第19話《反則技》
あたしの名前は小島ハツナ。
観たいサッカーの試合のチケットを正規ルートで買うことができなかったことにひどく落ち込んでいる高校一年生だ。
昨日、ほんの出来心で、転売ヤーがオークションで出したであろう高額チケットを買いそうになったところを母親に見つかり、こっぴどく絞られてしまった。
久々に何時間にも渡る説教。
返す言葉がなくて、ただ「ごめんなさい」としかいえなかった。
転売ヤーの商品に手を出そうとした自分への反省とチケットを買えなかったことへの悔しさで、当分は立ち直ることができないと思っている。
「小島ってアニメ観ないの?」
残暑が続く九月の教室。
昼休み時に、クラスメイトのクスノキが落ち込んでいるあたしに話しかけてきた。
急だな、おい。
アニメに興味があるって口にしたこともなければ、あんたとそこまで会話するほど仲がいいわけでもない。なんかやばいぞ。距離が近いぞ、こいつ。
「観ないよ」
「なんで?」
イラっとした。観ないから観ないんだよ。
「今期はあれだよ。シュタイン・バインツの二期がオススメだな。ヒロインの真波がタクトへの想いを伝えてーー」
「あのさ、クスノキくん。あたし今一人になりたいの。悪いけどどっかいってくんない?」
機嫌が悪いのも相まって、今日のあたしは遠慮がなかった。っていうか、本当にうざいし、これ以上、絡んできたらマジぶっ飛ばすぞ。空気読めや。
「小島。シュタイン・バルツの一期観てないのか?」
あたしは席を蹴り、黙って教室から出て行った。
ダメ。もう限界。これ以上付き合っていたら本当にクスノキを殴ってしまうかもしれない。
けど、教室を出たところでどこに行こうか。
お昼はパンを食べちゃったから、今食堂に行く気がしない。
トモミはサッカー部の先輩たちとランチだし、ミクは今日は風邪引いて学校に来てない。柴田は……なんかお昼一緒に過ごしても疲れそうだから却下。
ちらりと図書室に行こうか過ぎったが、昼休憩時は不良三年先輩たちが遊び場にして騒がしくしてるのが常だったりするから、あまり足が向かなかったりする。
行き場がない。辛い。
トイレにこもってスマホでもいじってようかな。
「小島」
廊下を歩いているあたしに声がかかった。
振り返ると、山岸先輩がいた。
「山岸先輩。食堂じゃないんですか?」
「さっき終わって解散した。小島も来ればよかったのに、なんかあった?」
「あ、いやぁ……」
「そうだ。小島も買った? 来月のドイツ戦チケット」
トモミから誘われて断ったのは理由がこれだった。
来月から始まるワールドカップ代表戦は、ホームでの試合だ。しかも相手は優勝候補のドイツ。
これに勝てば日本が準決勝に進むことができると聞けば、テレビじゃなくて直接生で観たいという想いが強くなった。
歴史が変わる瞬間を目撃したい気持ちが先走ってしまい、思わず高額チケットを買おうとしてして、結局買えずじまい。
だけど、先輩たちは。
「半年前に予約してよかったよ。今どこも完売らしいね」
「み、みたいですね」
「小島。どこの席とった? うちら結構入り口から遠くてさ。当日、サッカー部のみんで待ち合わせて行くつもりだけどどうする?」
「すみません……あたしその日用事があって……試合はテレビで」
「テレビ?」
山岸先輩があたしの顔をじっと見つめる。
「チケット買えなかったな」
バレた。
三秒ももってない。
「変だなーって思ったらやっぱりね」
「……すみません」
「ん? もしかしてあんた無理だと思ってる?」
無理だと思ってる。
だってネットの転売価格が六万超えてるんだもの。
その六万のチケットも売り切れちゃったから、チケットを誰かが譲るとかしない限り手は既に尽くされている。
悔しいけど諦めるしかない。
「使っちゃえばいいじゃん。【蛆神様】を」
「え?」
一瞬、思考が止まった。
そうか。
その手があった!
なんで思いつかなかったのか。
蛆神様にお願いすればいいじゃん!
「先輩ありがとうございます! やってますね!」
あたしは先輩にお礼をし、すぐに蛆神様を探した。
その辺にチラシのように黄色のポスターは落ちていた。ちょっとそのへん探せばすぐ見つかるはず。と、思った。
しかし。
こういう時に限ってどこにも見つからない。
「なんでないの……」
心の声が思わず漏れる。
だいたい見かけた場所は全部探した。
今いる陸上部の更衣室でも見つからなければ、心当たりはもうない。
あたしはスマホで時間を確かめた。
お昼休憩の時間もほとんどない。
仕方がない。一旦諦めよう。学校でないなら部活帰りに町の中を探そう。
そうあたしは決めて、部室更衣室を出ようとした。
「クスノキ。お前バカだなぁ」
咄嗟にあたしは身を隠す。
部室更衣室前で、クスノキを囲んで数人の男子がたむろしたいた。
どうして、ここにいるの?
なんとなく、今のタイミングで出ると声かけられそうで嫌だ。様子見てから出よう。そう思った。
「あれはねぇわ。小島がキレてもしょーがねーよ」
「コミュ障全開じゃん。どうするんだよ……」
男子たちは完全に呆れている様子だった。
会話の内容から察するに、さっきの教室のやりとりのことを話しているみたいだ。なんか、ますます出づらくなった。
「うん……テンパってへんなこといっちまった」
しゅんとなるクスノキがそうつぶやくと、男子たちがすかさず「テンパりすぎだっつーの」と同時につっこんだ。
「どうするんだよ。好きなんだろ? 小島のこと」
え。
一瞬、自分の耳を疑った。
ちょっと待って。なにそれ? そういう理由だったの?
「そりゃさ、いきなりコクれば普通は引かれるから、まず話しかけて仲良くするところから始めろっていったぜ? 俺ら。にしてもなぁ」
「アニメの話ふっかけるかよ。小島そういうの好きじゃなさそうなのわかるだろ」
「だって……俺アニメ以外わかんないし」
「だからってよぉ」
男子の一人がため息を漏らす。
クスノキは首をうなだらせ、完全に落ち込んでいる。
「どうする? 最終手段だけど、【蛆神様】にお願いするか?」
全身が総毛立った。
やばい。こいつら本気? 最終手段って……どうしてうちの男子は恋愛になると神頼みするかな。マジ目眩がしそう。
とにかく、止めなくちゃ。
あたしは更衣室から飛び出そうと、扉のノブを掴んだ。
「いやだ」
クスノキがいった。
ノブを握るあたしの手が止まった。
「そんなことしたって意味ないよ。蛆神様頼って成功しても、それは成功じゃない」
「けど、お前……」
「ズルしたって良くないよ。自分のやりたいことって、自分で叶えるもんじゃね?」
はっきりとした口調でクスノキは言い切った。男子たちは「おー」と歓声を上げる。
「それアニメの主人公のセリフか?」
「ちげーし。そんなんじゃねーよ」
「でもクスノキ、それでもう一回アタックするのか? さっきのでアウトになってるかもしれないぜ?」
「いいんだ。嫌われたって。今はな。同じクラスだし、どっかでもう一度頑張ってみる」
はははとクスノキは笑った。
「完全に嫌われたら潔く諦める。けっこー気まずくなるだろうけどな」
「おう! 男らしく玉砕しろ」
「明日玉砕したらクスノキん家でアニメ観よーぜ」
クスノキが「明日しねーし」と笑いながらいった。
男子たちが更衣室の出入り口から去った後、あたしは扉を開けた。
なんだか恥ずかしい気持ちになった。
「あたし馬鹿だなぁ」
ぼそっと独り言をつぶやいた後、自然と笑みがこぼれた。
まぁ男子たちのいう通りだ。
アプローチ間違いすぎ。
でも、ありがとう。
あたしは心の中でクスノキに感謝した。
終
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