#26

メアリーたちが丸太小屋に入ると、中は食欲をそそる匂いで充満していた。


その匂いのもとは、テーブルに並べられた大量の料理からだった。


それらは茹でたマカロニに塩味の効いたチーズソースを絡めて焼いたものから、こんがりと香辛料を使ってあぶった羊、豚、鳥の肉が乗る皿、あと前菜というべきハムのサラダが見える。


他にもブドウ酒、リンゴ酒、ハチミツ酒、薬草酒と、なぜかやたらアルコール類が豊富だった。


ちなみにルヴァーナはこれをそのまま飲むが、子どもたちは皆、水で薄めて飲んでいる。


「うわぁッ! 美味しそうッ!」


「こりゃルヴァーナとみんなでメシ屋でも始めりゃ大金持ちになれんじゃない?」


「いいからさっさと座れ。お前たちが座らんと食べれんじゃろ」


両目を輝かせて料理を見つめるメアリーとファリスに、ルヴァーナが座るようにとうながした。


彼女たちはすぐに言われた通りに席に着き、それから皆で食事の挨拶をした後、熱々の料理に一斉に手が群がる。


それはまるで餓死寸前の獣がえさを見つけたかのような勢いで、この場ではルヴァーナとガルノルフ以外の人間は、他人が見れば恐怖を覚えるほどがっついていた。


そんな二人の手に樽型のジョッキ、そしてその中身にはブドウ酒が入っている。


「な、なあ、ルヴァーナさんよぉ」


「うん? ルヴァーナで構わんぞ、ガルノルフ」


ルヴァーナはジョッキのブドウ酒を一気に飲み干すと、面倒くさいのか瓶を手に取って飲み始めた。


酒瓶に直接口をつけるのは、いつもの彼女のスタイルだ。


ガルノルフは、出会ってからずっと飲み続けているエルフ族の女を見て、まだ飲むつもりかと呆れながら訊ねる。


「そいつは嬉しいが……まあ、なんだ……。こいつらはいつもこうなのか? 前にメアリー嬢やファリスとメシ食ったときは、もっとまともだった気がするんだが……」


「祝い事となるといつもこうじゃよ、こいつらは。まあ、いわゆる無礼講というヤツじゃな」


「無礼講、ねぇ……」


そんな状況で、先ほどまで落ち込んでいたグレイシャルも子どもたちと混ざり、もの凄い勢いで料理をかっ食らっている。


その鬼気迫る表情や姿は、まるで親のかたきでも見つけたかのような勢いだ。


普段のグレイシャルは、たとえパーティーの席でもここまでにはならないのだが。


やはりまだ先ほどの――自分だけ武器をもらえなかったことの不満を、食べることで晴らしているのだろう。


つまりはやけ食いである。


そして、ガルノルフから外での話を聞いたルヴァーナは、大きくため息をついていた。


ルヴァーナは、グビグビとブドウ酒をあおりながら思う。


今から2年前のあの日――グレイシャルの前で氷の塔を造形魔術で生成したのを見せてから、少しは成長したかと思ったが。


自分だけ武器がもらえなかったくらいで落ち込むなど、まだまだ子どもだなと。


しかし、それも仕方がないといえる。


グレイシャルが来てから2年が経っているとはいっても、彼はまだ14歳なのだ。


むしろ喚いたりしないだけ大人になったと思ってやるかと考え、ルヴァーナは椅子から立ち上がった。


そして、子どもたちに混じって食べ続けているグレイシャルの首根っこを引っ張り上げ、彼に向かって言う。


「話はガルノルフから聞いたぞ。安心せい、グレイシャル。お前にはわしからのおくり物がある」


「フガ!? フガフガフガ、フガァーアファンッ!? (訳 えッ!? 本当ですか、ルヴァーナさんッ!?)」


「おう、喜ぶがいい。なんせわしが人に物を贈るなんて、50年以上前くらいのことじゃからのう」


口の中に料理を目一杯含んで喋り返すグレイシャルに、ルヴァーナはその豊かな胸を張って答えた。


ガルノルフには彼が何を言っているのか理解できなかったが、どうやらルヴァーナにはわかるようだ。


おそらくはそれなりに長い間一緒に暮らしているからこそなのだろうが、ガルノルフは開いた口が塞がらなくなっていた。


ドワーフの青年が2人に呆れていると、周りにいた者たちの視線が一気にグレイシャルたちに集まる。


「え、なにッ!? ルヴァーナからプレゼントなんてやったじゃない、グレイシャルッ!」


「あり得ねぇ!? ルヴァーナが人に物をやってるとこなんて見たことねぇのに!? しかもそれがお前かよッ!?」


メアリーとファリスが大声を上げ、子どもたちもなんだか楽しそうだとワイワイ喚き始めていた。


そんな喧騒けんそうの中、ルヴァーナは自分の指にはめていた指輪を外し、それをグレイシャルへと渡す。


グレイシャルは慌ててゴクンと口の中にあった料理を飲み込むと、彼女に訊ねた。


「いいんですか、もらっちゃって?」


「なんじゃ、お前? これがなんなのかわかっておるのか?」


「いや、わかってはないですけど、ルヴァーナさんが身に付けてたものだから、大事なものなのかなって思って」


ルヴァーナは、訊ねるように答えたグレイシャルに言う。


「他に何も思いつかなかっただけじゃ、大したもんじゃない。そんな急に人が喜ぶような贈り物なんて、簡単に用意できんからのう」


「えッ!? じゃあ、この指輪は適当に選んだものなんですか!? うぅ、なんかヤダなぁ……」


残念そうな表情をしたグレイシャルの頭を撫で、ルヴァーナはニカッと白い歯を見せた。


「まあ、お守りじゃよ。とはいっても魔除けとは言えぬが、お前が本気で願えば……」


「本気で願えば?」


「そのときに叶えたいことが現実になる……かもしれん」


その言葉を聞いたグレイシャルは、もらった指輪に特別な効果はないのかとガクッと肩を落とした。


だが、それでも他人からもらった初めての贈り物というのもあって、やはり喜びは隠せずにいた。


指輪に特別な効果なんていらない。


これをくれたルヴァーナの気持ちが、すでに特別なんだからと。

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