第50話《呪い》-其ノ六-


 私の名前は刑部マチコ。

 自分が経営する探偵事務所の玄関前に、謎の老婆の腐乱死体を発見した二六歳の探偵だ。

 結論からいうと。

 腐乱死体の正体はわからなかった。

 わかったのは。

 性別は女性。

 年齢は八〇から九〇歳前後。

 人種はモンゴロイド。おそらく日本人。

 死後一週間は経過している。

 この四点だけだ。

 あとはなにもわからない。

 身元がわかる物は一切所持していなかったし、着ている衣服もぼろぼろでどこのメーカーなのかすらわからない。

 指紋。

 歯型。

 DNA。

 どの機関に問い合わせても、該当する人物は一切見つからないとの返事が来たそうだ。

 すべて謎だ。

 探偵事務所がある賃貸ビルの住人からも、いつどのタイミングで死体が運ばれたのか目撃した者はいない。

 ビルの監視カメラにも、老婆の死体がどこで誰が運んだのか映っていなかった。

 突然。

 身元不明の老婆の死体が、湧いて出てきた。

 そういいようがない。

 無論、警察は私を疑った。

 が、そもそも見ず知らずの老婆を殺す目的も動機もない。

 さらにいうと。

 自分が経営する事務所の前で得体の知れない腐乱死体を放置する理由もない。

 警察は納得していない様子だった。

 が、私が老婆を殺した証拠も見つからなかったので、翌日に警察署から釈放してもらえることができた。

 この世に存在しない人間。

 小銭欲しさに自らの戸籍を売っぱらった浮浪者など、そういった類いの人間は今のご時世たくさん存在する。

 だが、あの老婆はどうか。

 なぜ蝿がたかるほど体が腐っていたのか。

 わからない。

 そもそも誰だったのかさえも。

 釈放されたその日の夜。

 車を運転しながら、ふと私は考えた。

 ひょっとして。

 あの老婆が。

 いや。

 そんなわけがない。

 私はすぐに頭から打ち消した。

 我ながら飛躍した思いつきをしてしまった。

 つい数分前に電話をしていた老婆と、事務所前に現れた腐乱死体が同一人物なんて。

 ホラー映画じゃあるまいし。

 馬鹿馬鹿しい。

 あるわけがない。

 そう思った。

 警察に聞いたところ、あの老婆の死体は地元の寺で供養した後、無縁仏として火葬されるそうだ。

 赤信号になったタイミングで、私はスマホを確認した。

 新規の調査依頼のメールはなし。

 着信もゼロ。

 今月の仕事はこれ以上望めない予感がする。

 また居酒屋のバイトをして、今月はどうにか食いつなぐか。

 そんなことを考えると憂鬱になってきた。

 私は路肩に車を停め、タバコと携帯灰皿を持って車外に出た。

 ジャケットの内側にメモが入っていたのに気づいた。

 これは。

 老婆が指定してきた住所だ。

 直接会って話したい。そう老婆は私にいったのを思い出す。

 私はしばらく手に持ったメモを見つめる。

 翌日。

 私は老婆が指定した場所に車を走らせた。


 続く

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