#58

両手で覆っていた顔を出し、メアリーがグレイシャルのほうを向く。


するとグレイシャルは、そっと両手を突き出し、その手を広げた。


両手に光が集まる。


次第に両腕を氷霜ひょうそうが覆っていき、光が氷へと変化していく。


メアリーにはわからなかった。


どうしてグレイシャルが急に氷の魔術を放とうとしているのか?


それは、たとえ察しのいいガルノルフでもわからないだろうと思われる、誰にも理解できない行動だった。


グレイシャルは一体何を考えて、狭い部屋の中で氷の魔術を放とうとしているのか?


メアリーが潤んだ赤い瞳でその様子を見ていると、グレイシャルはニッコリと微笑みを返す。


そして彼は両目を瞑ると、手に纏っていた氷の魔術を放った。


氷が像を形作り、部屋を覆っていく。


「これって……ッ!?」


メアリーの口から声が漏れた。


それは氷でできた花々だった。


まるで花園のような氷が足の踏み場もないほど、部屋の床をを敷き詰めている。


グレイシャルは氷の造形魔術を使って、メアリーの前に花畑を造ってみせたのだ。


「すごい……こんなことできるようになってたんだね」


メアリーは腰を落とし、そっと氷の花々に触れる。


その造形があまりにも素晴らしかったのか、泣き顔だった彼女の顔に笑みが現れていた。


そんな赤髪の少女を見たグレイシャルはホッと胸を撫で下ろし、メアリーに声をかける。


「すごいのはメアリーだよ。この花は君がいなきゃ造れなかったんだから」


「うん? なにを言ってるのグレイシャル? この花はあなたが今氷の魔術で――」


「君がいなきゃオレは魔術を使えなかった」


不思議そうにしているメアリーの言葉を遮り、グレイシャルは言葉を続けた。


メアリーと出会い、ルヴァーナの住む森でいろいろなことを教えてもらった。


それは自分の魔術属性や造形魔術の使い方から、文字の読み書きや一般常識もだ。


「メアリーがいなかったら、たぶんオレ……今でもゴミを漁ってたよ……。そうやって自分で自分をダメだって思って……きっとずっと人と関わろうとしなかった」


今こうやって誰かと普通に話せたりしていることも――。


仲間と呼べる人、大事な人がいることも――。


魔導兵士として使い捨てのこまでしかなかった自分に、こんな幸せが手に入るなんて、2年前は想像もできなかった。


「だから知ってほしいんだ。メアリーは王族とか関係なく、オレみたいなのを幸せにできるくらいすごいってことッ!」


声を張り上げたら後は止まらない。


グレイシャルはその後もメアリーを褒め続けた。


その赤い髪の赤い瞳を初めて見たときから綺麗だと思ったことや、大人にも負けないくらい強いのに偉ぶらないところなど――。


まずは容姿、性格について言い、自分が思いつく限りの彼女の素晴らしさを、ただひたすらに伝えた。


メアリーの目を見つめながら叫ぶグレイシャルは、まるで訴えかけているかようだった。


「でも、わたしは正当な血筋じゃなくて、みんなのことをだま……」


「メアリーがしてきたことは王族にだってできないよ! それはオレもファリスもガルノルフさんも、そして赤の女王のみんなだって絶対にそう思ってる!」


メアリーは素晴らしい。


君がいたから今がある人間が多くいる。


仲間たちはひとり残らずそう思っているはずだ。


グレイシャルはメアリーの不安や自己嫌悪を吹き飛ばすかのように、彼女に自分の想いを吐き出した。


その姿は、はたから見れば滑稽こっけいに映ったかもしれない。


幼い男の子がなんとか好きな女の子に笑ってもらいたい一心で、ただ喚いているだけに見えたかもしれない。


だがグレイシャルはなりふり構わずに、メアリーに言葉を続けた。


それは、ただ大事な人に元気になってもらいたかったから。


だがグレイシャルの思った通りにはいかず、メアリーはさらに泣き出してしまった。


ついには立っているのも辛いのか、彼女はその場に崩れるようにしゃがみ込む。


「大丈夫メアリー!? ごめんオレのせいだよねッ!?」


「違うのよ、グレイシャル……」


慌てて駆け寄ったグレイシャル。


メアリーは両手で覆っていた顔を上げ、彼へと向ける。


「わたし、自分が情けなくて……こんなに優しい言葉をかけてくれる人がいるのに、弱音なんか吐いて……。


「メアリー……」


「でも嬉しいはずなのに……嬉しくてしょうがないはずなのに……なぜか涙が止まらないの!」


そう叫びながら、メアリーはグレイシャルの胸に飛び込んだ。


グレイシャルは優しく彼女の体を抱き、体温を感じながら思う。


初めてメアリーのために何かできた気がする。


もっと彼女を泣かせずにすむやり方もあったかもしれないけど、これが今の自分にできる精一杯のこと。


(ルヴァーナさん……魔術で奇跡を起こせたよ……)


