第37話《パソコン》


 あたしの名前は小島ハツナ。

 スマホはいじれるがパソコンはまったくわからない現代っ子な高校一年生だ。


「小島。お前、またデータ消したのか」


 選択科目のプログラム授業。

 社会のコニシ先生が顎に手を置いてあたしを見つめる。


「いやぁー、パソコンがいうこと聞いてくれなくて」


「それでまた提出が遅れるといいたいのか。ったく、しょうがないなぁ」


 コニシ先生がむすっとしかめっ面になって、「わかった」とつぶやいた。


「できるところまででいいから進めろ。次はそのいいわけ聞かないからな」


「はーい」


 返事をしたあたしは、自席に戻った。

 だって、消えたものはしょうがないじゃない。あたしのせいじゃないもん。

 しかし。

 どうしてデータが消えたのだろう。

 原因がわからない。

 なんとなくプログラムの授業に飽きたから、隙をついて海外のサイトや閲覧していると、よくわからないポップアップがうじゃうじゃ出てきて、フォルダーのデータがなぜか下からどんどん消える謎現象が起きた。

 パソコンのバグなのかなんなのか。

 ひょっとして故障してるのかも。あたしのパソコンだけ。


「小島氏。どうやらピンチですかな」


 隣に座るメガネの男子があたしに声をかけてきた。

 えと、誰だっけ。


「サカモトです。普段は別のクラスですけど、選択科目のプログラム授業では小島氏の隣に座るサカモトです」


 そうか。サカモト君か。

 きもいな。


「あたしになんか用?」


「隣で見ていてわかったのですが、小島氏はPCが苦手なのですかな?」


「いや、そんなことはないよ?」


「データを復元させましょうか?」


 うそ! マジか!

 ……っと、待て待て。

 落ち着けあたし。

 こんなキモい奴に借りなんて作ったりした日には、後でどんな面倒なことが起きるかわかったものじゃない。


「ありがとう。自分でなんとかするから」


「そのパソコン。ウィルスに感染しているのでネット回線ごと引っこ抜かないとまずいことになりますぞ」


 ウィルス?

 何言ってるんだこいつ。


「まぁ拙僧がウィルスバスターソフトを組み上げたので大事には至らなかったでござる。なーに礼には及ばみませぬぞ。暇つぶしにやっていただけでござるから」


 えーと、どれだっけ。

 スタートの検索バーからコマンドプロンプトって入力するんだよね、たしか。


「小島氏。そのスピードじゃ授業が終わるまでにはデータはできないどころか、追試になりますぞ」


 うるさい、サカモト。

 気が散るから黙ってて。


「プログラムの授業をなめちゃいかんですぞ。コニシ先生は日本史と世界史も受け持っているので、小島氏に影響が出ないとは限らないでござるぞ。けど、逆にいえば、ここで点数稼げば日本史世界史は安泰だということでござる」


 サカモトを無視して、あたしはノートに取ったプログラムの入力手順に沿って、キーボードのキーを入力していく。

 突然。

 パソコンの画面が真っ青になった。


「は? 何これ」


「ブルースクリーンですな」


 画面の真ん中に、意味不明は白字の英語と数字テキストが表示されている。

 キーのどのボタンを押しても、「ビー」という音しか聞こえない。


「これどうなってるの?」


「ハードディスクが壊れた可能性がありますな」


 嘘でしょ。

 あたしが壊しちゃったの?


「まぁ、学校の備品を壊したことになるから、弁償案件ですな」


 げ。

 弁償って。

 やばい。

 そんな大事になれば親からお小遣い今月どころか来月までなしにさせらてしまう。


「拙僧なら直すことができるでござるぞ」


 お! マジ?

 直せるのこれ?


「無論ですぞ。その代わり条件がありますぞ」


「え、条件?」


 おもむろにサカモトはあたしの前で自分の指を見せた。

 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二……。

 指の数が、両手合わせて二八本。

 いや、三〇本ある。

 うわぁー。

 気持ち悪い。

 イソギンチャクみたいで、すごい不気味だ。


「拙僧、【蛆神様】に《指を三〇本にしてほしい》とお願いしたのでござる。この三〇本の指で、そのぁ」


 ごにょごにょとサカモトが小声で何かをぼやいている。

 あたしは耳を近づけてなにを言ってるのか聞いた。

 聞いた瞬間、あたしの顔に火がついた。


「嫌! 無理!」


「じゃー先生に素直に報告するでござるか?」


「……絶対に直せるの?」


「五分もあれば余裕でござる」


 あたしは考えた。

 素直に先生に報告して小遣いなしになるか。

 恥を忍んでサカモトの条件に従って頼むか。

 どっちがいいか。

 考えた結果。


「……服の上からで、一回だけならいいよ」


 サカモトが静かにガッツポーズを取った。


「それじゃ早速やりますか!」


 サカモトがあたしの席に移動した

 三〇本の指が、うねうねと蠢き、あたしのパソコンのキーボードのキーを高速で叩き始めた。

 きもい。

 見てられない。

 しかも、これ直ったらあの指であたし……。

 ぞわりと全身に寒気が走った。

 どうしてこうなるの。

 マジ最悪。

 だけど。

 二ヶ月小遣いなしと、一瞬の我慢を天秤にかけて、 考えた結果だ。

 我ながら馬鹿な選択をした。

 今日一日が早く終わってほしい。

 そう思った。


「あ」


 キーボードを叩く音が止まった。

 サカモトがあたしの顔をじっと見つめてきた。


「え、なに?」


「ごめん。つった」


「は?」


「指全部つったでござる。三〇本あると、つりやすいんでござる」


 サカモトの指全部が、バラバラの方向に曲がってぴくぴくと痙攣している。


「指マッサージしてほしいのでござるが、頼めるか?」


 無理。

 あたしはいった。


「お前らなにやってるだ?」


 振り返ると、コニシ先生が立っていた。

 今月。

 あたしの小遣いはなしになった。


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