒイロの割れた右手が音を立てて戻った。

 鼻歌交じりにガスマスクの大人たちの元に歩み寄り、もう一度あたしに振り返って手を振った。


「あのさ、これ何回やる予定だっけ?」


「5回目です」


「おっけー、あと追加で9995回よろしくー」


 ふっとヒイロが姿を消した。


 え。

 

 今さっき、あいつなんて言った?

 9995回?


「小島ハツナ。君の願いはなんだ」


 ガスマスクの大人たちは質問した。

 あたしは答えた。


 ブー。


 天井に設置されたパトランブのブザーが鳴った。

 消火ホースを持った大人が、あたしの前に立った。

 八回目の質問を答える前に、あたしの意識は消えた。

 

-続く-

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