第26話《自主制作動画》
あたしの名前は小島ハツナ。
Web動画はバラエティよりスポーツ実況を観ることが多い高校一年生だ。
とくに興味が湧かないのが、ユアチューバーっていわれる自称動画クリエーターがつくる自主制作動画。
たまにユアチューブを観ていると、オススメ広告で自動再生されたりとかして、毎回その度にテンションを下げさせられる。はっきりいってあたしは大嫌いだ。
「俺、ユアチューバーになる!」
兄貴のアキヒロが、なぜかあたしの部屋で宣言した。
どうぞ。
ご勝手に。
それで縁切らせてもらうから、それじゃ。
「俺本気だよ?」
「は? だからなに? つか、邪魔だから部屋から出てって」
「つめてー! ちょーつめてー! ちょっとはかまってくれてもいいじゃん!」
うざ。
このうざさは、間違いなくおじいちゃん譲りだわ。
「今就活してるんでしょ? なんで収入が不安なユアチューバーになりたがるの?」
「現実逃避」
部屋に戻れやアホ。
「真面目に聞こうとしたあたしがバカだった」
「おいおい、マジで受けとるなよ。ユアチューバーは結構ガチだぜ?」
なおさら呆れるわ。
「いや、聞けって。ユアチューブの一回の動画再生で広告費ってどれくらい稼げるか知ってるか?」
「知ってる。1.2円だっけ?」
この前、ニュースでユアチューバー特集が組まれていたのを観ていた。
1.2円ということは、一万回再生されても単純計算で一万二千円の稼ぎ。しかもそれは売れっ子のユアチューバーだったらの前提条件であって、出たての素人ユアチューバーならよくてせいぜい数百回程度の再生回数しか稼ぐことができない。
それが現実だ。
ユアチューブで成功するのは、プロサッカー選手になるよりもはるかに難しいことだ。それをわかっているのかこのバカ兄貴は。
「そりゃ普通にやったって再生回数なんて伸びやしないさ。けどな、うちの隣町にすげぇー便利な奴がいるだろ?」
そこまでアキヒロがいった後、あたしは頭を抱えた。
「アキ。あんたまさか【蛆神様】使うとかいわないよね?」
「お、鋭いな」
でたよ。
こういうバカなこと考えるやつ、いつか出ると想像していた。
まさか、自分の兄貴だったなんて。
「あのさ。自分が何言ってるのかわかってる? うまくいくわけないよ」
「そう思うだろ? 俺も最初そう思った。けど、うちの大学の先輩がすげー画期的な方法を思いついたんだ。これなら間違いねーよ」
アキヒロはベッドに座るあたしの隣に座ると、手に持っていたスマホ画面をあたしに見せてきた。
「って、あんたまだ風呂入ってないでしょ! ジーンズであたしのベッド座んなきでよ!」
「うるせぇなぁー、いいからこれ見ろよ」
アキヒロのスマホ画面には、大学生らしき男子がはしゃぎながら炭酸入りジュースを一気飲みしている動画が再生されていた。
よくあるユアチューバーの動画だ。
これがどうした。
「再生回数見てみな」
動画の再生バー下にあった再生回数カウンターに視線を動かす。
一一三、一一四、一一五、一三六、二八九。
カウンターがリアルタイムに数が増えていっている。
「これって」
「先輩が撮影してアップした動画だ。ちなみに蛆神様にお願いしたのは《アップロードした動画一つにつき、一〇万回以上再生されますように》って」
「一〇万回以上?」
「そうだ。そこがミソなんだよ。たとえば、百万回と一千万回とかいったら、アーティストとかそういう有名人とかじゃない限り、運営側から不正をしていると疑われて消される可能性があるんだ」
「素人でもいるじゃない」
「ごくまれにな。でも、そういうのが毎日一千万回以上の再生回数の動画を投稿したらおかしくないか? いっちゃーあれだが、大して面白くないこんな動画が毎回一千万回以上だと不自然すぎるだろ」
そりゃ、まぁそうか。
「仕事にする以上、定期収入っているじゃん。百億回再生させてハイ終わりじょ、それだけの収入しか入ってこない。かといって欲張って百億回の再生回数の動画をばんばんアップすれば、運営側から怪しまれてアカウントごと凍結させられる危険もある」
「つまり、目立たず定期的に動画収入を得るために、あえて十万回以上?」
「そういうことだ。この十万回以上っていうのがなかなかいいみたいでさ、ほとんどの確率で『端数』が入るみたいなんだ。十万飛んで六〇回とか、調子いい時は十四万回とか」
なるほど。
それが蛆神様を使った不正のカモフラージュになるということか。
へぇ。
あまり褒められたことじゃないのはわかっているけど、ちょっと感心する。
「先輩、それで月四十万以上稼いでるんだって。一人暮らしの男にしてはそこそこ稼いでるだろ? 俺もそれいいなーって思ってさ」
「お兄ちゃん」
あたしはお兄ちゃんをじっと見つめた。
「おじいちゃん。蛆神様好きじゃなかったの覚えてる?」
お兄ちゃんはしばらく黙った。
にかっと笑い、ベッドから立ち上がった。
「悪りぃ。今の忘れてくれ。就活で疲れてたんだわ」
アキヒロはあたしに背を向けて、「風呂行ってくるわ」といって、部屋を出ていった。
それから数日後。
スーツ姿で帰ってきたアキヒロが、あたしにお菓子を渡してくれた。
「なにこれ?」
「内定一個決まったから、感謝のプレゼント」
「あ、ありがとう」
ダイニングの椅子にどかっと座るアキヒロは、ネクタイを緩めながら「つかれたぁー」っとぼやいた。
「テレビつけるぞ」
リモコンのスイッチを押し、アキヒロはニュース番組にチャンネルを変えた。
「次のニュースです。C県在住の無職男性が外国人女性を殺害した事件が起こりました」
女性アナウンサーが原稿を読む画面右上に、警察に連行される青年の姿がワイブで映っている。
「男はユアチューバーと称し、動画投稿サイトにアップロードした自主制作動画の再生回数を増やすという目的で、観光に訪れた中国籍の女性、王美玲さん(23歳)を拉致し、ナイフで殺害したと供述しています。警察は詳しい……」
テレビ画面がバラエティ番組に切り変わった。
「ハツナ。昨日録画した広島戦観ないか?」
「え? あ、うん」
あたしはアキヒロからリモコンを受け取ると、昨日録画したサッカーの試合を再生させた。
その後、アキヒロがユアチューバーになりたいということはなくなった。
アキヒロの先輩がアップロードした動画は、運営側によって残らず消されていた。
終
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