そう内心で呟きながら、グレイシャルはメアリーを抱く手に力を込めた。


――それから数時間後。


ファリスの凱旋がいせんを称え、改めてウェルズ領を手に入れた赤の女王のメンバー全員によるうたげおこなわれた。


それには当然メアリーも参加しており、赤の女王のメンバーらは何度も彼女に向かって持っていた樽型たるがたのジョッキをかかげていた。


「ガルノルフさん!? その顔どうしたの!?」


「ファリスのヤツにやられたんだよ。あのバカ、本気で殴りやがって。あ~いてぇ」


目の周りにアザができていたガルノルフ。


グレイシャルはその腫れ上がった顔を見て心配したが、ガルノルフ本人は痛がりながらも軽口を叩いていた。


どうやらファリスを説得しているときに彼女に殴られたらしいが、なんとか良い方向には持っていけたらしい。


赤の女王のメンバーでファリスを説得できるのはメアリーと彼くらいだと、グレイシャルは改めて凄いと思った。


一方でファリスはというと、メアリーの傍で楽しそうに彼女に話しかけている。


どうやらもう機嫌は直っているようで、グレイシャルがホッと胸を撫で下ろしていると――。


「みんな、ちょっと聞いてもらいたいことがあるの!」


突然メアリーが仲間たちに向かって声を張り上げた。


皆が何事だとメアリーに視線を向ける中で、彼女は自分の出自しゅじについて話し始めた。


メアリーが貧しい母によって女手ひとつで育てられ、自分の父親の顔を知らないことや、ウェスレグーム家の家系図に名前がなかったこと――。


そして彼女の父親だと思われる先代か先々代のウェスレグームの王が、かなりの好色家だったことを、包み隠さずに話した。


「お嬢ッ!? なにをいきなり話してんだよ!? おいグレイシャルッ!? お嬢のことはお前に任せたよな!?」


慌てて声を張り上げたガルノルフは、グレイシャルに詰め寄った。


だがグレイシャルは落ち着いた表情で彼に「メアリーなら大丈夫」とだけ答えた。


宴が一気に静まり返る。


そんな中で、ファリスだけがひとり殺気立っていた。


そのときの彼女は、メアリーの発言に何か言おうものなら容赦しないとでも言いたそうな顔で、周囲を睨みつけている。


しかし、そんなガルノルフとファリスの心配などをよそに、赤の女王のメンバーたちはポカンと呆けた顔でそれぞれ口を開き出した。


それがどうかしたのか?


メアリーの親父が女好きなんて、笑い話でもしているのかと。


誰ひとり彼女の生まれを気にする者はいなかった。


その皆の反応を見てグレイシャルは思う。


こうなって当たり前なのだと。


だって仲間たちは皆、王族であるとかそうではないとか関係なく、これまでメアリーがやってきたことで彼女のもとにいるのだと。


「みんな気にしてないの? わたし、ウェスレグーム家の正当な王族じゃないかもしれないんだよ?」


仲間の態度にメアリーが目を丸くして訊ねると、皆は声をそろえて答えた。


そんな小さなことを気にするような奴は、そもそも赤の女王のメンバーになっていないと。


自分たちはメアリーが好きでここにいるのだと。


でなければ現在ヴェリアス大陸を支配しているサングィスリング帝国に、ケンカ売るような真似はできない。


メアリーが何者であれ、自分たちはこれからも彼女について行くと、呆れるようにそう言った。


「みんな……ありがとう……本当にありがとうねぇ……」


「コラ、お前ら! メア姉を泣かすんじゃねぇ! ブン殴るぞッ!」


泣き出してしまったメアリーを見てファリスが吠えたが、皆「出た出た」と言わんばかりに笑い飛ばしている。


宴に活気が戻る中で、メアリーが涙を拭ってグレイシャルのほうを見ていた。


そんな彼女の視線に気が付いたグレイシャルは、ニッコリと微笑みを返す。


そしてメアリーは涙を流しながらも、満面の笑みを彼に返すのだった。


これからサングィスリング帝国との本格的な戦争が始まるが、誰もが怯まず、意気揚々としていた。


「よーし! 今夜はとことん騒ごうよ、みんなッ!」


グレイシャルはメアリーと仲間たちがいればなんとかなると思って笑うと、めずらしく声を張り上げた。


〈了〉

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魔導兵士の逃亡先 コラム @oto_no_oto

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