第15話《キャラクター》
あたしの名前は小島ハツナ。
白くてモチモチしたキャラクターの愛くるしさは何物にも勝らない正義だと信じて疑わない高校一年生だ。
夏休みの中頃。ミクとトモミ、あたしの三人で大型レジャープール施設に遊びに行くことがあった。
「はーいみんなー! こんにちわぁ! にゃんにゃん先生だよー!」
ウォータースライダーや流れるプール。様々なプールがあるそんな中、猫の着ぐるみとインカムを装着した若い女の人が施設の中央広場にてキャラクターショーを行うことをアピールしていた。
「わー! にゃんにゃん先生!」
五歳くらいの園児たちが中央広場に一斉に駆けて集まってくる。
泳ぎ疲れてそろそろ座ろうかと思っていたあたしとトモミに、ミクが「せっかくだから観ようよ」と誘ってきた。
「あんた、こういうの好きなの?」
気だるそうにトモミが文句を垂れる。
すると、珍しくミクが、
「いいじゃん! にゃんにゃん先生可愛いんだよ!」
と、鼻の穴を広げて力説してきた。
「さぁ! みんな! 一緒ににゃんにゃん体操をしよう!」
拳を天に突き上げる猫のきぐるみに合わせて、耳がつんざくような大きな返事とともに園児たちも同じポーズをとった。
その隣でミクも園児たちと同じことをしそうになったので、あたしは急いでやめさせた。
「よくやるよねぇ。従兄弟のお姉ちゃんがバイトでやってるらしいけど、あの着ぐるみの中って相当暑いんだってね」
トモミがさらりとキャラクター業界のタブーを口にした。
近くでトモミの失言を聞き逃さなかった園児たちが「それは違うよ!」と一斉にトモミに糾弾する。
「お姉ちゃんなにいってるの? 《中の人なんていないんだよ!》 あれはにゃんにゃん先生なんだよ!」
「そうだよ! にゃんにゃん先生だよ!」
「え? 何?」
だんだんと子供たちがあたしたち、というよりトモミの周りに集まろうとしてきた。
とりあえず逃げよう。
あたしはキャラクターショーに夢中になっているミクと状況をいまいちわからずに戸惑っているトモミの二人の手をとってその場から脱出した。
「あたしまずいこといった?」
更衣室で自分の行為に納得していないトモミが、頬を膨らませてむくれていた。
「今のはトモミが悪い。にゃんにゃん先生の中に人がいるわけないじゃん」
ミクが堂々と言い放つ。
トモミは信じられないといった表情で、「マジ? あんたそれ本気?」と言い返す。
「まさかだけど、ハツナもそう思う?」
いや、確実にいるでしょ。中に人は。
だって着ぐるみじゃん。
「だよねぇ。そうだよなぁ、一瞬焦ったわ」
「もう! 二人とも! わかっていないなぁ! そういう設定なの! そこ徹底しないとダメなところなの!」
「はいはいそうですか」
熱く語ろうとするミクに対し、トモミは冷たくあしらう。
とりあえず、さっさと着替えてアイス買おうよとあたしが提案すると、二人は「賛成」と返事をしてくれた。
「あ。こんなところに【蛆神様】がいる」
ミクの足元のコインロッカーに黄色いポスターが貼ってあったことに気づいた。
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※注意※
この近辺での願いごとはご遠慮お願いします。
願いごとによる事故等につきましては一切責任を負いません。
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毛むくじゃらの丸記号の下には見慣れた注意文言。最初、水着に着替えた時はなかったはずだ。いつの間に貼られたんだろう。
「ん? なんか警察がいる?」
青い制服の警察官が二人。プールの正面入り口から入ってくるのをあたしたちは目撃した。
救急車のサイレン音が響き、白衣とヘルメットを被ったレスキュー隊員が警察官の後を追いかけていく。
なにか事故でも起きたのだろうか。
「雇ったアルバイトの人がやばくなったらしいよ」
正面入り口にたむろしていた利用客が、ひそひそと噂話をしているのが聞こえた。
「ショーの途中で着ぐるみを脱ぎ出して、プールで自殺しようとしたんだって」
「え、なんでそんなことしたの?」
「わかんない。とにかくアルバイトの人は、急に《俺はいない。俺はいない存在なんだ》って連呼してたみたいだよ」
ふっと気配を感じて振り返ると、頭に白いタオルをかけられた二十代の男性が、警察官二人に連行される姿があった。
男性は「俺はにゃんにゃん先生。にゃんにゃん先生。俺という人間はいない。俺はいない存在」と、小さな声でぶつぶつ独り言をつぶやいていた。
「ミク。中の人はいたね」
トモミがいった。
ミクは黙っていた。
あたしたちはアイスを買いにプールを出た。
終
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