【顎門ノ章】
第39話《腐敗》-前編-
あたしの名前は小島ハツナ。
毛の生えた不気味な丸記号。【蛆神様】のマークが消えたことに戸惑っている高校一年生だ。
違和感はあった。
あれだけ町のどこにでもあった黄色いポスター。毛の生えた丸記号が、どこにも見なくなった。
たまたまなのかなって、最初は思った。
しかし、そのうちそれが偶然じゃなくて、本当に消えたことに、あたしは気づいた。
どうしてなのか。
それはわからない。
忽然と【蛆神様】の存在そのものが消えた。
そんな印象だ。
だけど。
別に困ることはない。
むしろ、いなくなったことは良いことだと思っている。
人の願望を歪んだ形で変えて叶える迷惑な神様がいなくなったおかげて、町全体がまとまになった。
そんな気がしてならない。
トモミは人間の男性と付き合っているし、柴田はただのスケべな男子学生に戻っている。三浦先輩も山岸先輩も普通になっているし、近所の田中さん家族もおばあさんと仲良く暮らしている。
みんな蛆神様なんて最初から知らなかったかのような素振りだった。
だけど。
どうしてだろう。
あたしだけ覚えている。
この町に【蛆神様】がいたことを。
あたしだけがはっきりと……。
「どうした? ぼーっとしちゃって」
窓際席で空を眺めるあたしに、ミクが声をかけてきた。
「別に。なんか悪い夢でも見たせいかな、寝覚めがよくないんだよね」
「そうなの? どんな夢?」
「んー、忘れちゃった」
「そっか」
ミクがあたしの席から離れようとした。
「あのさ」
あたしはミクを呼び止める。
ミクが振り返り、「ん? どうしたの?」と、訊き返した。
「【蛆神様】って知ってる?」
「うじがみさま? 何それ?」
「あ、ううん。なんでもない。気にしないで」
ミクが小首を傾げる。
あたしは「大丈夫だから。もういいよ」といって、軽く手を振った。
やっぱり知らない。
あたしだけが知っていることになっている。
でも、それでいい。
原因が何か。
どうしてあたしだけ【蛆神様】を知っているかなんで。
どうでもいいことだ。
結局。
あれは夢だったんだ。
脳みそがむき出しのおばあさんも。
内臓を切り売りするコンビニの店長も。
みんなあたしが夢で見た妄想であって、現実じゃない。
それでいい。
深入りして考えることじゃない。
それに。
いつかその妄想も忘れる時が来る。
大人になるにつれて、嫌な思い出は忘れるようになる。
だから、あたしが覚えているあの出来事も、そのうち記憶のどこかで消えることになる。みんなが【蛆神様】を忘れたのと同じように。
そうあたしは思った。
♪
スマホが鳴った。
ディスプレイを起動すると、メッセージが一件入っていた。
誰だろう。
メッセージを開こうと、メッセージアプリをタップする。
テキストつき画像メッセージが画面いっぱいに開いた。
ぞわっと鳥肌が全身に立った。
スマホが手から滑り落ちた。
----------------
※注意※
この近辺での願いごとはご遠慮お願いします。
願いごとによる事故等につきましては一切責任を負いません。
---------------
うじゃうじゃ毛の生えた不気味な丸記号が書かれたテキスト上部分に画像として貼られている。
どうしてこれが???
一体誰が???
心臓の鼓動がだんだん高鳴っていくのがわかる。
あたしは胸を手で押さえ、深呼吸した。
落ち着け。
とにかく落ち着くんだ。
何かの見間違いだ。きっと。
スパム系の画像つきのメッセージをそれに見えただけだ。
そうあたしは自分に言い聞かせながら、スマホを拾おうとした。
電話が鳴った。
ディスプレイに表示されたのは、知らない電話番号だった。
「もしもし?」
「小島……ハツナだな」
知らない女の人の声だった。
「【蛆神様】について聞きたいことがある」
電話の主はそういった。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます