第69話《隠神様》-04-


 あたしの名前は小島ハツナ。

 転校初日に友達どころか敵を作ってしまう絶望レベルにコミュ力が低い高校一年生だ。

 ほんと。

 やっちまったな、あたし。

 あれだけ刑部の人たちから気をつけろって注意されていたのに、さっそくやらかしてしまった。

 アホだな。と、我ながら思う。


「お前が小島ハナコか」


 隠神村に到着したその日。

 あたしはマチコの祖母にあたる刑部シズに会った。


「ハツナです。小島ハツナです」


「は?」


「ハ・ツ・ナ、です」


 あたしははっきりとした口調でいった。

 畳が敷かれた刑部家の広間。

 着物姿の刑部シズは、あたしを上から下にかけて睨めつけるように見てくる。

 うわぁ。

 きっついな。

 慣れない正座をさせられてることもさることながら、マチコのおばあさんと二人っきりというこの状況が辛い。


「どっちゃでもええ。ハナコやろうがハナクソやろうが」


 ふんっとシズは鼻を鳴らした。

 うーん。

 初対面でこんなに厳しい人に久々に出会ったかもしれない。


「マチコの馬鹿たれに勝手に押しつけられてこっちはええ迷惑なんや。なんやあんた、聞くところによると厄介なもん背負っとるらしいのぉ」


 あたしが口を開こうとすると、シズが顔の前で「いわんでええわ」と面倒くさそうに手を左右に振った。


「あんたのことはマチコから聞いとるし、最低限の面倒は見てやる。けど、あんたには『三つ』肝に命じてもらわなあかんことがある」


「肝に命じることですか?」


「いちいち復唱するな。アホかあんたは」


 うわー。

 わかりやすい。

 めちゃくちゃあたしのこと嫌いじゃん。このおばあさん。

 

