第21話《擬人化》


 あたしの名前は小島ハツナ。

 最近、よく刀剣だとか戦艦を擬人化させているゲームやアニメが増えていることに素直に喜べない高校一年生だ。


「シフォンこっちだよー」


 日曜日。

 児童公園で少女が裸の青年に向けてフリスビーを投げている光景をあたしとトモミは目撃した。

 裸の青年は四つん這いで公園内を駆け回り、投げられたフリスビーを口でキャッチしている。


「え、あれ? どういうこと?」


「ああ、あれ『犬』らしいよ」


 犬?

 いやいや、どう見たって二〇歳ぐらいのお兄さんじゃない。それを犬って。


「いやマジだって。本物の『犬』だったの。大型犬だったかな、たしか」


「は?」


「要は、【蛆神様】に《自分のペットがイケメン男子に見えますように》っていうお願いしたんだって」


 トモミ曰く、最近この町ではペットを蛆神様にお願いして擬人化する家庭が増えているそうだ。

 どういう理由で流行っているのかわからないけど、とにかくペットの見た目をスマホケースのように自分好みのイケメンや美少女に変えてペットライフを楽しんでいるとか。


「一応、分かりづらいからといって専用の首輪つけろってことらしいけどね」


 補足でトモミが説明してくれた。

 たしかに、あのイケメンのお兄さんの首には赤いチョーカーのような首輪がはめられている。

 うーん、世も末だな。今更だけど。


「ハツナはああいうのダメ?」


 いや、ダメだろ。

 倫理的にアウトだわ。


「なんかそもそも論もあるけど、せっかく犬には犬の可愛さがあったりするのに、なんかもったいないなって思うかな」


 少なくともあたしは思う。

 この町の人間はどうかは知らない。


「あたしもハツナと同じかな。好きな人は勝手にやってって感じ」


 鳥の鳴き声が聞こえたので、振り返ってみた。見ると、鳥籠を提げた女性があたしたちの後ろを素通りしていった。

 鳥籠の中に、服を着させた小さな女の子が「ぴーぴー」と鳴いているのが一瞬見えた。


「結構多いね」


「ねー」


 あたしとトモミはそこで別れて、それぞれの家の帰路に着いた。

 家の前まで着くと、清掃服姿のおじさんがいた。

 ほうきとちりとりを持って、家の玄関前を掃除している。誰だこの人。


「あ、この家の住人の方ですか?」


「ええ。どちら様ですか?」


「私。害虫駆除会社の者でして。この度、近隣住人の方から依頼があって参上してまいりました」


 害虫駆除会社?

 それってゴキブリとかネズミが出たってこと?

 しかし、それにしても専門業者を来るほどのことって一体……。


「ああ、ハツナ。おかえりなさい」


 玄関ドアを開いてお母さんが出てきた。

 清掃服姿のおじさんはお母さんに頭を深く下げ、お母さんは軽く会釈する。


「どうです? 今って」


「ええ、あらかた作業は完了しました。おそらく卵も残ってないと思われますので、ご安心ください」


「もう初めてのことだったのでどうするか主人と相談したのですけど、来ていただいて本当に助かりました」


「いえいえ。またお気軽にご相談して頂けると幸いです。後ほど請求書をお渡ししますのでよろしくお願いします」


 清掃服姿のおじさんが玄関から離れようとした。

 ピタッとおじさんの動きが止まった。

 足元に視線を落とす。

 何かを踏んだみたいで、足を持ち上げて靴の裏を見た。


「あー、まだいたか」


 清掃服のおじさんは、踏み潰した部伝いを指でつまんだ。

 人間だ。

 小さい手のひらサイズの人間の体が、踏み潰されて上半身がぺちゃんこになっている。


「すみません。まだいたみたいです。もう少々お時間頂いてもよいですか?」


「ええ、もちろん」


 指でつまんで清掃服姿のおじさんは、家の庭に回り込んだ。

 黒いポリ袋の中に、手のひらサイズの人間の死体が山盛りに詰め込まれれていた。


「近所の方がね、見た目が怖いからって《『ゴキブリ』を気持ち悪くない見た目にしてほしい》って、【蛆神様】にお願いしたそうなのよ」


 見た目が人間そっくりだし、動き方はゴキブリと一緒だから、スリッパで叩き殺すことができなかったとお母さんはあたしにいった。

 なんでも擬人化すればいいって問題じゃない。

 そうあたしは思った。




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