第57話《鯉ダンス》-参-


 あたしの名前は小島ハツナ。

 冷静に考えてタイムループで高校一年生を122回も繰り返しているということは、結果的には122回も留年していることになるんだな。と、今更ながら気づいてしまった高校一年生だ。

 122回のタイムループ。

 ぶっちゃけ今でも信じられていない。

 なんとなく。

 ループしているという感覚はあった。

 蛆神様をみんな知っている世界とそうじゃない今の世界。

 あたしの思い違いかなって一時期考えていたことはあった。

 が。

 それが思い違いじゃなくて、実際に時間がループしているのだと知った時、あたしは内心「やっぱりね」と納得していた。

 ただ。

 まさか、122回もループしているなんて。

 正直、予想外すぎてビビった。

 あたし自身、122回ループをした追体験がないものだから、本当に122回もループしているといわれてもピンと来ていない。

 だけど。

 もし。

 それが本当なら。

 ワールドレコーズに載るぞ。

 122回も留年した女子高生ってことで。

 って。

 すごいアホな妄想をしていたら、マチコから電話がかかってきた。


「も、もしもし?」


「ハツナ。私よ」


「マチコさん? あの、今、あたし授業中なんですけど……」


 机の下に身を屈めながら、声をひそませて電話する。

 電話に出てしまったあたしもあたしだけど、今が授業中なのをわかってるのかなあの人は。


「いいから聞いて。今、あなたの近くに『大原トモミ』はいる?」


 え、トモミ?

 トモミがどうしたの?


「私たちは『コイ人』に襲われたわ」


 事情を聞いて、あたしは騒然となった。

 マチコはお母さんと会っていた。

 喫茶店で話を進めていた時。

 魚頭の怪人。コイ人に襲われた。

 そうマチコは説明した。

 コイ人。

 たしかにマチコはそういった。

 今のあたしには、121回ループした記憶はない。

 だが、コイ人のことは知っている。

 トモミが以前、田中という同級生のカレシに振られた時、蛆神様のポスターが貼られている公園で《恋人が欲しい》とお願いをした。

 その時に生まれた怪物。

 それが【コイ人】だ。

 その怪物が、マチコとお母さんが襲われている。


「はい、来週小テストするから復習してるように」


 チャイムが鳴った。

 数学のウエキ先生が教室から出ていく。

 今日は五時間授業の日だ。

 一日の授業がすべて終わり、あとは担任がホームルームをして放課後になる。

 あたしはトモミに声をかけようとした。


「あのさ、トモミ」


「ねぇねぇ! 大原さんの彼氏って年上の人だって聞いたけど本当?」


「ん? そうだけど?」


 近くに座っていたクラスメイトがトモミに話かけた。


「どんな人なの?」


「会社員だっていってたかな」


「マジ? エリートとか?」


 トモミの年上彼氏に興味を持ったクラスメイトの女子たちが、次々とトモミの席の周りを取り囲んでいく。

 声をかけられる雰囲気ではない。


【後で話したいことあるけどいい?】


 とりあえず。

 あたしはトモミ宛にショートメッセージを送った。

 ちょっとトゲのある文面な気もしなくもないが、緊急時なんだし仕方がない。

 問題はここからだ。

 コイ人の目的はマチコを殺すことだ。

 そのコイ人を操作しているのは、おそらくトモミだ。

 直接、トモミにコイ人を止めてほしいといって、果たしてトモミが素直に聞き入れてくれるか。

 考えたくはないけど。

 もしもマチコを殺すことがトモミの目的なら。

 しらばっくれるかもしれない。

 知らないといい張られてしまえば、こちらから手出しができない。

 とりあえず。

 二人っきりにる必要がある。

 対面で問い詰めなければ、答えてくれないと思う。

 トモミは親友だし、できることなら友情は壊したくない。

 しかし。

 マチコとお母さんを守るためなら、手段を選ばない覚悟はあるつもりだ。


「トモミ」


 あたしはトモミに声をかけた。


「部活行くでしょ?」


「行かないよ」


 しれっとトモミはいった。


「え、なんで?」


「今日はサボってみんなでカラオケ行くことにしたの。ハツナも行く?」


 トモミがあたしに振り向く。

 ぎょろぎょろと、トモミの黒目が忙しなく動いていた。


続く

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