「まず最初に『若菜の家の者とは喧嘩するな』や」


 若菜家とは、隠神村で刑部家の次あたりに力を持つ資産家だとシズは話してくれた。


「若菜の者と揉めるとあとあと面倒やからくれぐれも波風立たせんなや。そうじゃなくともあんたみたいな他所モンは目立つんやから。大人しくするんやぞ」


 なんか、昔の和風ミステリーモノの舞台設定で聞いたことのある『権力を持った家』みたいだな。

 そのうち、奥から白いマスクをかぶったお兄さんでも出てくるのかも。


「もうひとつは、『自分んところの神様の話は人前でするな』や」


「どうしてですか?」


 あたしが訊くと、シズは眉間にしわを寄せてあたしをじっと見る。


「ここがどこかわからんのかアホ」


「あの、いってる意味が」


 ばしっ。


 額を杖で叩かれた。

 いったぁ。

 道具で殴るの反則でしょ。


「ええか。ここは【隠神様】の土地なんや。隠神様がおられるこの場所に、ゴキブリの神かなんやわからんけったいな妖怪もどきがおってみぃ? あんたもろとも一発やで」


「一発って?」


「自分で考え。なんでもかんで答えてくれる思ったら大間違いや」


 シズは捨て台詞で「どんな甘えたなんや。このガキは」と吐いた。

 すごいイラってきたが、ぐっと我慢したあたし。よくやったと褒めてあげたくなる。


「あのもうひとつは?」


「【隠神様】を起こすなや」


 シズはあたしを睨むように見つめた。


「【隠神様】は寝起きがしんどいお方なんや。あんたみたいな世間知らずに、ましてやゴキブリの神様を背負った奴がおったと知られたらどうなるか。考えたらわかるな?」


「はぁ」


 ごっ。


 脳天を杖で思いっきりぶん殴られた。

 耳鳴りがする。

 痛いし頭くらくらする。

 このババア。

 マジでふざけんな。


「わてがいうことわかったか?」


「ええ、まぁ」


「わかったか? っていうとるんじゃ」


 シズが杖を振りかざした。

 咄嗟にあたしは構えた。


「返事は?」


「はい!」


 シズは杖を置き、「ったく、なんやねん」とぶつぶつ文句をつぶやいた。


「ほんま、マチコも大概アホな孫やったけど、ここまで脳足りんなアホガキ見たの、生まれて初めて見たわ」


「あの、すみません。聞いていいですか?」


「なんじゃハナクソ」


 もう嫌だ。このばあさん。

 家帰りたい。


「その、隠神様ってどんな神様なんですか?」


「あんた、まさか知らずにうちとこ来たんか?」


 ぎろっとシズがあたしをまた睨む。

 いちいち人睨むのだけは勘弁してほしい。マジで。


「ええ、マチコさんからおばあさんに直接聞いてほしいって」


 あかさらまにシズが舌打ちをした。


「しゃーないのぉ。ほんま手間かかるガキやわ」


「名前から察するに犬の神様なのかなって思ったのですが……ほら、イヌガミって読むし」


「ちゃうわ、『狸』や」


「タヌキ?」


「松山のお家騒動は知っとるやろ?」


 あたしがかぶりを振ると、呆れ果てたのか、シズが立ち上がって「もうええわ」と吐き捨てた。


「自分で調べ。最近のガキは電卓で調べる上手みたいやからな。わてが懇切丁寧にあんたに教える義理なんてないわ」


「え、あの……ここ電波が」


「知らん! 自分でなんとかしい!」


 そういって、シズは部屋から出ていった。

 会って早々この扱い。

 やばいな。

 前途多難すぎるぞ。


「へぇ、おばばにそんなこといわれたんだ」


 刑部家の玄関。

 そこに置いてある黒電話を借りて、あたしはマチコに電話し、ことのあらましを報告した。


「あたしうまくやっていく自信ないです」


「正直苦手でしょ?」


 そりゃそうだ。

 むしろ、得意な人がいるのか聞きたいぞ。


「居心地悪いと思うけど我慢してちょうだい。刑部は隠神村の中でもかなり強い権力を持っている家だから、よほどのことじゃない限り、つまはじきに遭うことはないわ」


 うーん、つまはじきねぇ。

 さすが田舎の村というかなんというか。

 わかっていたつもりだけど、すごい面倒くさいな。


「マチコさん。おばあさんがいってた【隠神様】についてなんですけど」


「起こすなとかいわれたでしょ」


「ええ、そうですね。あの、それってどういうことですか?」


 まさか蛆神様みたいな厄介な神様がこの村にいるとかいう話なのか?

 あたしがそれを聞くと、電話の向こう側からマチコの笑い声が聞こえてきた。


「ただの『迷信』よ。実在する神様じゃないわ」


「迷信ですか?」


「隠神村はもともと『狸』を信仰する習慣のある村なのよ。分福茶釜や証城寺の狸囃子みたいに、狸には『霊力』があって、一度怒らせると村に災いが起こるっていう民間伝承が文化として残ってたりするの」


