第84話《害神駆除業者》-03-

 あたしの名前は小島ハツナ。

 人前で大便を漏らして、人としての尊厳が砂山のごとく崩れてしまった高校一年生だ。

 無意識。

 というか。

 意識が飛んだとうべきか。

 ぶっちゃけ、どういう流れであたしは今風呂場でシャワーを浴びているのかほとんど記憶がない。

 あれ?

 なにしてるんだっけ、あたし。

 昨年リノベーションしたばかりのおじいちゃんの家の風呂場を出てから、ようかく我に返った。

 ああ。

 そうだった。

 あたし人前でうんこ漏らしたんだっけ。

 おじいちゃんの家の庭で。

 高校生になって。

 ぶりぶりぶりって音を出して。

 うんこ漏らしたんだ。

 それで、シャワー浴びていたんだ。今。

 ……ああ。

 きっつ。

 あたしは顔を両手で覆った。

 穴があったら入りたいとかそんなレベルじゃない。

 人生終わった。マジで。

 そう思った。

 いっそ殺してほしい。

 こんな恥をさらして生きるぐらいなら、頭かち割って殺してもらえるとどれだけ楽か。

 ちくしょう。

 あたしは腹の中で悪態をつき、タオルで体を拭きながら洗面所の鏡を覗いた。

 シャワーの湿気のせいで、鏡が曇っている。

 手で曇った湿気を拭き取った。

 鏡に、ヒイロが映っていた。

 あたしは悲鳴を上げた。


「大げさだなー、ハツナは」


 ニタニタとヒイロは白い歯を見せてこちらに歩み寄ってくる。

 来るな! 変態!

 あたしに近づくな!

 やや叫び声に近い声出して、あたしはヒイロを威嚇する。


「えー? うんこ漏らしたのハツナじゃん。なんかあたしのセイにするのひどくなーい?」


 あたしは胸をバスタオルで隠しながら、壁を背にして立った。

 こいつ。

 なんなんだ?

 得体が知れなさすぎる。


「たかが、うんこ漏らしたんだけじゃん。そんな凹むことないって」


「あんた何者なの? どうしてあたしを付け狙うの?」


「だーかーらー、いってるじゃん。アタシはハツナの親友なんだって」


「ふざけんな!」


 あたしはヒイロの胸ぐらに掴みかかった。

 すると。


「ハ……ツナ」


 声が聞こえた。

 この声、トモミ?

 あたしは顔を上げてトモミの声を探した。

 声は、ヒイロの右手に持っているスマホから聞こえた。


「トモミ!」


 あたしはヒイロからスマホを奪いとった。


「助けて……ハツナ」


「トモミ! 今どこにいるの?」


「わかんない……わかんないよ」


 ぶっ、と音を出して通話が切れた。

 ディスプレイを見ると、バッテリーゼロの表示がされている。


「トモミをどこにやった?」


「どこだと思う?」


 質問を質問で返すな!


「おー! ブチギレだねーハツナ。でも、ブチギレのハツナ、嫌いじゃないよ?」


 プシュ。

 顔に何か吹きかけられた。

 瞬間。

 世界が落ちた。ように見えた。

 膝が勝手に折れて、床に尻餅をついていた。

 ちょろちょろちょろ。

 股間が濡れていることに気づく。

 つんと鼻につく臭いが洗面所に漂った。


「これね。殺虫剤を害神用に改造した優れものなの。あたしらのカイシャじゃ『害神殺し』とか呼んでるんだよ」


「あたしに……なにをしたの?」


「ハツナの体は蛆虫に支配されてるからねー、ほんの少量吹きかけただけで筋肉が弛緩しちゃう体になってるの。ゆるゆるボディーのゆるゆるちゃん! お股もゆるゆるのハツナちゃん!」


 へらへらとヒイロはいやらしい笑みを浮かべる。

 大の次は小。

 今日はトイレ以外で排泄物をぶちまけるのは、これで二度目になる。

 ダメだ。

 立ち上がれない。

 いや、それ以前に。

 体を動かすことができない。

 手足に力を入れようとしても、ぴくりとも動かせる気配がない。

 口も閉じることができず、開けっ放しでよだれがだらだらと溢れでていく。

 初めてだ。

 こんなこと。

 まるで、他人の体に自分の意識をそのまま移動させたかのような、そんな気分になる。


「あーらら、効きすぎた?」


 ヒイロがあたしの顔に手を添え、親指で瞼を広げた。


「んー、おーけー! これなら大丈夫だね」


 そういった瞬間。

 足。

 が見えた。

 鼻の軟骨がばきばき折れる衝撃と同時に、あたしの後頭部は壁にめり込んだ。

 

「きゃはははは! フルボッコしほうだい!」


 ヒイロの甲高い笑い声が響いた。

 足。

 足。

 足。

 足。

 あたしの顔と腹と胸あたりをまんべ?なくランダムにヒイロは蹴り飛ばした。

 当たり前だが、痛い。

 痛いが、何もできない。

 抵抗することも叫ぶこともできず、ただサンドバッグのように一方的な蹴りの攻撃を受け続ける。


「どうしたの? 蛆神様を出さないと死んじゃうよ? ほらほらほらほら!」


「何してくれてんだクソガキ!」


 おじいちゃんの怒声が家中に響いた。


「えー? スーパーリンチごっこですけどなにか?」


「寝ぼけたこと抜かすなボケナス! 限度ってもんがあるだろうが!」


 床に倒れ伏せるあたしは、顔を上げることができず、声を聞こうと耳に集中した。


「んー? タカノリ強気だね? めっちゃ強気じゃん。いいの? アタシに強気の態度とっちゃって」


「俺にも我慢の限界ってもんがある。てめぇらが俺の『家族』を人質にとらなけれび、この場でぶっ殺してやるところだ」


 え。

 家族を人質?

 おじいちゃん、今そういったの?


「人質なんて人聞き悪いなぁ。『再教育』してるだけじゃん。害神に心汚されたみんなの心を、うちらが行政のサービスでやってるだけだって」


「やかましい! 何がサービスだ! ふざけるのもいい加減にしろ!」


「ふざけてるのはあんたたちでしょ」


 ヒイロの声のトーンが一段落ちた。


「なんでも叶える御都合主義の害神に頼って、倫理や常識を無茶苦茶にしたまま放置してるなんて、冗談以外に何があるの? あんたたちも自覚はあるはずよ。自分たちが狂ってる存在だって」


 腰を落としたヒイロが、動かないあたしの顔を覗いた。


「ハツナ。安心して。これからあんたはアタシたちの『再教育プログラム』を受けることになるよ。明日から楽しみだね!」


 にたぁっと白い歯をヒイロが見せる。

 刹那。

 衝撃と共に、あたしの意識が途絶えた。


 続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る