第29話《ナンパ》


 あたしの名前は小島ハツナ。

 夏といえば海水浴。

 だけど、海水浴場にはあまり行きたくない高校一年生だ。


「ねぇねぇ、お姉さんたち暇?」


 海の家でトモミとミクとでかき氷を食べていると、茶髪の兄ちゃん三人がナンパをしてきた。

 ほら、こういうのがいるから海嫌いなのよ。


「うちらビーチボール持ってきてんだけどさ、人数三人しかいなくて盛り上がらないんだよねー、暇だったらやらない?」


「やらない」


 毅然とした態度でトモミが突っ返した。

 さすがトモミ。便りになる。

 けど。


「いいじゃん。やろーよ」


 ミクが誘いに乗ろうとする。

 あたしとトモミがミクに振り向いた。


「ミク!」


「遊びだから問題ないって」


「そうじゃなくて、危ないかもじゃん」


「大丈夫だよ。っていうか、こういうナンパされて遊ぶのやってみたかったんだよねー」


 あたしとトモミは互いに顔を見合わせた。


「軽い女だって思われてもいいの?」


「いいじゃん。高校生の思い出っていうかさ。それにそこそこイケメンじゃん」


 えぇー? そう?

 いっちゃあれだが、クオリティ高くないぞ。よくてフツメンだ。


「そりゃ、トモミはいいじゃん。彼氏いるしさ。あたしとハツナはフリーなんだよ?」


 おい、あたしを巻き込むな。


「そんなに嫌ならあたしだけ行くよ。それじゃ!」


 乗り気じゃないあたしたちに対し、しびれを切らしたミクは席から立ち上がる。

 トモミは頭を抱え、「まったく」とぼやくと、急いでミクの後を追いかけた。

 しょうがない。

 ミクを放っておくわけにいかない。

 あたしとトモミは仕方なく茶髪の兄ちゃんたちと遊ぶことになった。


「えーと、花柄ビキニはハツナちゃんっていうんだっけ?」


 茶髪の兄ちゃんの一人が指差しであたしの名前を呼んだ。

 やばい。さっきゾワってきた。


「おっぱい大きい水玉がミクちゃんで、ストライプがトモミちゃんだよね? みんな可愛くていいねー! 学校でモテるでしょ?」


「ぇえー? そんなことないですよぉー」


 ミクの声がワントーン上がっている。

 女の子アピール全開だ。

 なんかこれ嫌だな。友達としていい気分しない。

 トモミも同じ気分らしく、無愛想な表情のままミクをじっと見ている。


「ビーチバレーって、どこでするんですかぁ?」


「あそこだよ」


 茶髪の兄ちゃんの一人が、沖を指差した。

 沖に小さな島が浮いている。

 中心部は森林で覆われているが、手前にはビーチバレーができそうな広さの砂浜が見えた。


「結構距離ありますよ?」


 あたしがいった。

 ざっと見積もって、五〇〇メートル以上はある。体力のあるあたしとトモミならいざ知らず、帰宅部のミクが泳げる距離ではない。

 女の子ナンパしといて、まさか泳ぐとかバカな抜かすんじゃないだろうな、こいつら。


「ボート使えばすぐなんだけどさー、今日は借りれなかったんだよなぁ」


「え、じゃ無理じゃないすか」


「ところが、そうでもねーんだ」


 茶髪の兄ちゃんたちが、海の家に目を向けた。

 海の家の壁には、黄色いポスターが貼られているのが見えた。


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 ※注意※

 この近辺での願いごとはご遠慮お願いします。

 願いごとによる事故等につきましては一切責任を負いません。

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 注意文言の上に見覚えのある毛むくじゃらの丸記号。

 あれって。


「あれ知ってる? うちらの地元じゃ【蛆神様】っていうのよ。去年、誰かが貼ったみたいでさ、あれ超便利な神様でさー、お願いごとしたら何でも叶えてくれるのよ」


「そーそー、あの島に《橋作ってくれー》っていったら、作ってくれたんだよ」


 砂浜の波が徐々に小さくなる。

 まだ昼の二時だ。

 引き潮になるには早すぎないだろうか。

 そう思っていると、海面に何か浮いたのを見つけた。


「トンボロ現象っつーんだっけ。干潮時に陸続きになるっていう。それみたいなもんだよ、これ」


 最初はブイだと思った。

 しかし、よく見ると違った。

 ぶくぶくに膨れた肉のかたまり。

 人間の死体だった。


「どっから流れてきたのか知らねーけど、ありがたいわ。こいつらがいるおかけで渡れるし」


 茶髪の兄ちゃんたちは、なんの抵抗もなく海に入った。

 浮いた死体に足を乗せると、ぴょんぴょんと器用にジャンプして海を渡り始める。


「おーい、はやくおいでよー」


 茶髪の兄ちゃんたちが笑顔でこちらに手を振っている。

 あたしたちは苦笑いで手を振り返した。


「……逃げよ」


 ミクがつぶやいた。

 茶髪の兄ちゃんたちが背を向けた隙をついて、あたしたちはその場から逃げた。

 もうナンパはこりごりだ。

 逃げながらミクはあたしたちに吐露した。

 あたしも心の中で賛同した。


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