第31話《水族館》


 あたしの名前は小島ハツナ。

 ショッピングついでに隣町にある水族館に友達と遊びにきた高校一年生だ。


「みなさーん! こんにちわー!」


 水族館のパフォーマンススタジアム。

 インカムをつけた司会のお姉さんが、両手を口にかざして観客たちに大きな声で挨拶をする。

 座席の観客たちは「こんにちわー!」と、元気よく挨拶を返した。


「今日は宇地シーパラダイス、トドショーに来ていただきありがとうございます! それではさっそく当館きっての人気者! トドの『カンチョーくん』に出てもらいましょー! カンチョーくーん! おーい!」


 司会のお姉さんが何かを呼んだ。

 パフォーマンススタジアムのプールから、得体の知れない鳴き声が聞こえた。

 動物じゃない。

 人間の声。

 それも、男の人の呻き声だ。

 透過したプールの水をよく見ると、まるっこい何かの生き物が泳いでいるのがわかる。

 おっさんだ。

 それも、素っ裸のおっさんだ。

 五、六人の裸のおっさんたちが、魚の群れのようにプールの周りを優雅に泳いでいる。


「あれあれ? カンチョーくん出てこないぞ? あー! きっとみんなの声がカンチョーくんに届いてないからだ!」


 司会のお姉さんが、首から下げたホイッスルを咥え、笛を鳴らした。


「さぁ、もう一度! せーの!」


 観客たちが一斉に「カンチョーくーん!」と呼んだ。


「あうあうあう」


 プールから裸のおっさんたちが上がってきた。

 水に濡れた裸のおっさんたちは、芋虫のように体をよじらせ、司会のお姉さんの足元に寄っていく。


「おー! カンチョーくんは恥ずかしがり屋だねー! お友達も一緒に来てくれたねー」


 司会のお姉さんはバケツを手に持つと、裸のおっさんたちに向けて生魚を放り投げた。

 おっさんたちは投げられた生魚を器用に口でキャッチし、むしゃむしゃとむさぼり食っている。


「はーい! ここでみなさんにクイズです! この中で、本物のカンチョーくんはどれでしょー?」


 座席の観客たちが、それぞれ「右! 一番右!」「真ん中!」「手前手前!」と答えを当てようとする。


「はーい! 正解はこの子でーす!」


 お姉さんが指差したのは、群れの中で一番な年老いたおっさんだった。


「カンチョーくんはこう見えても立派なトドです! 見た目はおじさんに見えますけど、お姉さんが【蛆神様】にお願いして《見た目をおじさん》にしてもらったの!」


 カンチョーくんと呼ばれた裸の老人が、「あうあうあう!」と鳴き声を上げた。


「みなさーん! カンチョーくん可愛いですよねー! 可愛いと思ったら、可愛いー!っていってくださいね! さーん、はいっ!」


 観客席から「可愛いー!」と、賛同コールが響く。

 司会のお姉さんは満面の笑顔を浮かべた。


「だよねー! 可愛いよねー! みんなわかってるー! じゃーさっそくショーを始めちゃいまーす!」


 ホイッスルが鳴った。

 水しぶきを上げて、裸のおっさんたちが続々とプールに飛び込んでいく。

 観客席から拍手が送られる。


「あ、悪趣味ぃ」


 トモミが顔を歪ませ、ドン引いていた。

 うーん。

 そうかな。

 あたしは結構かも。

 そう思った。


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