#25

――グレイシャルがメアリーたちとウェルズ領へと向かうと言い、それに応えるかのようにルヴァーナが皆を呼び出したことで、いきなりパーティーをすることになった。


いつもならやる気なく厨房ちゅうぼうに立つルヴァーナもめずらしく覇気に満ちており、子どもたちと一緒に料理を作っているという状態だ。


料理はルヴァーナたちに任せることになったのもあって、グレイシャル、メアリー、ファリス、ガルノルフの4人は、食器やパーティー用にテーブルの位置を動かす仕事を頼まれていた。


だがそんな雑務はすぐに終わってしまい、メアリーがやることがなくなったと料理のほうを手伝いに行こうとすると、ガルノルフが彼女を呼び止める。


「待てよ、お嬢。手伝いもいいが、それよりも持ってきたもんを試してほしいんだ」


「持ってきたもん? はて、わたしなにかガルノルフに頼んでいたっけ?」


「頼まれちゃねぇが、実は前から造ってたもんがあるんだよ。おい、ファリス。お前の分もあるから、お前もお嬢と一緒に外に出てくれ」


そう言ったガルノルフは、首を傾げている彼女たちよりも先に、丸太小屋から外へと出ていった。


グレイシャルもやることがなかったので、彼女たちについて行く。


外に出ると、ガルノルフが乗って来た小馬に積んであった荷物を取り、その包みを解いていた。


その中からは一振りのロングソードと、二刀の片刃の剣があった。


ガルノルフは笑みを浮かべながらそれらを手に取り、ロングソードをメアリー、二刀をファリスに渡す。


「こいつらはアダマントから俺が打った剣だ。さあ、試してみて使い心地を聞かせてくれ」


アダマントとは、北国の奥地で採れる超硬度金属のことだ。


加工するのには特別な技術が必要で、さらには希少価値も高い高級品でもある。


その硬度は非常に強固であり、かなり強力な魔法や魔力の高い攻撃、または物理的ダメージを蓄積させ続けないと破壊できないと言われている。


以前は北国によってそれぞれの国に輸出されていたが、水蛇災害が起きて以降はサングィスリング帝国が独占しているため、今ではとても簡単に入手できないものだ。


一体どこでアダマントを手に入れたのかを皆が訊ねると、ガルノルフは忘れたのかとでも言いたそうに説明する。


「ファーソルのヤツが使ってた斧と鎧だよ。あれを溶かして造ったんだ」


ファーソルはガルノルフたちドワーフたちを使って人攫いをしていた首謀者で、悪人らしかぬフルプレート·アーマーを身に付けていた男だ。


人攫い事件の後に捕まったファーソルは、当然その装備品も奪われ、彼の使っていた武具はすべて“赤の女王”のものとなっていた。


ファーソルの持っていた戦斧と鎧はアダマント製だったが、正直いってメンバーの誰にも体型が合わず持て余していた。


それのせいもあって、あまり関心のなかったメアリーやファリスは適当に売っぱらうように言っていたが。


どうやらガルノルフはファーソルの持つ武具がアダマント製だったことに目を付けて、2人のために武器を作成したようだ。


剣を握って刃を眺めながら、メアリーが訊ねる。


「でも、アダマントを加工するのって難しいんじゃなかったっけ?」


「おいおい、これでも俺はドワーフ族だぜ。工房さえあれば、それくらいやってやれねぇことはねぇ」


ドワーフ族は、その背の低さや小柄な割に筋骨隆々な体を持つことばかりに目がいきがちだが、無骨な見た目からは想像ができないほど器用な者が多いと言われている。


現にヴェリアス大陸にいる名工の多くは、すべてドワーフ族である。


なんでもガルノルフは以前とある工房で鍛冶師の見習いをやっていたようで、そのときの経験からアダマントの加工技術を得ていたようだ。


事情を聞いたメアリーとファリスは、早速それぞれの武器を振るって感触を確かめていた。


そのときの彼女たちの表情はとても生き生きとしていて、言葉にせずとも気に入っていることが伝わった。


「ありがとう、ガルノルフ! これがあれば強いわたしがさらに強くなっちゃうよ! 今なら城門すら破壊できそう!」


メアリーが飛び跳ねて喜んでいると、ファリスは持つ二刀の刃を重ねながら言う。


「思ったよりも軽いんだな。それにしてもめずらしい剣だ。ナイフみたいに扱える」


「そいつはカトラスっていう剣でな。元々は狭く邪魔なもんが多い船の上での戦いで使われてて、海賊が好んでたって話だぜ」


「か、海賊ねぇ……。まあ気に入ったよ。サンキュー、ガルノルフ」


「なあに、礼なんていらねぇ。それよりももっと喜びやがれ、ガッハハハ!」


ファリスも含みがありながらも、彼女らしい素直じゃないお礼を口にした。


ガルノルフが満足そうに大笑いし、その場の空気がこれから始まる戦いに彩りを加えるものになっていたが、グレイシャルだけが物欲しそうな顔で押し黙っていた。


それに気が付いたガルノルフは、バツが悪そうに顎鬚あごひげを撫でて、彼に向かって口を開く。


「あぁ……そのなんだ……。わりぃけど、お前の分はねぇぞ」


「えッ!? そ、そんなぁ……。なんでオレの分がないんですか!?」


声を張り上げてくるグレイシャルに、ガルノルフは申し訳なさそうに答えた。


今回のウェルズ領の攻略に、まさかグレイシャルが参加するとは思わなかったと。


それを聞いたグレイシャルはガクッと肩を落とし、なんだか自分だけのけ者されているような気分を味わっていた。


「まあまあ、次よ、次。別にガルノルフだってわざとあなたの分を造らなかったわけじゃないんだから、そんなに落ち込まないで」


「そもそもお前に武器なんていらねぇだろ? 魔力を拳に纏って戦うスタイルなんだからよ」


メアリーがなぐめ、ファリスが辛苦な言葉をぶつけると、グレイシャルは仕方がないかと気持ちを切り替えることにした。


しかし、それでもやはり自分も何か欲しかったなと、その内心では思ってしまう。


「おーい、いつまで外にいるんじゃ! もう料理はできとるぞ! みんな待っとるんじゃ! 早く中に入らんかい!」


そのとき急に丸太小屋の窓が開き、ルヴァーナが中から声をかけてきた。


その言葉からわかるように、もうパーティーの準備は整ったようだ。


「待たせちゃいけないわよね。よし、みんな急ぎましょう」


メアリーたちが慌てて丸太小屋へ走る中、彼女たちのあとに続くグレイシャルだけがトボトボと重たい足取りだった。

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