第33話《ミュージカル》


 あたしの名前は小島ハツナ。

 趣味はミュージカル観賞とかいったばかりに、ガチ勢のミュージカルオタクのクラスメイトと宝城歌劇団の初日公演を一緒に観に行くことになった高校一年生だ。


「ハツナン! マジで世界変わるから! 超オススメよ!」


 クラスメイトの南條アスミちゃん。

 いつもテンションが高くて、おしゃべりが大好きな元気溌剌な女の子という印象がある。

 たまたま会話する機会があって、互いの趣味の話から、ついうっかりあたしがミュージカル好きといったのがことの発端だった。

 聞いてもいないのに延々ミュージカル俳優さんの魅力を説明しはじめたと思ったら、どういう話の流れでそうなったか、あたしが宝城歌劇団のファンだと勘違いして今に至っている。

 困った。

 どうしてこうなった。

 アスミのスイッチを押したあたしにも責任はあるけど、とくに仲良くしていない人と二人っきりでミュージカル観に行くとか、気まずいにも程があるだろ。

 ほんのちょっと、行くの止めようか躊躇した。

 が。

 とはいえども。

 そもそもミュージカル自体は嫌いじゃない。

 積極的に自分から公演に行くことはないし、これをきっかけに宝城歌劇団に夢中になっても悪くはない。誘ってくれたことをチャンスだと思って今日は楽しもうかな。そうあたしは気持ちを切り替えた。


「いやー、ハツナンが宝城歌劇団が正統派のファンだって聞いて安心したよー! うちのクラスにいるの俄かばっかだからさー、なかなか話ができなくて困ってたんだよね」


 公演会場の観客席に腰掛けるアスミは、鼻の穴を膨らませていつも以上に饒舌に話している。

 よほど嬉しいのか。公演会場に入ってからのアスミの目がずっとキラキラ輝いて、満面の笑顔を浮かべている。


「ハツナンハツナン! もう知っていると思うけど、宝城歌劇団のステージを鑑賞する時には、『お祈り』が必要なんだよ!」


「お祈り?」


「そう! こうやって手を合わせて《最高のステージをお願いします》って心の中でお祈りするの!」


 アスミは合唱し、深々とその場でお辞儀する。

 あたしも真似をして、お辞儀して頭を下げてみた。

 すると。

 足元に赤いポスターが貼ってあるのに気づいた。

 げってなった。


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 ※注意※

 当館では【蛆神様】による祈祷が施されていますので、あらかじめご了承のほどよろしくお願いいたします。

 宝城歌劇団とは無関係の願いごとは一切無効となりますのでご注意ください。

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 見慣れた毛むくじゃらの丸記号。

 書かれている注意文言が、外で見かけるのと少し違うような気もするけど、間違いない。

 これ【蛆神様】じゃん。


「あ、始まるよ!」


 開演のブザーが鳴り、場内が暗くなった。

 弾幕が上がり、スポットライトが舞台に照らされる。

 キレイな衣装に身を包んだ男装の劇団員がポーズをとった。

 おお、さすが宝城歌劇団員。

 生で観ると圧倒される。かっこいいな。


「ピィいいいいいいがぁーーーーーーびがーびがーびがー!」


 突然、男装の劇団員が奇声を発した。


「は?」


 唖然となるあたしをよそに、男装の劇団員が両手を広げ、謎の奇声を発し続けている。

 なんだあれ。

 電子音?

 濁って掠れた電子音にしか聞こえない。しかも、どこかで聞いたことがある音だ。


「いい……ほんと、いいよね。電話回線でのセリフって最高だよ」


 ハンカチを目に当て、鼻をすするアスミがつぶやいた。

 それだ。

 ようやくピンときた。家にあるファックスから聞こえる音と全く一緒だ。


「本当のファンにしか感動できないように、劇団員の方が配慮してくれたみたいなの。マジ感動だよね」


 豪華な衣装を見に纏い、男役の歌劇団員や娘役の歌劇団員が、舞台上で歌って踊っての芝居を披露している。


「ぎぎぎぎぎぎぃびーびーびーびー」


 途中、観客のひとりが感極まったらしく、立ち上がって拍手をし始めた。

 それに合わせて、観客一同が立ち上がり、拍手喝采がホール内に広がった。


「最高! 素晴らしい!」


 感極まって拍手をするアスミ。

 その隣であたしは静かに目線を落とす。

 休憩を挟んで公演は四時間かかる。

 これがあと三時間以上観ないといけないと思うと、マジで気が滅入ってくる。

 ああ、来なきゃよかった。

 本気であたしはそう思った。


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