「そうなんですか」


「だけど、おばばのいうように波風立てない方がいいわね」


「若菜の家の人と揉めるなっていうのですか?」


「違うわ。あの家はどうでもいいの。跡取りのバカ息子が道楽やってるだけだから、無視しなさい。それよりも【蛆神様】よ」


「【蛆神様】ですか?」


「今回、【蛆神様】の『暴走』を抑えるためにうちの村にあなたを逃したのはわかるわよね?」


 お母さんからその話は聞いた。

 その昔、おじいちゃんがあたしを守るために、蛆神様を利用した《お願いごと》をかけた。

 結果的に。


 (1):体をバラバラになっても再生する不死身の再生能力。

 (2):蛆神様に関係した対象物を無効化する能力。


 この二つの能力を得ることができた。

 が。

 蛆神様の能力を使う代償として。

 自分自身が【蛆神様化】してしまうリスクを負うことになってしまった。


「それを防ぐために、あなたを【蛆神様】のいない土地に逃がしたの」


 蛆神様化の症状を弱めるためにね。

 そうマチコは付け足していった。


「逆にいえば【蛆神様】の『力』が弱まるということは、もうあなたは『不死身』じゃないということになるわ。腕もぎ取れてもトカゲの尻尾見たいに再生されないわよ」


「……そうですね」


「ま、そういうことだから。多分、大丈夫だろうけど、くれぐれも蛆神様に頼るような無茶なことはしないこと。わかった?」


「ええ、肝に命じます」


 それからマチコは、何かあったら連絡するわとあたしにいうと、電話を切った。

 蛆神様に頼らない、か。

 反芻しながらあたしは思った。

 たしかに、トモミを追いかけていた時、無我夢中とはいえ、あたしは自分の不死身を利用した。

 常識的に考えて、人間の体が電車に轢かれて助かるなんてあり得ないことだ。

 蛆神様の力で肉体が再生することを期待しての行動だ。

 それがなければ、絶対やってなかったと思う。当たり前だけど。

 とはいえ。

 ここには蛆神様を利用して襲撃してくる脅威はいない。

 あたしが、ここで気をつけないといけないことは『人間関係』だ。

 閉鎖的な村社会の人たちと波風立てずにうまくやっていくことが重要なことだと思う。

 あの偏屈なシズのおばあさんはさておき、明日から転校する学校ではうまくやっていこう。

 そう心に決めた。


「おはよう。小島さん。机がえらいことになっとるで?」


 転校一週間目。

 あたしの席の上には「早く死ね」「うんこ」「カス」という低レベルの落書きが彫られていた。

 クスクスとチヒロとその取り巻きたちが嘲笑している。

 いやー。

 すごいわ。

 ここまでわかりやすいなんて。

 むしろ感動する。


「大変やなぁ。小島さん。誰かにいじめられてるんかぁ? 相談乗ったろうか?」


 あたしは教室内を見渡した。

 教室のクラスメイトたちは、あたしと目を合わせまいとそっぽを向いている。

 唯一、椎名ユヅキだけが、申し訳なさそうな眼差しであたしを見ていた。

 ま。

 しゃーないよね。

 余所者がボスに逆らえば、どうなるか。これが答えだ。

 ただ。

 こうまでテンプレだと心配になってくる。


「そうだね。今日の放課後とか相談乗ってくれない?」


 しれっとあたしはチヒロにいってのけた。


「ごめんなぁ。今日はうち予定あって忙しいねん! また今度でええ?」


「うん、いいよ」


 にこっとあたしは笑った。

 免疫がない人やメンタルが弱い人なら、ブチギレて暴れるか、人のいない場所でめそめそ泣いているかのどっちかになっているのかも。

 と、冷静に思える。

 いずれにしても。

 この若菜チヒロっていう女子は、あたしに牙をむくのは予想していた。

 たとえ面従腹背で、表面上を取り繕ったとしても意味はない。

 自分のことをちやほやしてくれる人間以外は、徹底的に排除する。

 それが彼女のスタンスだろう。

 ユヅキの場合、内気な性格を利用されてターゲットにされたという印象を感じられる。

 ……さて。

 どうしたものか。


「深いなこれ」


 机に掘られた文字をあたしは指でなぞった。

 先生にバレたらトラブルが余計大きくなるだけだし、そうなったらシズのおばあさんからボロクソに説教されそうでなんか嫌だ。

 せめてマジックにしてほしかったな。

 なんて思いながら、あたしはどうにか隠す方法を考えていた。

 すると。

 机の端に『妙な形』の落書きが彫られていたのにあたしは気づいた。

 うじゃうじゃと毛が生えた不気味な丸記号。

 これ。

 まさか。


《蛆神様はお前を見ている》


 丸記号の端にそう書かれていた。

 あたしはそれを読み、ぞわっと肌が粟立った。


続く

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