第64話《鯉ダンス》-十-


 あたしの名前は小島ハツナ。

 友達に左眼と右足を潰されて、カラオケボックスの女子トイレに放置された高校一年生だ。


「ぐ!」


 マイナスドライバーで刺し潰された左眼が、徐々に視力を戻ってきた。

 痛い。

 蛆神様のおかげで、致死レベルの大怪我を負っても傷が癒える体質にはなったけど、痛いと感じることには変わらない。

 しかも。

 親友に眼と腕を潰された。

 まるで容赦も躊躇もなかった。

 どちらかというと、物理的な痛みよりもそっちの痛みの方がきつい。


「あ、ハツナ。遅かったね、どうしたの?」


 廊下を小走りで渡っていると、同じカラオケルームで歌っていた他クラスの女子とすれ違った。


「トモミ見なかった?」


「トモミ? ああ、なんかさっき用事あるからっていって鞄持って帰ってったよ?」


「わかった。ありがとう」


 あたしはそういうと、急ぎ足でカラオケルームに戻った。

 背後から「ハツナ! 顔に血がついてるよ?」と声をかけらたが、無視してそのまま走った。

 よかった。

 トモミが自分の鞄を持っていってくれた。

 あたしはスマホを取り出し、追跡アプリを立ち上げた。

 最近は紛失防止のために、無線イヤホンなどに『GPS機能』が内蔵されている。

 トイレに行く前に、こっそりトモミの鞄にGPS内蔵の無線イヤホンを忍ばせておいた。

 今。

 トモミは『駅』に向かっているのが追跡アプリでわかる。


「え、ハツナ。帰るの?」


 カラオケルームを出る際に、あたしはウェーイ系男子に千円札を手渡し、走って出た。

 無線イヤホンのバッテリーは無限にあるわけではない。

 多分、もって三〇分。

 それまでにトモミを捕まえないと、見失ってしまう危険がある。

 急がなくちゃ。

 あたしはスマホのディスプレイを見ながら駅に走った。


 ♪


 ディスプレイが、地図アプリから『トモミ』の着信画面に切り替わった。


「もしもし、ハツナ」


 電話するトモミの声の後ろから、「ピッ」っと、聞き覚えのある電子音が聞こえた。

 この音。

 ICカードで通過する時に聞く音。

 駅の改札口だ。


「もしかして、あたしのこと追いかけてる?」


 トモミが訊ねた。

 あたしは「ううん」と答えた。


「見失ったから諦めたよ」


「そっか」


 駅に到着したあたしは、定期券をかざして改札を抜ける。


「ハツナ。あたしのこと怒ってるよね?」


 怒ってるどうかなんて今更すぎる。

 ただ、友達に自分の眼と手足を折られたら、いい気分にはならないよね。

 そういうと、トモミは「うん」と、返事した。


「そうだね。その通りだよ」


「トモミ。聞いて。マチコさんはあんたが考えてるよりずっといい人だよ。あたしから詳しく話したいことあるから、とにかくコイ人を止めてほしいの」


「いい人は、好きな人を『バケモノ』なんかにはしないよ」


 トモミがいった。

 あたしはトモミと電話をしながら、スマホを耳から離して、追跡アプリを立ち上げた。

 プラットホームだ。

 GPSはそこで止まっている。

 電光掲示板には、一分後に次の電車が来ることを表示していた。


「トモミ。それ、あたしのこといってる?」


「そうだよ」


「違うよ! たしかにあたし、自分から蛆神様にバケモノになりたいとかお願いしたわけじゃないけど、でも、だからといってマチコさんがあたしの体をこんな風にした犯人でもないんだよ!」


「ハツナ。それ間違ってるよ。あの女はそこがうまいの。あのオンナはハツナを騙してるの」


 あたしは階段を駆け上り、プラットフォームに出た。

 プラットホームには、サラリーマンや大学生風の青年、あたしと同じ学校の制服の女子が何人かいる。


「あたしはハツナのこと大好きだからあのオンナを殺すの。あのオンナを殺さないとあたしたちの関係まで壊されるから、とにかく殺すの」


「待って。あたしたちの関係ってなに?」


「……」


 トモミは答えなくなった。

 GPSを辿った先に、あたしはぎょっとなった。

 プラットホームのアクリルベンチ。

 その上に。

 あたしの無線イヤホンが無造作に置かれていた。

 しまった。

 プラットホームの反対側のホームに振り返った。

 反対側のホームに、トモミが立っていてこちらに手を振っている。


「ハツナ。また落ち着いたら電話するよ。それじゃ」


 電話が切れた。

 その刹那。

 反対側ホームに電車が到着した。

 距離がありすぎる。

 今から全力で走っても、反対側ホームに辿り着く頃には電車は発車している。


「トモミ!」


 あたしは無我夢中で走った。

 後から話を聞いたところによると、あたしの走り方は尋常ではない様子があったそうだ。

 血走った目で、必死の形相で全力疾走している女子高生。

 もうダメだ。

 逃げられてしまった。

 GPSもばれてしまい、電車に乗られてしまったら、トモミを追跡するこたはほぼ不可能にになる。

 マチコさん。

 お母さん。

 ごめんなさい。

 本当に本当にごめんなさい。

 そう頭の中であたしは何度もつぶやきながら、反対側ホームに向かって走る。

 きっと。

 トモミは到着した電車に乗りながら、こんなことを考えているのかもしれない。


「ハツナ。GPSであたしを追跡しようとしたのはすごいけど、詰めが甘いね」


 そしてこのまま電車で降りた先の駅で潜伏していたら、無敵の『コイ人』が自動的にマチコとお母さんを始末してくれる。

 あとは時間の問題だ。

 おそらく、そうトモミは考えていたのかもしれない。

 電車の扉が走った。

 あたしが反対ホームに到着した時には、電車は走りかけたいた。

 終わった。

 なにもかも。

 そうあたしは思った。

 瞬間。

 電車が急停車した。


『事故により電車が一時的に停車いたします。しばらく点検等などございますので、発車まで一時間かかります。お急ぎでしたら……』


 電車の全車両の扉が開いた。

 ぞろぞろと乗客の何人かが車両から出て行く中。

 トモミだけは車両の中に留まり、焦燥した面持ちでこちらを睨みつけた。


「反則だよ……それは」


 トモミのいう通りだ。

 自分でもそう思う。

 だけど。

 考えるよりも先に行動してしまっていた。

 そういうしかない。

 まさか。

 蛆神様からもらった能力を利用して。

 自分で『人身事故』を起こすなんて。

 反則以外の何物でもない。


「いったいな、もぉ」


 千切れた右半身と吹っ飛んだ顔半分。

 拾える肉片は拾ったが、後は電車に轢かれて下敷きになったから回収不可能になった。

 電車に轢かれるなんて。

 二度とやりたくない。

 絶対にだ。

 

「正直にいうね。トモミ。あたし、今めちゃくちゃ『怒ってるよ』」


 片足でけんけんしながら、あたしは車中にいるトモミに歩み寄った。


続く

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