第40話《腐敗》-中編上-
あたしの名前は小島ハツナ。
町から消えた【蛆神様】について訊きたいことがあるという謎の電話がきたことで、頭の中がパニックになっている高校一年生だ。
「今日の放課後。学校の裏門で落ち合おう」
電話が切れた。
もう一度あたしは電話をかけ直したが、コール音が鳴るだけで電話に出る気配はなかった。
何者なの? あの人。
あたしの名前を知っていて、【蛆神様】についても何か知っているような口振りだった。
こわい。
自分の身分を明かさずいきなり会おうとか、いきなりすぎるし、非常識にもほどがある。どう考えても危ない匂いがする。
会うのは避けた方がいい。
そうあたしの直感が囁いている。
とりあえず。
あたしはお母さんに放課後、車で迎えにきてほしいというメッセージを送った。
かかってきた電話番号は、着信拒否設定にした。
「ハツナ?」
ひゃっと、あたしは軽く悲鳴を上げた。
声をかけたトモミが、驚いた顔でこっちを見る。
「ビビりすぎだって。こっちが焦るわ」
「ごめん。なに?」
「次の授業、美術じゃん。移動しないと間に合わないよ?」
あ、そっか。
トモミに促されたあたしは、席から筆記用具と教科書を持って美術室に向かった。
「デッサンってマジ苦手だわ」
美術室で、石膏像とにらめっこするトモミがぼやく。
わかる。あたしもトモミも壊滅的に絵心ないから、美術の成績はいつもガタガタだ。
「二人ともちゃんと見ないから描けないんだよ? 見たまま描けばいいじゃん」
得意げな表情でミクがいった。
ミクのキャンバスを覗くと、美術の教科書のお手本ようなデッサン絵が描かれている。
「写真ペースト?」
「違うわ」
トモミのボケにミクがすかさずつっこむ。
そんなやり取りを側に、あたしはデッサンを続ける。
むずかしいな。
そのまま見て描けっていっても。
簡単にできれば苦労はないったいいたい。
あたしは石膏像を見たままなぞるようにして描いているつもりなんだけど、どういうわけか描けば描くほど似るどころか離れていっている気がする。
理由がわからない。
なぜだろう。
これってやっぱセンスの問題か?
うーん。
わからないといえば、あれもそうだ。
さっきの電話の人。
どうして、あの人は【蛆神様】を知っていたのだろう。
もしかして、【蛆神様】が町から消えた理由を知っているのか?
やっぱり会って直接聞いた方が何かわかるのかな。
いや。
ダメだ。
素性のわからない人と会って、何かやばい事件に巻き込まれてしまうことだって多いにある。昨今流行りの未成年の誘拐事件も然りだ。
危ない目に遭いたくなければ、そのまままっすぐ帰るのが一番だ。
そうあたしは思う。
「ちょっとハツナ……なにそれ?」
引いた顔でトモミとミクがあたしのキャンバスを覗いている。
キャンバスを見ると、毛の生えた丸記号をあたしは落書きしていた。
「うわ、なんだこりゃ! きも!」
「いやいや、あんたが描いたんでしょ」
トモミがいった。
「あたし、ハツナの闇見たかも」
ミクがつぶやいた。
「はは、なんか疲れてるね、あたし」
キャンバスの落書きを消しゴムで消しながら、あたしは笑ってごまかした。
「疲れてるってレベルかこれ?」
トモミが心配の眼差しをあたしに向ける。
終了のチャイムが鳴った。
「小島いるか?」
美術室から出ようとしたあたしたちに、陸上部のニシ先輩があたしを探していることに気づいた。
「ニシ先輩? どうしたんですか?」
「ちょっと話せるか」
ニシ先輩があたしの手を引っ張った。
え。
なんだ?
先輩強引だな。
「ちょ、あの。手を離してもらえます?」
先輩が連れ出したのは、誰もいない陸上部の更衣室だった。
陸上部のマネージャーを辞めてから、ニシ先輩とはほとんど喋っていない。
ひょっとして。
マネージャーとして陸上部に戻ってきて欲しい。
それがいいたくて、あたしを呼んだのか。
なんだかんだいいながら、マネージャーのあたしが抜けてから陸上部が苦労しているって聞いていたことがある。
わざわざ人気がいないところに連れ出したのも、あたしを説得するためにだろう。
たぶん、きっとそうだ。
とはいっても。
それをあたしにいわれても困るっていうか。
「すみません。ニシ先輩。陸部のマネージャーに戻ってもらいたい気持ちはわかりますけど、あたしじゃなくて三浦先輩説得した方がいいですよ?」
「なんの話だ?」
「え? だから、あたしを陸上部のマネージャーに戻したいって話ですよね?」
「そんなこといってないぞ」
「じゃー、なんですか?」
告白とか勘弁してよ。
あたし、ニシ先輩と付き合うのはありえないから。
「こっちが聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと? 何がですか?」
「なんでお前……お前だけが【蛆神様】を覚えているんだ」
「え」
あたしはニシ先輩の顔を見た。
すると。
ニシ先輩の両手が、あたしの首をがしっと掴んだ。
続く
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