第51話《呪い》-其ノ七-


 あたしの名前は小島ハツナ。

 自分と同じ名前の謎の老婆が指示してきた場所。そこに向かったマチコがどうなったのか。気になって仕方がない高校一年生だ。


「あの、それからどうなったのですか?」


 あたしはマチコに訊いた。

 すっかり暗くなった外。

 雨風が車の窓ガラスを強く叩いている。


「これからわかるわ」


 ぼそっとマチコはつぶやいた。

 高速を降り、一般道に入ってから三〇分ぐらいたった。

 車は住宅街に入り、細い路地を突き進む。

 やがて。

 小さな一軒家に辿り着いた。

 マチコは車を停め、エンジンを切った。


「降りて」


 車の中に置いてあるビニール傘を手渡されたあたしは、いわれるがまま、車外に出た。

 その家は、古い建物だった。

 玄関の柵は錆つき、壁に亀裂がいくつか走っている。

 この家はなに?

 見たこともないボロ家だ。

 だけど。

 表札を見て、あたしは目をむいた。


「ここ……」


 木板で掘られた表札。

 小島ハツナ。

 表札にはっきりと書かれている。

 同姓同名?

 いや、だけど。


「入るわよ」


 傘をさしたマチコが、ついてくるようにあたしを促した。


「え、でも」


「誰もいないわ」


 マチコの後をあたしは追いかける。

 玄関ドアを開けると、すえた臭いが鼻をついた。

 手に持った懐中電灯を点けたマチコが、土足のまま玄関を上がった。


「ひぃ!」


 軽くあたしは悲鳴を上げる。

 暗がりの土間に、何かが走る気配を感じた。

 見ると、ムカデがローファーのつま先を横断していた。

 スマホのライトを懐中電灯代わりにして、あたしは家の中に光を当てる。

 穴だらけの壁。引っかき傷だらけの廊下。至る場所にスプレー缶の落書きが目立つ。

 空き家になってどれくらい経ったのだろうか。

 人が住んでいる雰囲気をとてもじゃないけど感じられない。


「こっちよ」


 マチコは奥にある階段に来るように手招きしている。

 目的の場所は二階だ。

 そうマチコはあたしにつげた。


「マチコさん。ここって」


「あなたの家よ」


 二階に上り、廊下の奥の部屋にマチコはあたしを案内した。


「正確にいえば、家になる予定といった方がいいのかしら」


 奥の部屋の前に立つと、扉に南京錠がかかっているのに気づいた。

 マチコはジャケットの裾ポケットから、南京錠の鍵を取り出し、南京錠を解錠した。

 扉を開けたその先に、あたしは絶句した。


----------------

 ※注意※

 この近辺での願いごとはご遠慮お願いします。

 願いごとによる事故等につきましては一切責任を負いません。

---------------


 黄色のポスターに書かれた注意文言。

 不気味な毛むくじゃらの丸記号。

 蛆神様だ。

 部屋の壁全部。蛆神様のポスターが所狭しと貼られている。


「私はここで【蛆神様】のことを知ったわ」


 汚れた紙ゴミが散乱した床を踏んで、マチコは部屋の奥に進んだ。

 床に散乱した紙ゴミ。

 スマホの光を当てると、紙ゴミが新聞紙だとわかった。

 新聞紙に印字されている日付を見て、あたしは自分の目を疑った。


「二〇四七年?」


 これが本当なら、三〇年後の新聞になる。

 なんだこれは。

 撮影に使う小道具かなにかか?


「ハツナ。これを見て」


 マチコが部屋の奥にある本棚から、一冊のノートを取り出し、あたしに手渡してくれた。

 べたべたに手垢のついた汚いノート。

 表紙には『小島ハツナへ』と書かれている。

 これ。

 あたしの字だ。


----------------

 このノートに書き始めようと決めたのは、三回目からだ。

 最初と二回目の失敗を活かすため、今後の教訓のためにメモをしようと思う。

 やり直しはこれで三回目。

 四回目にならないようにしなくちゃダメだ。

 これかららもっと慎重に行動することを考えないと。

----------------


 書いた覚えのない文章がノートに書かれている。

 三回目のあたし?

 どういうこと?

 それにこのノートは一体。


「そのノートには『ループ世界』と書かれていたわ」


 マチコはいった。

 ループ世界?

 それって。


「基準となるのは、あなたが隣町の高校に通い始めて一ヶ月経った五月頃。その時間を基準に、時間はループしている。そう説明があったわね」


「ま、待ってください! 時間がループってどういうことですか?」


「気づいているはずよ。蛆神様に翻弄される毎日だったのが、ある日を境に突然蛆神様がみんなの記憶から消えたことを」


 マチコは懐中電灯の光を、壁に置かれた本棚に当てた。

 本棚には、ボロボロになったたくさんのノートがぎっちり挟まれている。


「ノートを読んでわかったのは、どうやら『121回目』のあなたが私の存在を知って探したということ」


 121回目の小島ハツナ。

 なぜ老婆の姿になったのか。

 死んだ原因や、事務所の入口で腐乱死体となっていたのもわからない。

 そう、マチコはあたしにいった。


「それと、筆跡鑑定をかけてみたけど、少なくともここにあるノートのほとんどは同一人物が書いたものだというのはわかったわ」


 121回目。

 ノートにはそう書かれているとマチコはいった。

 121回も、あたしは同じ時間をループしている。

 そういわれても。

 信じられない。


「121回目のあなたのノートには、あなたが122回目以降は、『記憶』が引き継がれないと書かれていたわ」


 マチコは腕を組み、動揺するあたしを正面から見つめた。


「121回目のあなたが、ループ世界を抜け方を知り、122回目のあなたに私を引き合わせるように仕向けたの」


「121回目のあたしが……ですか?」


「そうよ。どういう方法を使ったのかわからないけど、122回目のあなたが存在する世界に、一瞬だけ121回目のあなたがいた。それで私がこの家に来るよう、121回目のあなたが計らいだの」


 まったく信じられないでしょ?

 そうマチコはあたしに訊いてきた。


「私もよ。だけど、これが事実なの」


 マチコはジャケットの内ポケットから、一枚の写真を取り出し、あたしに手渡した。

 映っているのは、八〇歳くらいの老婆が一人。

 カメラに見えるように両手で黄色い紙を持っていた。

 蛆神様のポスター。

 それがわかるように、老婆はポスターにシワが寄らない持ち方で掲げていた。


続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る