#27
――パーティーから一夜明け。
グレイシャルはメアリーたちと共にウェルズ領の攻略作戦に参加するため、丸太小屋から出ていた。
旅のための荷物を背負い、服も普段以上に動きやすく頑丈なものへと着替えている。
ルヴァーナや子どもたちとは昨夜に別れを済ませていたのもあって、早朝からの出発だ。
現在グレイシャルたちがいる森は
そして昨夜話し合った結果――。
移動は徒歩ではとても厳しいと考え、メアリーは馬車での移動を提案した。
ファリスとガルノルフはそれぞれ別の町にいる“赤の女王”のメンバーとウェルズ領を目指すことになり、メアリーはグレイシャルを連れて、先に領内にいる仲間たちのところへいくことに決まる。
本来なら馬での移動となるが、正直いってグレイシャルの騎乗技術では予定よりも遅れそうだった。
かといって馬の背に2人で乗っては速度が出せず、結局は同じ結果になるため、グレイシャルとメアリーは森の側にある町で、遠征する商人の馬車に硬貨を払って乗り継いでいこうということになった。
「陽が上がって来たわね」
たどり着いた町で商人が早朝から出発しようとしていたのを捕まえ、馬車の荷台に乗せてもらっているグレイシャルとメアリー。
早朝の暗さから次第に明るさを取り戻していく空を見て、なんだか幻想的な光景だと彼らは話をしていた。
何気ない会話を続けながらグレイシャルは思う。
理由はどうあれ、こうやって観光みたいな気分で旅をするのなんて初めてだ。
しかも隣にいるのはメアリーで、こんなに嬉しいことはない。
昨夜は本当に楽しかったし、次はルヴァーナたち森の皆や赤の女王のメンバーらも一緒に、大人数でどこかへ遊びにいくのもいいかもしれない。
(なんて……なにを考えてるんだろう、オレは……。ウェルズでの戦いで、みんなが生き残れる保証なんてないのに……)
サングィスリング帝国となる前の組織にいた頃を思い出す。
水蛇災害――ヒュドラの群れとの戦いで死んでいった魔導兵士たちのことが脳裏によみがえる。
嫌な記憶だ。
誰もが死にたくないと思いながら命懸けで拳を振るい、それでもあっけなく倒れていく。
戦場ではどんなに優秀だった者でも、何かの拍子で簡単に血塗れになる。
魔導兵士の中でも、落ちこぼれだった自分が生き残れたのは運が良かっただけだ。
すでに水蛇災害から4年もの月日が経過していたが、あのときのことは今でもグレイシャルの中で恐ろしい体験として消えずにいた。
組織の教育で競わされていたせいで、とても仲が良かったとはいえない当時の同僚たちだったが、それでもグレイシャルにとっては物心ついていたときから共に育った仲間だった。
その後、魔導兵士のほとんどが彼と同じようにサングィスリング帝国から逃亡したが、あのときの同僚たちは今何をしているのだろう。
グレイシャルはこれから始まる大規模な戦いを前にして、感傷を隠し切れずいた。
「どうかしたの、グレイシャル?」
メアリーが、そんな彼の様子に気が付いて声をかけてきた。
グレイシャルは彼女に心配かけまいと、なんでもないと答えて笑顔を返した。
そして彼女だけは守りたいと、心の中で誓う。
今でもなぜメアリーが自分を旦那にしたいと言って、ルヴァーナのもとに連れて行ってくれたのかはわからないままだったが。
彼女のおかげでグレイシャルは、人並みの幸せというものを知ることができた。
文字の読み書きを覚え、他にもこれまで知らなかったことを多く教えてもらった。
メアリーは今やヴェリアス大陸すべてを治めるサングィスリング帝国からすれば反乱分子になるのだろう。
だが行き場のない者らを集め、裏社会から弱き者を救い続けている彼女は、この大陸に――いや、この世界に必要な人だ。
自分と同い年でありながら、大人顔負けの凄いことをしている。
以前に西国を治めていた今は亡き王族――ウェスレグーム家の人間だと自称するその血筋がメアリーをそうさせているのかは、正直にいえばわからない。
しかし、わからなくていい。
なぜならばグレイシャルにとってメアリーは、王族の血統であろうがなんだろうが、彼女によって幸せとは何を知れたのだから。
――森に出てから数日が経ち、グレイシャルとメアリーはウェルズ領の側にある町へとたどり着いていた。
ここからは関所を通らないと領内には入れないことを、ガルノルフが事前に調べてる。
だがガルノルフは抜け道を見つけており、それは人が通らないような獣の道だ。
山岳地帯であるウェルズ領には岩壁で囲まれた山道が無数にあり、その山には魔物も出る。
ガルノルフはそんな山岳地帯をおよそ2年かけ、無事に進める道を見つけていたのだ。
ここまで乗せてもらった商人に挨拶をし、馬車から降りて山へと入るグレイシャルとメアリーは、早速ガルノルフに渡された地図を見ながら歩いた。
山に入って数時間も歩けば、すでに領内に入っている赤の女王のメンバーがいる町へとたどり着く。
予定よりも早く到着できそうだったのもあって、グレイシャルとメアリーは余裕を持って岩壁に囲まれた道を進んでいた。
「ここまで来ればもう少しね」
「うん。でも、もうちょっと旅を続けたかったな」
「たしかに。ここまで道は長かったけど、色んな人と会ったり知らない場所が見れたりして、楽しかったもんね」
笑みを交わし合う二人。
今回の旅路は、彼らにとっても思い出深いものとなっていた。
けして何か大きな出来事があったわけではないのだが、それでもグレイシャルとメアリーにとっては楽しかった。
またこうやって旅をしよう――二人がそんなことを話していると、前から人が歩いてくるのが見えた。
「魔女の魔力をたどってはみたが……どうやら
グレイシャルとメアリーの前で足を止めたのは――。
白い髪に紫目を持った、顔中傷だらけの男だった。
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