第74話《隠神様》-09-


 あたしの名前は小島ハツナ。

 同級生から『毒』を盛られるぐらいガチで嫌われていたことを知り、驚きとショックを受けている高校一年生だ。


「イヌガミサマソウっていえば、ハシリドコロのことか?」


 イイダが尋ねた。

 車の後部席に座ったチヒロが、小刻みに体を震わせながら小さく頷いた。


「先生、ハシリドコロって?」


「ナス科の毒草だ。別名、キチガイイモなんて呼ばれている」


 イイダいわく。

 口にすると目眩や嘔吐、幻覚などの異常興奮を起こし、最悪死に至る場合もあるとか。

 あたしは思った。

 マジか。

 こいつマジか。

 それって、完全に。


「毒殺する気だったの?」


 あたしが訊くと、チヒロが激しくかぶりを振った。


「前にばっちゃから聞いたことあったねん。村から人を追い出すために、『追い出し用』のイヌガミサマソウがあるって」


「追い出し用?」


「普通のイヌガミサマソウより効き目が弱い奴があるって」


 チヒロがいうに、そのイヌガミサマソウは学校の外れにある『洞窟』に生えているそうだ。

 洞窟と聞いて、イイダは「マツムラ洞窟のことか?」といった。


「あそこに行ったのか?」


 チヒロが頷いた。イイダは「なんでよりによって……」と、額に手を当てながらぼやいた。

 イイダの落胆している様子から、なんとなくマツムラ洞窟がどういった場所なのかが察せられた。


「バスもないのにどうやって帰るつもりだった?」


「学校から離れた場所に、うちの別荘があるんです」


 毒草を採ったら、その別荘に寝泊まろう。食料の備蓄もそこそこあるし、なくなっても家族にいえばとくに何もいわれないから平気だ。と、チヒロは取り巻きたちとユヅキに説明したそうだ。


「最初は、合宿するみたいなノリやったんです。マナがお菓子持ってきてたりとかみんなでトランプしようとか、そういう話ばっかしてたんです」


「それで、みんなは?」


 イイダが尋ねると、チヒロは押し黙った。

 次第に、チヒロはぶつぶつと何かをつぶやき始め、目を見開き、ガタガタと震えた。


「若菜さん!」


 あたしが声をかけると、はっとチヒロは我に返った。


「夜……懐中電灯持ってマツムラ洞窟に入ったんです。イヌガミサマソウがあるのは洞窟の奥あたりやって聞いたから……」


 ごくりヒチロは唾を飲み込んだ。


「ウチ、のんちゃん、しずえ、マナの順番で洞窟に入って奥に進んだんです。そしたら」


 洞窟の奥には、大きな落とし穴のような『窪み』があったそうだ。

 その窪みの『へり』あたりに。

 イヌガミサマソウが生えているのをチヒロたちは見つけたという。


「椎名が……採ろうとしたんです」


 ユヅキが『へり』に生えているイヌガミサマソウを採ろうと、手を伸ばした。

 すると。


「消えたんです。ユヅキが」


 しばらく経ってから。


 どさっ。


 洞窟内に、重い物が落ちる音が響いた。


「それから……うち……」


 チヒロは答えなかった。

 答えずともわかる。

 逃げたのだ。

 パニックになったチヒロが、取り巻きたちを置いてけぼりにして、無我夢中で走ったのだ。


「先生」


「わかってる」


 ここでは携帯の電波は届かない。

 救援隊に応援要請するためには、下山をしないといけない。

 そうイイダはいうと、エンジンをかけて、サイドブレーキを外した。


「なんだ?」


 車のライトを照らした先に、何かが見えた。


 ぺたぺたぺた。


 素足でアスファルトを歩く人間の足。

 よく見ると。


「椎名さん?」


 あたしは車から降りて、スマホのライトで顔を照らした。

 ユヅキだ。

 血色のない、真っ白な顔であったが、正真正銘のユヅキだった。


「椎名さん! よかった! 無事だったんだね!」


 あたしはユヅキの手を取った。


「ひぃいいいい!」


 後ろの車の中から、チヒロの悲鳴が聞こえた。

 ユヅキの姿を見てから、チヒロは狂ったように叫んで耳を塞いでいる。


「こ……じ……ま……さん」


 虚ろな瞳で、ユヅキがあたしを見つめていた。


「とりあえず、車の中に入ろう!」


 あたしがそういうと、ユヅキがあたしの肩を掴んだ。


「お……な……か……」


 ぎゅうっと肩を掴む手に力が入る。

 ぞわっ。

 唐突に全身に鳥肌が立った。


「へ……た」


 ユヅキの口が開いた。

 大きな口だ。

 あたしの頭ごと飲み込むかのようにばっくり開かれていて、その口があたしの顔全体を覆った。


「へ?」


 唖然となるあたし。

 気がつくと、あたしの視界は真っ暗になった。


続く




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