第83話《害神駆除業者》-02-

 あたしの名前は小島ハツナ。

 死んだはずのおじいちゃんに逢うことができて感動したのもつかの間、想像すらしたことのなかった壮絶な醜態をさらすことになり、プライドがずたずたになった高校一年生だ。


「すごいハツナ! いっぱい出たね!」


 生まれて初めて、人前で脱糞をしている。

 しかも。

 よりにもよって、おじいちゃんの家の庭で、だ。

 出る。

 我慢しようとしても、尻の穴から次から次へと固い感触が出てくる。

 腰に力が入らず、お腹の中の物が遠慮なくあたしのショーツにたまっていく。

 無だ。

 感情がゼロになったというか。

 思考が完全に停止したまま、あたしは庭にへたり込む。

 その様子を見て、あたしの目の前に立つ女が手を叩いて喜んでいる。

 すべてはこの女。

 あたしの前で、あたしが脱糞する恥辱を指差して高笑いするこの変態女『斎賀ヒイロ』のせいだ。

 どうしてこうなったのか。

 三〇分前。

 あたしは庭の縁側に座るおじいちゃんに、まくしたてるように質問を浴びせていた。


「っていうか、なんで生きてるの?」


「悪いか? 生きてちゃ」


 おじいちゃんは、堂々と聞き返した。

 質問を質問で返さないでほしい。

 いや、そもそも悪いとか悪くないとか、そういう問題じゃなくて……。

 あたしの記憶が間違ってなければ。

 たしか、おじいちゃんは。

 死んだはずだ。

 これまでが色々ありすぎてすっかり忘れちゃってたけど、おじいちゃんは心不全でつい最近お葬式を挙げたばかりだ。

 それなのに。

 普通に生きてる。

 まるで、死んだことがなかったことになっている。

 どういうことなの? 一体。


「そりゃ原因はあれだろ。【蛆神様】じゃないか?」


 おじいちゃんはいった。

 やっぱりそうか。

 でも。


「おじいちゃんがお願いしたの?」


「バカヤロウ。死んだ俺がどうやって生き返らせてくれっていうんだ。ドラゴ○ボールでもやってないぞ、そんなこと」


 おじいちゃん。

 なにそれ、ドラゴ○ボールって。

 あ、待って。

 説明しなくていいから。

 なんか長くなりそうだし、たぶん、あたし興味ないから。


「つまり、誰かがおじいちゃんを蘇らせたってこと?」


「まぁそういうことになるな」


 おじいちゃんは胸ポケットから取り出したタバコを咥えて、ライターで火をつけた。


「おじいちゃん、あたしね」


 あたしはおじいちゃんに、頭で考えたことを話そうとした。

 さっきあたしを連れてきてくれた刑部真知子と名乗るあの人。

 ひょっとしたら偽者かもしれなくて、おじいちゃんを生き返らせた張本人かもしれない。

 どうしてなのか理由まではわからない。

 ただ、なにかよからぬことを企んでいる。なんとなく、そんな気がしてならない。

 そう、おじいちゃんに言おうとあたしは口を開いた。


「ハツナ! ハツナじゃん!」


 甲高い女の子の声が、鼓膜にぶつかった。

 うるさ!

 誰?

 声が響いた玄関先に振り返ると、セーラー服姿の金髪ポニーテールの女の子が、あたしに指を差していた。


「なに? 超元気そうじゃん! ヒッキーから卒業した感じ?」


 金髪ポニーテールが、ずかずかとあたしに歩み寄ると、いきなりばしばしと背中を叩きはじめた。

 え?

 なに?

 誰?

 つか、痛いんだけど。

 やめろって。


「ちょ、やめて!」


「ん? もっと? もっと? もっとやってて? おっけおっけ!」


 ばしばしと金髪ポニーテールが何度もあたしの背中を叩きまくる。

 肺に衝撃が入って咳が出た。

 叩くリズムが、徐々に早くなってくる。

 苦しい。

 痛いとか超えて、呼吸ができなくなってきた。

 こいつ。

 いい加減にしろ。


「ふざけんな!」


 あたしは金髪ポニーテールの手を掴んだ。

 にぃっと、金髪ポニーテールが不気味な笑みを浮かべた。

 ぞっと、寒気が走る。

 咄嗟にあたしは手を離した。


「ヒイロ。俺の孫をいじめるな」


「いじめてないよ? スキンシップだよ? なにいってるのタカノリ」


 ヒイロと呼ばれた金髪ポニーテールは、小首を傾げておじいちゃんを見つめる。

 おじいちゃんはヒイロひ背中を向けて、紫煙を口から吐いた。


「お、おじいちゃん。この子誰?」


「ええ? え? え? う? ん? お? ハツナ? それマジでいってる?」


 ヒイロがあたしの顔を覗いた。

 近い近い近い。

 顔近いって!


