第53話《呪い》-其ノ玖-


 私の名前は刑部マチコ。

 何者かに殺された121回目の小島ハツナの依頼で、122回目の小島ハツナにこれまでの出来事を教えることになった二六歳の探偵だ。


「マチコさん。あたし……」


 老婆となった自分の姿が映った写真。

 ショックが大きすぎたせいか、部屋の真ん中でハツナは立ち尽くしている。


「ここから出たいです」


 ハツナはノートと写真を手に持ったまま、私にいった。

 降り続ける雨音が、ますます強くなってくる。

 私とハツナは車に戻った。

 助手席に座ったハツナは、膝に置いたノートをじっと見つめたまましばらく沈黙する。

 私は車のエンジンをつけず、ハツナが何かを口にするまで待った。


「マチコさん。わがままいっていいですか?」


 ハツナは前を向き、軽く咳払いする。


「ご飯おごってください。お腹減りました」


 時間は八時を超えかけている。

 私は車を走らせ、近くのファミレスに向かった。


「注文いいですか? えっと……」


 店員にハツナは注文した。

 エビグラタン。

 ステーキ。

 シーザーサラダ。

 ラザニア。

 たらこスパゲッティ...etc。


「あ、デザートも追加していいですか?」


 メニュー表を眺めるハツナは、悪びれることなく私にいった。

 私はタバコに火をつけ、「いいわよ」と答えた。

 ギリギリだ。

 どうにか払える額で収まってくれて、内心、私はホッとした。


「抹茶アイスとチーズタルト。それとフルーツパンケーキをそれぞれ一つずつ。ドリンクバー一名でお願いします」


 深々と頭を下げた店員が、テーブルの端に置いてある伝票入れに追加注文のレシートを突っ込んだ。

 うん。

 カード切ろ。

 そして、私の来月のお昼は豆腐一品に確定した。


「いただきます」


 注文した料理がテーブル一杯に次々と並べられる。

 ハツナは黙ったまま料理を食べていく。

 一五分後。

 トイレに駆け込んだハツナが、げっそりとした顔つきでテーブルに戻ってきた。


「食べきれないなら頼まない方がいいわよ」


 ハツナはかぶりを振り、「お腹減ってるんで」というと、テーブルに残った料理に手をつけ始めた。

 吸い殻を灰皿に押しつけ、私はスマホを手に取った。

 これからどうするか。

 121回目の小島ハツナが、私に依頼したかった仕事。

 それが一体何なのか。

 想像はできる。

 だが。

 この122回目の小島ハツナが、果たしてそれを望んでいるのか。正直わからない。


「マチコさん。あたし考えたんです」


 パスタを頬張りながら、ハツナはいった。


「あたし、自分でいうのもなんですけど、頑固な性格だと思うんです」


 口に頬張ったパスタをゆっくり噛み締め、一呼吸間を置いてから、冷水で喉に流し込んだ。


「多分、50回目まではなんとかなるって思ったんだと思います。だけど、それもどうにもならなくて、51回目で自暴自棄になったんじゃないかなって」


「ノートを読んだの?」


「いえ。でもわかります。自分のことですから」


 口周りについたソースをハツナは紙ナプキンで拭き取る。

 

「自殺しようとしたんじゃないかな。どういうきっかけで起こるかわかりませんけど、また高校一年をやり直すくらいなら、自分で終わらせたいって思っていたかも」


 ハツナは「けど」と、いった。


「それをやらなかったのは、多分、見つけたんです。51回目のあたし。だから、121回繰り返しても諦めなかったんだと思います」


「見つけたって、何を?」


「マチコさんです」


 ニコッとハツナが笑った。

 雨音がだんだん遠のいていく。

 肘をテーブルに置き、額に手を当てた。

 まったく。

 面倒なことに巻き込まれたものよ。


「腹を決めたのね」


「はい」


 芯の通った声で、ハツナは返事した。

 強い子だ。

 あの家にあったいくつもの記録ノート。

 そのすべてが本当にあったことだと信じる証拠はどこにもない。

 だけど。

 この子ならきっとそうする。

 私は今、その確証を得ることができた。


「行くわよ、ハツナ」


「マチコさん。待ってください」


 立ち上がる私に、ハツナが呼び止めた。


「まだデザート来てないです」


 私は何も言わず、テーブルに座り直した。

 一〇分後。

 ハツナはトイレに駆け込んだ。


続く

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