第62話《鯉ダンス》-八-


 あたしの名前は大原トモミ。

 小島ハツナと中学に出会って親友になった高校一年生だ。

 中一の五月頃のある日。

 サッカー部の顧問の先生があたしに入部しないかと声をかけてきた。


「あたしですか?」


 サッカーどころか、スポーツ経験のないあたしをスカウトするとか。

 どうして?

 あたしは理由を訊いた。


「小島引っ張ってもらいたいんだよ。大原に」


 それを聞いて、あたしは冷めた。

 なんだ。

 ハツナが目当てか。

 女子サッカー部にハツナを引き込むために、友達のあたしを利用する。

 さらっと先生は悪気なくあたしに頼んできたけど、あたしの立場として気分最悪だ。


「考えときます」


 ショックを受けた。というよりか、そういう露骨なこと頼んでくる人もいるんだなって、あたしはあらためて知った。

 あたしはすぐにハツナにそのことを報告した。


「へぇ、そんなことあったんだ」


 放課後。

 駅前の本屋で雑誌を立ち読みするハツナが、つぶやくようにいった。


「トモミ。サッカー部に入るの?」


 いや、入るわけないでしょ。


「そうだね。入るわけないよね」


 ハツナはいった。

 どこか寂しげな声の感じがした。


「ねぇ、ハツナ」


「ん?」


「なんであたしなの?」


「なにが?」


「いや、クラスでももっといたじゃない。あたしみたいな浮いた奴なんかとつるむことなんてないっていうか」


 ふとしたきっかけで、本音がこぼれた。

 そうだ。

 あたしじゃなくてもいいじゃない。

 もっとスポーツやっている他の連中たちとつるんでればいいのに、どうしてあたしみたいな根暗な女に絡もうとしてきたんだ。

 人生損してる。

 絶対に。

 もし、わざと気を遣ってあたしに合わせているっていうなら、これからあたし……。

 あたしがハツナに向けてそう言おうとすると。


「カラオケ行かない?」


 ハツナがあたしを誘った。

 それから。

 近くのカラオケボックスで一時間。

 あたしたちは歌いまくった。


「ちょっとトイレ」


 ハツナは「すぐ戻るから」といい残して、部屋から一旦出た。

 一五分、経った。

 戻ってこない。

 どうしたのだろう。

 さすがに気になって様子を見に行こうと、あたしは女子トイレに向かった。


「小島。なんでそんな頑固なの?」


 廊下で誰かと話しているハツナを見つけた。

 相手は同じ中学の上級生たちか。

 ハツナは廊下の壁際に立っていて、上級生たちがハツナを追い立てるような構図で対峙している。


「サッカー嫌いになったの?」


「いや、そうじゃないですけど」


「ならなんで? うち進学する時に一緒にサッカーやりたいです!って約束したじゃん」


「そうだよ。小島とサッカーできると思って楽しみにしてたんだよ」


 ハツナは困った表情を浮かべている。

 助けに行くべきか。

 いや、やめておこうか。

 なんだか今、あたしが出しゃばったらダメな雰囲気がする。


「今は、友達と遊んでたいんです」


「友達って、あの大原トモミのこと?」


 どきっとなった。

 あたしの名前を知っている。

 そうか。

 顧問の先生がみんなに話したから、サッカー部のみんなはあたしのこと知っているのか。


「別に絶交するわけじゃないだし、いいじゃん。たまに遊ぶとかじゃダメなの?」


「なんならあんたから誘いなよ。サッカー部入らないかって」


「すみません」


 ハツナは頭を下げた。

 先輩たちはそれからハツナを説得しようとあれこれ話をしたが、ハツナは頑なに断り続けた。


「どうしてもなの?」


「はい。友達は裏切れません」


 ハツナはいった。

 先輩たちは顔を見合わせ、はぁと深くため息をついてからその場を去った。

 あたしはハツナに気づかれないように、部屋に戻った。


「ごめんね! 遅くなった」


 ハツナは笑顔を浮かべて部屋に入った。

 あたしは黙ってハツナを見つめる。


「え、なに?」


「ハツナ。サッカー部入りなよ」


 あたしのせいだ。

 あたしがハツナの意思を束縛している。

 さっきそれがわかった。

 もし、ハツナがサッカー部に入ってしまったら、あたしとの関係がなくなってしまう。きっとそう思っているから、サッカー部の入部に二の足を踏んでいるのだ。

 正直、嬉しかった。

 友達がいないあたしに声をかけてくれて、これからもずっと付き合う姿勢があるって教えてくれて、すごく嬉しい。

 だけど。

 あたしはハツナの足枷になりたくない。

 だから、今日限りであたしたち……。


「トモミもサッカー部入ってくれるなら、いいよ」


 ハツナがあたしにいった。


「いや、あたしはお呼びじゃないし」


「じゃイヤ。友達いない状態とかムリだから、あたし」


 ハツナは唇を尖らし、そっぽを向く。

 友達。

 ハツナにいわれて、あたしの胸の中に暖かい感覚が湧き出た。


「どうして、あたしなの?」


 あたしはハツナに訊いた。


「好きだから」


 ハツナは答えた。


「え?」


 一瞬、時が止まった。

 そんな感覚がした。


「もちろん、友達としてね」


 にこっとハツナは笑った。


「そんなにあたしがいいの?」


 あたしはハツナを見つめる。

 ハツナもあたしに振り向くと、あたしを見つめた。


「うん。トモミが一緒じゃないとか、ありえないから」


 かあっと顔が熱くなる。

 まったく。

 なによ、この寂しがり屋は。

 でも。

 悪い気はしない。

 小島ハツナ。

 こんな根暗なあたしを友達に選ぶなんて、相当変わった女だな。


「いっとくけど、きつかったらすぐ辞めるよ、あたし」


「そしたらあたしも辞めるよ。てか、そうしない? そうしようよ」


 そうだね。

 あたしがそういうと、ハツナは笑った。

 それから。

 あたしたちは中学三年間、女子サッカー部に在籍した。

 経験者のハツナほどじゃないけど、そこそこあたしにもサッカーの才能みたいで、思ったよりか部活を楽しむことができた。

 ハツナがいたから、楽しかった。

 もし、あたしがハツナに出会わなかったら、中学三年間、友達ゼロのまま高校生になっていたと思える。

 あたしの人生で親友と呼べるのは一人。

 ハツナだけだ。

 同じ高校に進学してからも、たまに部活さぼって遊んだりすることを続けている。

 ハツナはあたしの親友だ。

 こんなあたしを認めてくれた唯一の親友だ。

 もし。

 ハツナを傷つける奴がいれば。

 あたしは一生そいつを許さない。

 殺してやる。

 そう本気で思っている。

 ハツナ。

 あたしの親友。

 その親友が。

 一週間前。

 全身『蛆』まみれのバケモノになった。

 

続く

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