第7話《告白》

 

 あたしの名前は小島ハツナ。

 他人の恋愛相談なら受けるけど、自分の恋愛事情には無頓着な高校一年生だ。

 とくに男子から一方的な告白をされても困るだけで嬉しくもなんともないのが本音だったりする。


「えっと?」


 体育館裏。陸上部のニシ先輩から話があるといわれて行ってみると、そこにいたのはニシ先輩ではなく見知らぬ男子がいた。

 誰? 

 そうあたしが思った瞬間。


「小島ハツナ! 俺と付き合ってくれ!」


 突然、男子があたしの前でいきなり土下座をしてきた。

 うわぁ、マジか。

 いきなり土下座とか。

 ドン引きだわ。


「あのさー、やめなよそういうの」


「いいや! 君がOKをいうまで俺は絶対にやめないぞ!」


「あ、そ」


 踵を返し、その場から離れようとした。

 慌てて男子はあたしの目の前に立ちはだかる。


「待ってくれ! 話聞いてくれよ!」


「無理。あんたみたいな土下座すれば彼女できると思ってる奴嫌いなの」


 ていうか、そもそもあんた誰よ。

 まず名乗れ。


「ああ、そうだね! 自己紹介が遅れた。俺は二年の杉谷だ。部活はバスケをしている」


 二年生?

 それって、つまり……。

 

「ごめん。君をここに来てもらうようにニシにお願いしたんだ。同じクラスなんだ。あいつとは」


 やっぱりね。

 なんとなくそーだろうなって想像はしていた。


「杉谷先輩でしたっけ? ぶっちゃけ聞きますけど、あたしのどこが好きなの?」


「全部だ!」


 はい。無理。残念。さようなら。


「なんでだよ! 君のすべてが好きなんだ!」


「あたし、そういうのムリなんです。なんか無性に虫酸走るっていうか。きもちわるいと思います」


 そもそも全部ってなによ。

 答えになってないし。


「ダメか? ダメなのか?」


 ダメだろ普通に。

 どこをどうすれば成功するって踏んだんだ? アホかこいつは。


「……わかった。最終手段だ」


 杉谷はそういうと、スラックスのポケットに手を突っ込んだ。

 取り出したのは、くしゃくしゃに折り曲がった黄色いポスター。杉谷はポスターを広げて、あたしの前に見えるように掲げた。


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 ※注意※

 この近辺での願いごとはご遠慮お願いします。

 願いごとによる事故等につきましては一切責任を負いません。

----------------


 ポスターの注意文言の上には、見覚えのある毛むくじゃらの丸記号。

 まさか、こいつーー。


「うじがみさまうじがみさま……どうか……」


「ちょ! ストップ!」


 咄嗟にあたしは杉谷の両腕を掴んだ。


「あんた卑怯だよ! 【蛆神様】使うとかありえないでしょ!」


「だって、無理とかいうから」


 杉谷は泣きそうな顔になりながら、あたしを見つめている。

 蛆神様を使われたらどんはな目に遭うかわかったものじゃない。

 もう! なんでこうなるかな……。


「ねぇ、いい? ちょっと聞いて? 相手の立場になって考えてみなよ。いきなり見ず知らずの女の子から好きだっていわれても困るでしょ?」


 杉谷が首をかしげるのに対し、あたしは「そういうものなの!」と力説した。


「とにかく! あたしは杉谷くんと今日初めて会ったんだから、いきなり好きだっていわれても返事に困るよ。わかるでしょ?」


「そうか……たしかに、いきなりだとたしかに困るよな。明日の方が都合よかった?」


 やっべ、こいつマジだ。

 本物のアホだわ。


「はっきりいうね。ごめんなさい。あなたのこと好きじゃないの」


 杉谷の両腕を離し、あたしは頭を下げた。

 ストレートにいうのって精神的に堪えるから本当は嫌だけど、こういう場合は仕方がない。

 こうでもしないと諦めてくれなさそうだし。


「……うじがみさまうじがみさま」


 平手。

 反射的に杉谷の横っ面を叩いた。


「いい加減にしろアホ!」


 頬をかばう杉谷が、驚いた顔でこちらに振り返る。


「なんで?」


 こっちのセリフだ。


「バカ! 恋愛に【蛆神様】を利用するなんてサイテーだって!」


「サイテーか……ああ、そうか」


 杉谷はその場で座り込み、「俺サイテーか」とぶつぶつひとりごとを呟きだした。

 あれ? さっきので傷ついた?

 面倒くさいな、本当。

 だけど、とりあえず一言。


「いい? 告白するは別にいいけど、蛆神様を使うのだけはダメだからね」


「どうしてもか?」


「他のことで使うのは勝手だけど、とにかくこういうので使わないでほしいかな」


 あと、しつこいのもNGだぞ。


「……なるほど、他のことならいいのか。そうか! わかった!」


 杉谷は立ち上がり、ガッツポーズをとった。

 えっと、なにがわかった?

 嫌な予感しかしないんだけど。


「明日! 俺気合い入れるから、また明日きてくれ!」


 杉谷はそれだけいうと、そのまま体育館裏から走り去った。


 翌日。


「えー? 行かないの?」


 朝。ホームルーム終わった直後教室にて、あたしは昨日の出来事をトモミに報告した。


「だって断ったのに行く義理ないじゃん」


「いいじゃん。付き合っちゃえば」


「やだよ。好きじゃない人と付き合うとかありえないし。タイプじゃないのは絶対無理」


 トモミが「そっかー」と流していると、教室の外がざわざわ騒がしくなっているのに気づいた。


「え、誰?」


「なに? すごい怖いんだけど」


 教室の出入り口付近でクラスメイトたちが集まっている。

 なんだ? 誰かきてるのかな?


「小島。お前の知り合いみたいだぞ」


「あたし? 誰?」


 その場にいる男子にいわれて、あたしは教室の出入り口付近まで歩み寄った。

 一緒についてきたトモミが「げっ」と顔を歪ませた。


「こ、小島……ハツ……ナ……」


 枯れ枝のようにやせ細った手足。すっかり髪の毛が白くなり、顔もしわくちゃのおじいさんが教室の出入り口にいた。

 どことなく面影が残っている。

 まさか。


「え、杉谷くん?」


 こくこくと杉谷と称する老人は何度も頭を縦に振った。


「……あれから……昨日……蛆神様にお願いしたんだ……《小島ハツナの好きなタイプの男にしてほしい》って……そしたらこうなったんだ……」


 しわがれた老人声で杉谷は説明する。

 周りは「え、杉谷先輩?」「マジで?」「じじいじゃん!」と皆一様に驚いている様子だった。


「……ハツナ。あんたの好みって誰だっけ?」


「モーガン・フリーマン」※


「ああー……」


 ぷるぷる指を震えながら、杉谷はあたしの手を触ろうと腕を伸ばしてきた。


「……これでもダメ……かな?」


「うん。ごめんね」


 がっくしと杉谷は肩を落とした。

 色々いいたいことはある。

 けど。

 昨日よりかは嫌いじゃないな。

 そう、あたしは思った。




※モーガン・フリーマンは1937年生まれ 現在80歳(2017年時点)

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