第45話《呪い》-其ノ壱-


 あたしの名前は小島ハツナ。

 どぶネズミに生きながら喰われていたにも関わらず、蛆神様のおかげで死なずに済んだ高校一年生だ。

 あれからどうなったか。

 断片的にしか記憶はない。

 気がついたらあたしは体操服に着替えていて、そのまま家に帰っていた。どうやって家に帰ったかまでは覚えていない。

 家に着くと、お母さんが「あんた早退したの? 制服は?」と呑気に聞いてきたみたいだが、あたしは答えず部屋にこもってしまったそうだ。

 あたしは二日間、部屋にこもった。

 お兄ちゃんやお姉ちゃんがあたしの部屋に訪れて、「悩みがあるなら聞こうか?」と声をかけてくれたけど、あたしはベッドの上で背中を向けることしかできなかった。

 二日目にあたしはスマホを立ち上げた。

 一〇〇件近いメッセージと着信が入っていた。

 トモミにミク、クラスメイトのみんな。それにサッカー部の三浦先輩、山岸先輩から心配してるから連絡が欲しいのメッセージがたくさん来ていた。

 あたしはみんなにそれぞれ明日から学校に行くからと返信し、明日の朝までノンストップで寝た。

 翌日、あたしは登校した。

 本音をいうと、まだ学校には行きたくなかった。

 これ以上休むとみんなに心配かけるからとか、そんな自己都合な責任感で行くわけではない。

 確かめないといけないことがあったから、学校に行くことに決めた。

 一部を除いて、学校にいる人間すべてを無差別に巻き込んだ謎の人体膨張現象。

 そして、どぶネズミの大量発生。

 どう考えても、普通のことじゃない。

 警察がたくさん推し入り、ネットやテレビでニュースになってもおかしくない。それぐらい異常な出来事が起きたはずだった。

 しかし。

 結局、何も放送は流れなかった。

 テレビやニュースは芸能人の不倫や他県での火事騒ぎについて報道はしていたが、うちの高校にどぶネズミが大量発生したことには触れることは一切なかった。

 あれはあたしが見た悪い夢だった。

 そう誰かがあたしにいいたいかのように、現実はあたしの想像とは全然違っていた。

 まるで最初から何も起こらなかったかのように、学校内は至って平和だった。

 がりがりに痩せさせられたヤスダ先生は平然としていて、あたしがニシ先輩に追い込まれていたことを覚えている様子はなかった。

 ニシ先輩もとくに変わった様子はなく、いつも通りにあたしに声をかけてくれたし、潰した眼球も元どおりになっていた。

 水風船のように体が膨張した先生や生徒。顔を見れば何人か見たことのある人は校内にいるけど、みんな何事もなかったかのように日常を過ごしている。

 大量の虫と動物の死骸だらけの三年生の教室も、何もなかったかのようにいつも通りだった。

 

 あたしだけだ。


 あたしだけがあの出来事を覚えている。


 そういうことになる。


「ハツナ。帰ろう」


 放課後。

 ミクがあたしに声をかけてくれた。

 トモミは女子サッカーの部活があるからとのことで、先に教室を出て行った。

 三浦先輩からも、部活に顔出すのは体力戻った時でいいと労いをもらった。


「どうしたの?」


 鞄を肩に提げるミクがあたしを見つめた。

 あたしは自分の手をじっと見ていた。

 三日前。

 あたしの身体中には、不気味な記号が浮かび上がっていた。

 蛆神様。

 全身に蛆神様の記号で埋め尽くされていた。

 怖かった。

 あれが一体何を意味するのか。

 考えるだけで怖かった。

 ただの夢であって欲しい。

 あの出来事のすべてが、ただの悪夢であったら……。


「ハツナ」


 ミクに促され、あたしははっと我に返った。


「ごめん。帰ろうか」


 あたしは鞄を肩に提げ、ミクと一緒に教室を出た。

 そうだ。

 忘れよう。

 現実に何か起こった証拠はなかったんだ。

 あれはあたしのただの妄想だった。

 それでいいじゃないか。

 これ以上、深く考えても答えなんて出ないに決まっている。

 きれいさっぱり忘れて、また明日からいつも通り振る舞えばいい。


「ねぇ、帰りにカラオケ行かない?」


 正門を出るところで、あたしはミクを誘った。

 ミクが驚いた顔であたしに振り返った。


「あんたから誘うとか、珍しいことあるね」


「たまにはね。いい?」


「いいよ。じゃ駅前にする?」


「おっけー!」


 ♪


 スマホに着信が入った。

 誰だろう。

 ディスプレイを立ち上げると、知らない電話番号が表示されていた。


「もしもし?」


「前を見てくれるかしら」


 開口一番、電話の声の主があたしに命令した。

 女の人の声。

 聞き覚えのある声だ。

 あたしの心臓の鼓動が、一つ跳ね上がった。


「いいから見ろ」


 強い語気で女の人はいった。

 正門前。

 車が通る校門前道路に、一台の車が路肩に駐車していた。

 褐色肌で黒髪ロングの女性。

 スマホを耳に当て、じっと睨むようにあたしを見つめていた。


続く

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