「お前の親友の斎賀ヒイロだ」


 おじいちゃんはこっちに振り向かず、ぼそりとつぶやいた。

 親友?

 なにいってるの?

 初めて会ったんだけど、あたし。


「ごめん。あなたのこと知らないんだけど」


「いやいやいやいや! それはないしょ! あれかな? 今巷で流行ってる『記憶喪失ごっこ』的なあれかな?」


 ヒイロは人差し指を自分のこめかみに押し当ると、「ぷしゅー!」と自分で効果音をつけて、銃を撃つような真似をした。

 くくく。

 突然、ヒイロが吹き出す。


「きゃはははは!」


 膝を叩いて唐突に爆笑。

 こわい。

 うざいを通り越して、恐怖しか感じない。

 頭のネジが二、三本どころ外れてるどころの騒ぎじゃない。

 こいつ。

 やばい。

 やばすぎる。


「ハツナ。友達が来たんだから、遊びに行ってこい」


 おじいちゃん⁉︎

 あたしは目をむいておじいちゃんに振り返った。

 え、待って待って。

 どういうこと?

 なんであたしが?


「そーだよ、ハツナ! あそぼあそぼ!」


 無理無理無理無駄!

 絶対無理!

 こんな意味不明な奴と二人っきりとか絶対無理!


「あの、あたし体調悪いからまた今度で……」


「体調悪いの? なんでなんで?」


 お前がいるからだよ。

 と、あたしは心の中でごちた。


「んー、そっかー! わかった! それなら治すしかないね!」


 ヒイロはそういうと、セーラー服の胸ポケットからスマホを取り出し、どこかに電話をかけた。


「もしもし? ヒイロだよー! ハツナの元親友の大原トモミちゃんまだ生きてる?」


 びくっと身が震えた。

 こいつ。

 はっきりとトモミの名前を出した。

 しかも、まだ生きてる? って。

 なんなの?

 なにを確認したの?


「トモミちゃんが変わりたいって」


 ヒイロがあたしにスマホを手渡した。

 あたしはスマホを取って、受話器部分に耳を当てた。


「は、ハツナ……」


 トモミの声が聞こえた。


「トモミ⁉︎ どうしたの⁉︎」


「助けて……あたし、死にたくない……」


 めきめきめきめき。

 電話越しから、不吉な破壊音が聞こえた。

 トモミの悲鳴で、音声が割れた。

 通話が切れた。

 あたしはヒイロの胸倉を掴んだ。


「トモミに何したの?」


「え? わかんない。だってゴーモンしてるの『ガイチュー』だし」


「ガイチュー?」


「そ! うちの『カイシャ』がよく発注してるの。あいつら【害神使い】には容赦ないから、どれくらいもつかなぁ」


「……トモミに手を出すなクソ女」


 あたしはヒイロの首を両手で掴んだ。

 心臓からつま先にかけて、感情が走る。

 全身の皮膚が沸騰するかのような『怒り』が、あたしの頭の中を支配した。

 殺してやる。

 手の甲に、蛆神様のマークが浮き上がり、指先から無数の蛆が湧き出てきた。


「親友に向かってひどくなーい?」


 ヒイロは冷静な口調でいった。

 瞬間。

 ぷしゅ。

 顔に何かを吹きかけられた。

 激痛が顔に走り、思わずあたしは手を離した。


「ハツナァ。ハツナのよくないところそのイチだよー? 無闇やたらに【蛆神】に頼りすぎだってぇ」


 その場であたしは膝をついた。

 目眩がする。

 世界がぐるぐる回る。

 立ってられない。

 気持ち悪い。

 まずい。

 これ、吐くパターンだ。

 そう感じた瞬間。

 ぶりりり。

 お尻から太ももにかけて、生暖かい感触が滴った。

 うそでしょ。

 まさか、あたし。


「すごいハツナ! いっぱい出たね!」


 わけがわからない。

 何が起こったの。

 状況が飲み込めないあたしは、とめどなく溢れ出る排泄物を垂らしたまま、ヒイロを見上げていた。


「くっせ」


 ぼそっとおじいちゃんがつぶやいた。

 その瞬間、あたしの心は折れた。


 続く。

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