第9話《ボール》


 あたしの名前は小島ハツナ。

 普段は陸上部のマネージャーをしているけど、たまに女子サッカー部の助っ人部員として活動することもある高校一年生だ。


「走って! 走って!」


 投光器の真っ白い光が照らされたグラウンドの下で、女子サッカー部キャプテンの三浦先輩が部員たちに向けて喝を入れていた。


「はい!」三浦先輩に応えて部員たちは力強く返事をする。


 チームに分かれて練習試合。全国大会が近いのもあって全員目が血走ってボールを追いかけている。

 全国ベスト三位は伊達じゃない。

 フィジカルもメンタルもものすごくレベルが高い。正直、ついていくだけで精一杯だ。


「はい! 五分休憩! 水分とって!」


 電子アラームが鳴り、部員たちは散り散りになって休憩をとる。


「お疲れ小島! どう? 調子いい?」


 ゴールポスト前でへたばって座り込んでいるあたしに、三浦先輩が声をかけてくれた。


「ええ、まぁ」


「まだ無駄な動きあるけど、当たり負けしないのはなかなかいいわよ。もっと自信つけて!」


「あ、はい!」


 顔にびっしり汗をかいた三浦先輩が、あたしの背中を強く叩いた。


「まだいけるっしょ? 集中集中! ラスト三〇分頑張ろ! 水分しっかりとってね!」


 三浦先輩はあたしに労いをかけてから、次にへたばっている部員の元に駆け寄っていく。

 かっこいいな。なんか姉御って感じで頼り甲斐があって、どこまでもついて行きたくなる人だと感じる。


「三浦に惚れるんじゃないわよぉー」


 三浦先輩と同期の三年生。キーパーの山岸先輩が後ろから声をかけてきた。


「ま、わかるよ。あいつ人気者だからね。女子にも男子にも。陸上部のニシも三浦に告白して玉砕したみたいだし」


 ニシ先輩が?

 初めて知った。

 そんなことがあったんだ。

 でも、わかる気がする。

 並みの男じゃ三浦先輩には絶対釣り合わないし、興味も持たないかも。


「三浦先輩。彼氏いるんでしたっけ?」


「いないいない。根っからのサッカー馬鹿だよ? 男なんて眼中にないって」


 うーん。やっぱり。

 カッコいい。

 そのストイックな生き様。

 ますます憧れるな。同じ女として。


「けど、それが逆に問題かもって思うんだよね」


 ぼそっと山岸先輩がつぶやく。


「なんていうかさ、きもいファン? みたいな。そういうのが増えてるんだよね。本人あんまり気にしてないみたいだけど。それも問題っつーかさ」


「といいますと?」


「三浦に罵られたいとか踏まれたいとか。そういうの? なんかよくわかんないけど」


 ああ、そっちか。

 いわゆるマゾ気質的な変態のあれね。

 三浦先輩。そういう輩にもモテてしまうのね。

 人気者ゆえの宿命というか。

 大変だな。三浦先輩。


「ところで小島はさ、うちの部に入らないの?」


 急に矛先がこっちに向いた。

 またその質問か。


「すみせん。あたし、今回は臨時ってだけでして、はい」


「もったいないなぁ。三浦もいってたけど、あんた足速いしガンガン攻められるから、うちの戦力になると思うよ」


「はぁ、ありがとうございます」


「ていうか、これまだ内緒だけど、次の予選試合からあんたをレギュラーで使うって」


 え!

 ちょっ、ウソ?

 嬉しい反面、プレッシャーが……。


「あの……他の諸先輩方の立場もありますし、一年のあたしがレギュラーで入るのはいかがと」


「それは三浦にいいなよ。でも、みんな結構あんたのこと気に入ってるし期待してるよ」


 断りづらいな。

 もともと、足を挫いたトモミの代わりに臨時の補欠部員として入っただけなのに、いつの間にか女子サッカー部の正式部員にされそうになっている。

 三浦先輩は好きだし、できるだけ頑張りたいけど、女子サッカー部の練習量は半端がないし、本音をいえばこれっきりにしたい。

 どうしようか。

 上手い断り方が思いつかない。


「よし! 練習再開! 行くよ!」


 電子アラームが鳴るのと同時に、三浦先輩が手を叩いた。

 部員たちは気合の入った返事をし、グラウンドの中心に走り戻る。


「タイム! みんな待って!」


 三浦先輩が両手を振って練習を止めた。

 部員たちが足を止め、三浦先輩に視線を向けた。


「どうかした? 三浦」


 山岸先輩が三浦先輩の元に駆け寄った。


「これパンクしてる」


「え?」


 足元に転がっているボールを手に取り、ぐっと表面を手で押した。

 ボール表面にクレーターのような凹みができた。


「この前、予備補充したよね?」


「えー? あるけど、あれ使うの?」


「ボールはボールでしょ。いいから出そう」


 予備のボールを使うことに躊躇う山岸先輩に対して、三浦先輩は躊躇がない様子だった。

 揉めている?

 どうしたのだろう。


「うん。わかった。一年! 倉庫から予備持ってきて!」


「え? あ、はい!」


 山岸先輩の指示に、一年生部員たちは一瞬戸惑った。が、すぐに指示された通りに倉庫に走っていった。


「山岸先輩。あたしもいった方がいいですか?」


「いいよ。予備ボールは三浦が使うだろうから、こっちは練習再開しよ」


「あ、わかりました」


「ほら! そこ集中!」


 山岸の檄が飛ぶ中、あたしを含めた部員たちがボールを追いかけてグラウンドを駆け回る。


 げぴっ。


 ふいに謎の怪鳥音が耳に届いた。

 聞こえたのは、三浦先輩がいる隣のコートからだ。


「ぺぺぺぺっ」


 予備のボールを三浦先輩がドリブルしている。

 よく見れば、ボールではなかった。

 おっさんの生首だった。


「あぴっ!」


 三浦先輩のつま先が、おっさんの口の中に突き刺さった。

 白い小石みたいな塊が空中に散乱する。

 どうやら前歯が砕けたみたいだ。


「小島! よそ見するな! 集中集中!」


 立ち止まるあたしに山岸先輩が注意する。

 あたしは走った。

 見ていたのは隣のコートだけではない。

 ゴール付近に置かれた予備ボールの入った鉄籠。

 知らないおじさんたちの生首が所狭しと敷き詰められていた。


「もっと! 思いっきり行け! パンクしても予備あるから!」


 三浦先輩が部員たちに喝を入れる。

 部員たちの返事は、どことなく力が入っていなかった。



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